罠 
《3》












「……………?」
一瞬、言葉が頭の中に入ってこなくて、手塚は呆けたような表情をした。
「……あれ、もっと直接的に言った方が、いいかな?」
不二が苦笑する。
「あのね、手塚。……フェラチオしてくれる?」
「………………」
まだ、単語と意味が繋がらなかった。
「な………んだって………?」
「だからさ、フェラチオ。………まさか、いくらキミだって、知らないはずないよね?」
不二が興味深そうに目を輝かせてきた。
「もしかして、知らなかったりして。………やり方、教えてあげようか?」
「………………」
やっと脳の中に単語が入ってきて、手塚は全身が氷で浸されたかのように冷たくなった。
不二が何を言って、何を要求しているかは、分かった。
経験は無いものの、さすがにそういう知識はある程度は持っている。
しかし、どうして、それを自分が、しかも不二に対してやらなくてはならないのか、理解できなかった。
だいたい、そういう事は、愛し合っている者同士の、秘めやかな睦事であって、しかも普通は男女間でするものではないのか?
なぜ、男の自分が、男に対してやらなければならないのか。
それに、自分達は中学生である。
中学生がすることではない。
「やだな、そんなに怖い顔をして…………あ、やったこと無いんだね、手塚。……まぁ、そうだよね……」
不二がくすっと笑った。
「うまくできなくてもいいよ。僕を満足させてくれればOKだよ、手塚。……ここに跪いて……」
「……………」
「……どうしたの?」
石像のように固まったまま突っ立っていると、不二がすうっと声音を低くしてきた。
「キミ、もう写真破っちゃったんだよ?……もう、約束しちゃったんだからね。………まさか、約束を反故にするわけじゃないだろうね?」
脅かすように言われて、手塚ははっと我に返った。
----そうだ、写真を破って捨ててしまった。
あの時に契約が成立したと言われた。
その通りだった。
……………それはそうだが、契約と、どうしても要求されている行為を関連づけることができなかった。
なぜ、そんな事をしなければならないんだ?
「………あれ?……そんなに意外だった?」
手塚の内心を読みとったのか、不二が肩を竦めた。
「写真見たら分かりそうなもんだけどね。……男の舌をさ、あんなに可愛くうっとりして受け入れてるキミを見たら、誰だって、キミを欲しくなると思うよ?」
「……………なんだと!」
瞬間、カッとなって手塚は思わず声を荒げた。
「ほら、怒らない。本当のことなんだから。………さ、やってもらおうかな?」
そんな手塚を軽く受け流して、不二が語尾を低めて言ってきた。
「手塚、して……」
不二がもう一度命令を繰り返してしてきた。
手塚の頭の中に、不二の言葉が侵入してくる。
オレが、不二に………。
…………何をするんだった?
「早く……」
不二の声音が更に低くなった。
地の底を這い上がってくるような言い方に、手塚は背筋がぞくりとした。
冷たい眩暈がする。
「ここに来て……」












不二の前にふらり、と立つと、不二が手塚の手を引いて、跪かせてきた。
不二の脚の間に膝立ちの格好になると、不二の顔が自分の顔より上に来る。
上目遣いに呆然として不二を見ると、不二が小首を傾げて笑った。
「じゃあ、よろしく……」
よろしくと言われても、何をどうしたらいいのか、手塚には分からなかった。
「……なんだ、本当にやり方知らないわけ?」
不二が呆れたような声を出してきた。
「キミが口に咥えるモノをさ、僕のズボンから出さなきゃ始まらないでしょ?」
「……………」
言われた言葉の淫猥さに、鳥肌が立った。
「ほら、ちゃんとやってよ……」
不二が更に催促してきた。
手塚は、震える手で、ようやっと不二のズボンのファスナーを下ろした。
既に、下着の中では、変化した性器が存在を十分に主張していて、下着を押し上げていた。
背筋に冷たい戦慄が走って、手塚は思わず固く目を閉じた。
震える手で下着からそれを引き出すと、それは火傷しそうに熱を持っていた。
恐る恐る、目を開く。
他人の性器を、それも勃起した状態の性器を見るのは初めてだった。
自分のそれとあまり違わない、見慣れた形状。
どちらかというと、不二のものの方が、色が薄いかも知れない。
それでも、目の前でぴくぴくと脈打ちながら、先端から透明な液をねっとりと滲ませているそれは、手塚を十分に怯えさせた。
これを、どうすればいいんだ。
口に咥える……………そうだ、フェラチオは、男性器を口で愛撫する事だ。
これを、オレが…………?
…………咥えるのか?
------そんな事、できるわけがない!












「手塚………」
愕然としたまま動けないでいると、不二が上から促してきた。
「舐めるんだよ。………僕の言うことが聞けないのかい?」
目の前がくらりとした。
手塚は身体の震えを抑えられなかった。
がたがたと震えたまま、顔を不二のそれに近づける。
漸くのことで口を開けて、手塚はそれを先端から飲み込んだ。
(……………!)
口に入れた途端、先走りの液の苦い味が舌に広がって、思わず吐き気がこみ上げてきた。
「駄目。……ちゃんと舐めて……」
手塚が口を外しそうになったのを感じたのか、不二が手塚の頭をぐっと押さえつけてきた。
「う………ぐ…………う……………ッッ!」
押さえつけられて、喉の奥に凶器が突き当たり、噎せて、手塚は苦しげに呻いた。
弾力のある肉の棒が、口腔内を縦横無尽に暴れ回ってくる。
「口を上下させて、動かして………」
不二が命令してきた。
目を固く閉じて、手塚は口の中で膨れ上がる肉塊を必死で舐め上げた。
ぬめった弾力のある感触と熱さが悍ましくて、身体中に悪寒が走る。
嘔吐感が次から次へと込み上げてきて、目尻に生理的な涙が滲む。
顎が痺れるほどひたすら機械的に口を動かしていると、不二が不意に手塚の頭をぐっと押し付けてきた。
「……んぐッッ!!」
次の瞬間、口の中一杯に、生臭く温かな粘液が溢れた。
「飲んで、手塚!」
不二が言ってきた。
「んぅ………ぅッッ………!」
肉塊が引き出されると同時に、口元に不二が手の平を強く押し付けてきた。
吐き出すことが出来ず、手塚は口中に溜まった苦い液体を、ごくり、と飲み下した。
「……………ッッッ!!」
強烈な嘔吐感が込み上げてきて、手塚は口元を押さえて床に頽れた。
「ぐふっ………ごほッッ!」
口の中が微妙にねばって、生臭い。
気が遠くなるほど不快だった。
気持ちが悪かった。
全身が粟立っていた。












「ふふ………ありがとう、手塚……」
射精して満足したのか、不二が優しげに声をかけてきた。
「とても良かったよ。キミにしてもらっているんだと思うと、余計に興奮したしね……」
「………………」
何度唇を拭いても、精液が残っているような気がした。
唇が粘ついて、手塚は血が滲むほど唇を擦りあげた。
胃液が逆流してきそうだった。
俯いた手塚の視界が歪んだ。
涙がぽたり、とフローリングにこぼれ落ちた。
「………あれ、どうしたの?」
自分が泣いているのを分かっているだろうに、不二が素知らぬ風で声をかけてくる。
悔しさと屈辱感と、生理的な気持ち悪さが一緒になって、手塚は顔を上げられなかった。
涙が更に落ちる。
それは次から次へとこぼれて、床に小さな水たまりを作っていった。














手塚にやってもらえば、それは気持ちいいだろうと思うのでしたv