テストの日 《1》
生徒達のいない校舎は、しいんと静まり返って、いつもの喧噪などどこにもない別世界のようだった。
青春学園中等部の中間考査は、5月の下旬に実施される。
高等部とほぼ同時日程で、その日は、一日2、3時間のテストを受けるだけで、午後は放課になった。
テスト期間中は、部活動も禁止である。
そのため、テストが終わると、生徒達は早々に帰宅する。
テストが終わったあとも一人教室に残って、クラス担任から頼まれた書類の整理をしていた手塚が、仕事が終わったときには、3階はがらんと人気がなかった。
(帰るか………)
既に昼が過ぎている。
昼食を持ってきていなかったため、腹も空いていた。
帰りがけにパンでも買って帰るか、と思いながら、教室の戸を閉め、廊下に出る。
誰もいないので、遥か奥、廊下の行き止まりまで見渡せた。「でね、不二……」
長い廊下を歩いて、6組の教室の脇を通りかかったときだ。
教室の中から、聞き覚えのある声が聞こえて、手塚はぎくりとした。
思わず足を止めて、扉についているガラスから、教室の中を窺う。
中には、人がいた。
二人。
手塚もよく知っている人物だ。
菊丸と、…………不二。不二とは、彼の家に泊まって以来、ろくろく話もしていなかった。
部活でもすれ違いばかりだったし、その後すぐにテストになってしまったからだ。
あれから、不二は、以前と変わりなく、いつもにこにこしていた。
あの夜のことなど、まるで無かったかのようだ。
良い先輩、良い仲間としての不二だった。
菊丸の楽しげな笑い声が聞こえてきて、手塚は扉に近寄った。
隠れるようにして中を見る。
「でさ、こうでしょ、不二?」
菊丸と不二は、机を挟んで向かい合わせに座っていた。
二人でノートを広げて、親しげに顔を付き合わせている。
勉強をしているらしかった。
不二が顔を上げて、菊丸に笑いかける。
答えて、菊丸も明るく笑う。
淡い光が教室内に溢れて、いかにも楽しそうな様子だった。
(………………)
何とも言えない複雑な感情がこみ上げてきて、手塚は思わず拳を握りしめた。
不二が嬉しそうに笑っている。
胸がツキン、と痛んだ。
-----別に、不思議な事じゃない。
元々、菊丸と不二は仲が良かったし、今は同じクラスだ。
自分よりも親しくて、当然だ。
…………でも。
『君が、好きだよ』
この間、不二に言われた言葉。
-------熱い息。
甘い戦慄。
……………あれは、嘘だったのだろうか。
もしかして、誰にでもあんな風に囁きかけるのかも知れない。
自分でなくても。
たとえば、菊丸にでも。
(………ばかな………!)
自分がとんでもない想像をしているのに気付いて、手塚は狼狽えた。
……何を考えている!
菊丸と不二は、ただの友人だ。
どう見たって、友人として勉強をしているだけじゃないか。
「そうかぁ、分かった! 不二って頭いいな〜」
菊丸が嬉しそうに声を上げた。
「これで明日の数学は、なんとかなりそうだよ、不二」
「点数悪いと、竜崎先生の雷が落ちるもんね」
不二がくすっと笑う。
「そう、他の科目はともかく、顧問の教科で悪い点は取れないよな〜。オレ理系はちょい苦手だから大変だよ。竜崎先生、日本史の先生だったら良かったのに」
「ふふふ、まぁ、そうぼやかない。大丈夫だよ、この調子なら」
「そうだよな、ありがとっ、不二」
菊丸がほっとしたように笑う。
不二も笑う。
胸が苦しくなって、手塚は思わず制服の上から胸を押さえた。
押さえないと、声が出てしまうような気がした。
「………あれ、手塚じゃないか?」
不意に声をかけられて、手塚はどきっとした。
椅子から立ち上がった菊丸が、自分を見ていた。
「まだ残ってたんだ?」
何も知らない菊丸は、にこにこして駆け寄ってきた。
「あ、ああ……」
扉をがらっと開けられて、手塚は逃げることも出来ず、答えた。
不二が、こっちを見ていた。
じっと、茶色の瞳で。
「ちょうどいいや、一緒に帰ろう?」
菊丸が話しかけてくる。
「不二っ、帰ろうよ」
振り返って不二に言う菊丸の後ろから、手塚は不二を見た。
不二が瞳を細めてにっこりした。
「うん、そうだね」
何もなかったかのような、さりげない言い方。
人当たりの良い応対。
胸に鋭い棘が刺さったような気がした。
「テストどうだった?……なんて、聞くだけ野暮ってもんだね、手塚にはさ」
菊丸の明るいおしゃべりに押されるようにして、手塚は不二と菊丸と一緒に校舎を出た。
手塚がすっごく乙女になっちゃってます(汗)別人だ・・・