罠 
《2》












「ねえ、手塚、部活の後、ちょっと僕の家に来てくれない?」
数日後の夕刻、テニスコートで部員達の練習を眺めていた手塚の所に、不二がやってきた。
「………今日か?」
「そう、………いいかな?」
「……………」
人当たりの良い、柔らかな笑顔で言われる。
部員達が信頼しきった表情で、自分と不二を見守っている。
そんな中で逡巡するわけにもいかず、手塚は平静を装って、頷いた。
「じゃ、一緒に帰ろうね!」
不二がにこっとして、それからコートに戻っていく。
(なんだろう………)
先日の一件が頭に思い浮かぶ。
あれから、井上は一度もやってこなかったし、手塚もあの時のショックからかなり立ち直っていた。
二度と思い出すまい。
そう思っていた。
しかし、不二だけがあの一件を知っている。
不二の存在が、手塚には脅威だった。
まさか、他人に漏らしたりはしないだろうが、不安である。
そのため、不二を見たり、不二と話す時は、無意識に身体が強張ってしまっていた。
今もそうなりそうだったのを、必死で堪えたのだ。
「…………」
不安が心に忍び寄ってくる。
手塚は誰にも気付かれないように、そっと溜め息を吐いた。












「じゃ、上がって………」
不二の家には何度かお邪魔したことがある。
その日も、家には不二の母親と姉がいて、手塚を見るとにこやかに応対してくれた。
不二の友人の中でも、一番に信頼がおけると思われているらしい。
姉がにこにこしながらお茶とお菓子を運んできた。
「手塚君、うちの周助、最近どう?」
「不二は、いつも完璧ですよ」
「まぁ、周助って、手塚君には随分高く評価してもらってるのね」
姉の由美子が苦笑する。
「やだな、姉さん、からかわないでよ」
不二が困惑気味に笑う。
和やかな雰囲気に、手塚は心なしほっとした。
こうやって話している不二は、いつもの不二だ。
この間、部室の外で見た不二は------あれは、あの時だけの不二なんだ。
あの時、不二がまるで別人のように見えたのは、あれは錯覚なんだ。
「じゃあ、ごゆっっくり」
由美子がそう言って、部屋のドアを閉めて出ていった。
香りの良い紅茶を飲みながら、手塚は肩の力を抜いた。
別に、構える事もなかった。
大丈夫だ。
いつもの、不二だ。












「ふふふ…………」
と、その時、不二がおかしくてたまらない、という風に笑い出した。
「…………不二?」
「いやいや、ごめん。あんまりキミが緊張してるようだったからさ……」
「………?」
不二が珍しく白い歯を見せて笑ってきた。
「今日はね、キミに見せたいものがあったんだ。……これだよ……」
机の引き出しを開けて、不二が中から取りだした物を見て、手塚は驚愕した。
「こ、これは………!」
「どう?……よく撮れてるでしょ?」
モノクロの大きな写真だった。
「僕が自分で現像したんだ」
そう言えば、不二は写真が趣味で、撮った写真は自分で現像もしているという話だった。
「………ね? 素敵でしょ?」
「………ふ……じ………」
それは、手塚が、井上と抱き合ってキスをしているところを撮った写真だった。
驚愕のまま目を見開いてその写真を見ていると、不二がくすっと笑った。
「……はい」
その写真を手渡される。
間近で見れば見るほど、写真は良く撮れていた。
修正なども施してあるのだろうか。
あの時、写真を撮られていたなどと全く気付かなかったから、フラッシュを焚いていないはずなのに、細部まで綺麗に撮れていた。
自分は無理矢理キスをされていたはずなのに、その写真では、相思相愛の恋人同士のキスのように見えた。
背筋がさぁっと冷たくなって、手塚は総毛だった。
「僕ね、いつもカメラ持ち歩いているんだ。決定的瞬間とか、珍しい写真撮りたいからね。………で、これが撮れたってわけ……」
「どうして………」
「どうしてって、そりゃあ、ね……」
不二が苦笑した。
「いい被写体だなって思ってさ。……滅多にこんなもの撮れないでしょう? キミが男とキスしてる所なんてさ」
「不二!!」
怒りが突然込み上げてきて、手塚は大きな声を出した。
「大声出しちゃ駄目だよ、姉さんに気付かれるよ?」
手塚の威嚇も、全く意に介さない様子で、不二がしれっと言ってきた。
「……どう、これ、………欲しい?」
「……………」
「僕のコレクションにしておいてもいいんだけど、部屋に貼っておいたりすると、誰が見るか分からないでしょ? そういうの、キミ嫌だと思って。……もし、キミが欲しいんなら、勿体ないけど、ネガごと上げようと思ってね、キミに来てもらったって訳……」
「……………」
不二の笑顔が不気味だった。
不二が、ただでネガと写真を渡すはずがない。
「…………何が目的なんだ?」
不二を睨みながら言うと、不二が肩を竦めた。
「別に…………キミが欲しいんならあげようと思っただけだよ。……いらないんならいいけどさ……」
「…………………」
「………欲しい?」
「……欲しい……」
そう言うしかなかった。
「………そう」
手塚の返答を聞いて、不二がにっこりと笑った。
「じゃあ、交換条件……」
手塚の心臓がきゅっと縮み上がった。
「僕のお願い、聞いてくれる?」
「……………なんだ?」
「まぁ、……まず写真とネガ、あげるよ」
不二が手塚の手に、写真とネガを渡してきた。
「好きにしていいよ。それ一枚しか撮ってないし、他には無いから」
手の平の中の写真を、手塚はじっと見つめた。
自分の頭と腰を抱えるようにして、井上が太い腕を回している。
自分は、顔を少々上向きにして、井上の口付けを受けていた。
表情はよく見えないが、陶酔しているような顔に見えなくもない。
大人の男からキスを受けて、うっとりとしている中学生。
ぞくっと悪寒がして、手塚は次の瞬間、その写真を勢い良く破り捨てていた。
「あれ、また派手にやったねえ……」
不二が呆れたように言ってきた。
「僕は気に入っていたんだけどな、その写真。アングルといい、写り方といい、綺麗でしょ?」
「……………ふざけるな!」
かっとなって、手塚は吐き捨てるように言った。
破った写真とネガを、手の平で握りつぶすように丸める。
「ごめんごめん。……もう写真とか無いから、安心して……」
不二が言いながら、ふっと立ち上がった。
(………………?)
不二を目で追うと、不二は、ベッドに腰をかけた。
「じゃあさ、僕のお願い、聞いてね?」
腰掛けて、足を組んで、不二が手塚を見下ろしてきた。
薄く開いた目が、手塚を射抜くように見据えてくる。
背筋を冷たいものが走り抜けて、手塚は青ざめた。
「もう、写真あげちゃったんだから、契約成立だよ、手塚。……僕の言うこと、キミは聞くしかないよね?」
そうだった。
思わず写真を破り捨ててしまった。
あの時に、契約が成立していたのだ。
「じゃあ、こっち来て……」
不二がにっこりと笑う。
何を要求されるのかと思うと、恐怖が襲ってきた。
身体が竦み上がる。
蹌踉めきながら不二の前に行くと、不二が言ってきた。
「じゃあ、手塚、………キミの口で、僕を慰めてもらおうかな?」















口淫強要。ワンパターンですいません(本館にもある^^;)。しかも唐突。このパターン好きなんですよ(汗)