◆20◆
「今日は一部リーグに復帰して大活躍中のヒーローコンビ、タイガー&バーナビーにスタジオに来ていただきました。タイガーさん、バーナビーさん、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします…」
「こんばんは、お招きいただき光栄です。よろしくお願いします」
柔らかく上品な雰囲気のスタジオ内、これもまた品の良いソファに二人並んで座って、虎徹は落ち着き無く返事をした。
ここの所、ヒーローとしての仕事も順調で、こうしてメディア関係の仕事が入る事も多くなった。
一時期、復帰直後はまだマーベリック事件の余波でアポロンメディア社自体が世間に対してメディア戦略の自粛をしていた事もあり、それほどこの手の仕事は無かった。
もっとも虎徹に限っての話で、バーナビーは途切れずにあったようだが。
それがここの所、虎徹に関してもその手の仕事がだんだんと増えてきて、アポロンメディア社のイメージの回復にも繋がっていると思えば喜ばしい事ではあるが、露出が苦手な虎徹としては少々憂鬱でもあった。
しかし、仕事は仕事である。
にこやかにインタビュアーに応対するバーナビーを真似て、虎徹もぎこちなく笑顔を見せる。
話術巧みなバーナビーに引きずられるようにして、虎徹もなんとかインタビューをやり過ごし、所定の収録が終わった。
ほっとして控え室に戻ると、バーナビーが話しかけてきた。
「虎徹さん、今日は直帰ですぐ帰っていい事になってますから、一緒に夕食でもいかがですか?」
「あ、そうだな。…うん、何か食べてくか」
「じゃあ、ここの近くに食べたいと思っていたレストランがあるので、そこに行ってみていいですか?」
「バニーの行ってみたいとこならいいな。……あー、あんまり高くないといいんだけど…」
食べる話になったら急に空腹を自覚した。
今自分が食べたいもの……ステーキやらパスタやら、あるいは餃子や焼き鳥、焼き魚などを想像して頬が緩む。
が、バーナビーが行きたい店というと、どう考えても高価な店だろう。
恐る恐るバーナビーに言ってみると、バーナビーが苦笑した。
「今日は虎徹さん、疲れてるでしょう。だから肩の凝らないのんびりしたお店に行きましょう。あなたが好きそうなお店を見つけたんです」
「へぇ、バニーがねぇ…。そりゃ嬉しいな」
「僕だっていつもきっちりした所に行くのは疲れますし。じゃあ、行きますよ?」
「へいへい、ありがとな」
面倒な仕事も終わって、後はのんびり気楽に美味しい物を食べる、と思うと浮き浮きする。
二人連れだってスタジオを出て、夜のゴールドステージを少し歩く。
やや奥まったビルの一角に、隠れ家風の店があった。
ゴールドステージにしては珍しく庶民的な作りだ。
家庭的な洋食屋らしく、重厚な木のテーブルがいくつか置いてあり、カウンターの後ろには様々なワインの瓶が並んでいる。
客は満員に近く入っているようだが、それぞれ小声で話しており、室内は邪魔にならない程度にジャズが響き、庶民的だが品の良い雰囲気だった。
あらかじめ予約しておいたらしく、バーナビーと虎徹は、一番奥のテーブルに案内された。
周囲が木枠で囲ってあり、ほぼ個室のような部分である。
「へぇ……こんなとこがあったんだ。知らなかったな」
「虎徹さんでも知らないお店があるんですか。ちょっと嬉しいですね」
バーナビーが瞳を細めて笑った。
してやったり、という感じに思わずむっとして虎徹は唇を尖らせた。
「そりゃ俺だって知らない所はいっぱいあるよ。ここも、ビルは知ってたけどな、中までは知らないし…」
暇さえあれば、ヒーローとしてシュテルンビルトを守るために街の探索を欠かさない虎徹であるが、さすがにビル内のテナントまで全部把握しているわけではない。
それにしても、いい雰囲気の店だ。
運ばれてきたミネストローネを一口飲んで、思わず破顔する。
「うまいな…!」
「良かった。ここを見つけて入ってみて、きっと虎徹さんが気に入ると思ったんですよね」
表情豊かな虎徹の反応に満足してか、バーナビーもにこにこする。
注文したのはどっしりとしたビーフステーキだった。
腹に十分溜まるそれは噛み応えも味も上等で、食べ終わって人心地着くと、気持ちもゆったりとして虎徹は幸せな気持ちになった。
こんな風に、順調に仕事が終わって、相棒と一緒に楽しい食事をする。
引退していた頃には考えられない事だった。
食後にと店員が持ってきた甘口のワインを、バーナビーがグラスに注いでくれる。
それを飲んでしみじみ充足感にひたっていると、バーナビーが、
「虎徹さん、…最近、すごく調子が良いですよね。…何か心境の変化でもありました?」
と聞いてきた。
「……ん?」
「ほら、あの、あなたが誘拐された事件、……あの後からちょっとあなたの戦い方が変わった気がするんです」
「…え、……そ、そう?」
どきっとした。
思わず数回落ち着き無く瞬きして、内心動揺を抑えてバーナビーを見る。
「どんな風に、その、変わったって感じた?…俺としては、変わってないつもりなんだけど」
「そうですね。……以前より戦略的になったと言うか、……能力の発動タイミングが前よりもずっと効果的になったというか…。ここぞという所で発動できていて、すごいなって思う事が多くなった気がするんです」
「……そうかな。…そりゃあれだ。ほら、1分だからな、俺だってよくよく考えないとってのがあるだろ?」
「あなたが捕らわれた時、とても心配したんですけど、……何か、あの時に心境の変化でもあったんですか?」
ワイングラスを揺らしながら、バーナビーが訪ねて来た。
「……そうだな、…その、……強い敵をやっつけるのに、5分じゃなくて1分だから、前よりもよく考えて発動しないとっていうかな…」
「いろいろ考えて行動するとか、以前の虎徹さんだったら想像できない事ですけど、でも、すごく調子が良くなって、前よりずっと活躍できてますしね、あなた。…僕も嬉しいです」
バーナビーがにっこり笑った。
つられて一緒に笑いながらも、虎徹は内心ひやひやだった。
実を言うとそんなに発動するタイミングを考えているわけでもなかった。
相変わらず『壊し屋』として無謀に発動してしまう事のが多い。
が、今は、発動時間を自分で計ってみたり、ここぞ、という時にどれだけ発動できるか、周囲に気づかれないように発動時間を長くしてみるとか、いろいろと試している。
それがバーナビーにとっては、自分が熟考して発動しているように見えたのだろう。
「今の虎徹さんなら、1分でも十分過ぎるぐらい活躍できてますよ。僕も見習わないと…」
バーナビーの口調には、純粋な賞賛の響きがあった。
虎徹の発動時間が1分だという事を疑っている様子はない。
発動時間の変化を気づかれてはいないようで、虎徹はふう、と内心胸をなで下ろした。