◆After a storm comes a calm.◆ 6
枕に頭を沈めて、ぼんやり、寝室の天井を眺める。
無機質な印象を与えるシンプルな部屋は、中央にベッドが置かれているだけで、あとは人が生活している証となるような生活感は殆ど無かった。
それは、バーナビーの心の中を表しているようにも思えた。
バーナビーは、自分の事を、一体どのように思っているのだろうか……。
そんな事、勿論、聞けやしない。
想像するに、仕事上の同僚で、コンビを組んでいる相手で、プライベートでは……ただの性欲処理の相手、なのだろうな…。
と、虎徹は思った。
バーナビーの過去の話を総合するに、彼は元々そういう風に淡々と、性欲は性欲と切り離してそれを処理する相手を見繕っていたらしいからだ。
その相手が現在自分、というだけで、そこに何か別の感情が入る余地は無い。
……とは、虎徹にも容易に想像できた。
だいたいバーナビーが他人を好きになるとして、それが自分になるという可能性自体、どうしても想像できない。
バーナビーは24歳で、眉目秀麗、才色兼備の申し分のない若者だ。
性嗜好が同性愛なので相手が限られるというのはあるだろうが、彼にふさわしい同じ性嗜好を持つ同年代、あるいは彼より下の眉目秀麗な青年はたくさん存在する。
どう考えても、バーナビーよりも十歳以上年上で、既婚者で子持ちのくたびれた中年の自分を、彼が恋愛対象に選ぶとは思えない。
自分について現実的に考えると、虎徹は、幸福で満ち足りていた気持ちが、風船に針でも刺してぱんと割れるように急激に萎んでいくのを感じた。
今こうしてバーナビーが自分をセックスの相手に選んでいるのだって、彼が自発的に選んだわけではないのだ。
他に相手が見つからないから。
秘密を厳守できるから。
いつも身近に居るので便利だから。
虎徹は、妥協の産物として彼の相手におさまっているというわけだ。
「………」
考えれば考えるほど悲しくなってしまった。
………いけないいけない。
「んなこと考えるなんて、俺らしくねぇぞ」
虎徹はぶつぶつと自分にそう言い聞かせて、もやもやを断ち切るように目を閉じた。
バーナビーの肌に触れていたかったが、でも今触れるともっと悲しくなるような気がして、彼に背を向けて手足を丸めた。
その後ももやもやとした気持ちや切ない気持ちが時折溢れ出しそうになるのをなんとか抑えながら、虎徹はバーナビーと公私ともにうまくやっていた。
ジェイク・マルチネスを倒してからは、バーナビーは以前纏っていたどこか寂しげで他人を寄せ付けないような、そういう鋭い棘のある一面を見せることもなくなった。
代わりに他人の前でもリラックスできるようになり、彼本来の性格の良さが全面に出てきた。
元々バーナビーは素直で感情豊かな青年だ。
そんな彼を見る事は喜びでもあり嬉しかったが、その一方でそういうバーナビーに対する自分の気持ちが日に日に募っていって、虎徹は内心懊悩していた。
バーナビーが好きだ。
彼の笑顔が見たい。
もっと話していたい。
触れていたい。
キスをして、好きだよと囁きたい。
……けれど、そんな事はできない。
せいぜいセックスの時に『もっと』とか『いい』とか強請ったり喘いだりするぐらいだ。
セックスの際自分が声を上げるとバーナビーが悦ぶのが分かっていたので、虎徹は羞恥などかなぐり捨てて彼の身体の下で喘ぎながら身悶えたり強請ったりするようになっていた。
そういうはしたない自分を見て彼は一体どう思っているのか。
興奮してくれているのは分かるが、その実『このおじさんは…』などと思っていないとも限らない。
そう思うと、心が冷える。
嬉しくなったり、悲しくなったり。
喜んだり落ち込んだり。
虎徹の感情はジェットコースターのように上がり下がりしていた。
できるだけ平静を装ってはいるが、バーナビーの事になると感情が制御できなくなる。
感情が制御出来ないという事がすなわち、恋をしているという事なのだが、さすがにこの年になって、ジェットコースターのように上がり下がりをするような感情的な高ぶりを経験するのは些か疲れた。
疲れたが、そうは言ってもバーナビーの事が好きなのだからしかたがない。
バーナビーに触れたい。
もっと抱いてもらいたい。
自分に笑い掛けてもらいたい。
そんな年甲斐もない恥ずかしい願いで、心の中がいっぱいになってしまう。