衝動 《1》
まだ、胸がどきどきしていた。
ゴトンゴトン------。
電車が規則正しく揺れて、その揺れに伴って、車窓の風景も動く。
壁に凭れて、窓の外をぼんやりと眺めながら、手塚は先程までの試合を思い出していた。
竜崎先生に無理に頼み込んで実現した、リョーマとの試合。
区営のテニスコートで、大石にだけ来てもらって、秘密に行ったものだった。
リョーマと試合をするからには、真剣に臨まなくては負けてしまうかも知れないとは思っていたが、腕の事など忘れるまで全力を出してしまった。
そうしなければ、リョーマには勝てなかった。
試合中のリョーマの、猛禽類のような鋭い視線や、攻撃的なプレイが脳裏に鮮やかに蘇って、手塚は身震いした。
身体が熱かった。
左腕が痺れていた。
「無理するからだ。悪化でもしたらどうする」
大石にもそう言われてしまった。
それでも、全力を出さなければならなかった。
あの時の自分を思い出すと、手塚は背筋が震えるようだった。
大石が何か喋ってくるが、それさえ耳に入らない。
眺めていた風景に、突然、先程まで試合をしていたコートが目に飛び込んできた。
リョーマが、まだプレイをしていた。
----------ドクン。
津波のように熱い感情が押し寄せてきて、手塚は瞳を見開いて、窓の外のリョーマを見つめた。
あっという間にコートは遠ざかり、住宅街になる。
胸の火照りが、鎮まらない。
こんなに昂揚したことはついぞ無かった。
昔、自分が試合に負けたときでも、こんな、制御できない興奮は無かった。
(越前・・・・・)
左腕がじぃんと痛んだ。
リョーマのボールを受けたときの、衝撃。
彼の、豹のように素早い動き。
技巧の限りを尽くしても、少しも油断できなかった。
どんな球を打ち込んでも、たとえ取れなくても、リョーマは屈しなかった。
鋭い眼光で自分を射抜くように見つめ、まるで攻撃対象を見付けて草むらに潜んでいる肉食獣のように、自分を狙ってきた。
------ゾクリ。
背筋に戦慄が走り抜けて、手塚は身体を震わせた。
あんな瞳に見つめられて、平静でいられるわけがなかった。
ネット越しだったとはいえ、まるで自分の内部まで全て見られてしまったようだった。
あんな目で見つめられたことは、一度もなかった。
今までの対戦相手のそれは、はなから試合をあきらめている目か、畏敬の目か、或いは才能の違いに愕然としている目か、そんな目ばかりだった。
自分にあくまでも食らいついてきて、隙あれば倒そうとする、猟犬のような、鋭い瞳。
そんな目で試合中見つめられたことは、無かった。
電車のポールを固く握りしめて、手塚は目を閉じて頭を振った。「お疲れさまでしたっ!」
「手塚、先に帰るぞ〜」
都大会まであと1週間と迫ったコートは、レギュラーはもとより、部員全員の熱気に満ち満ちていた。
レギュラー陣の練習にも熱が入り、自然と大会への意気込みが高まってきている。
部活が終了して、残っていた部員達も次々と帰宅する中、最後まで部室に残って、手塚は一人着替えていた。
ジャージを脱ぎ、学生服を着て、乱雑に散らかった室内を整理する。
一人になると、緊張が解ける。
手塚は軽く溜め息を吐いた。あれから------リョーマと試合をしてから、手塚はそれまでの手塚では無くなってしまった。
あの日以来、あまりよく眠れない。
練習に差し支えるから、しっかり眠らないとと思うのに、ベッドに入って目を閉じると、脳裏にリョーマの鋭い瞳が思い浮かぶ。
そうすると、なぜか胸がどきどきしてきて、寝付けなくなってしまうのだ。
リョーマの視線。
自分を食らい尽くすかのように挑んできた、あの視線。
「越前…………」
つい口に出して名前を呼んでしまい、手塚はベッドの中で赤面する有様だった。
部活動中も、つい気を抜くと、いつの間にかリョーマを見ていることが多い。
彼がレギュラー陣と楽しそうに練習をしている姿。
少年らしい伸びやかな身体が躍動し、リョーマの周りは空気の色も違うような気がする。
--------ドクン。
リョーマがスマッシュを打ったと同時に、身体の中でうねりが襲ってきて、手塚は唾を飲み込んだ。
身体が熱い。
火照って、頬も赤いような気がする。
手塚が見ているのが分かったのだろうか、スマッシュを打ち終えたリョーマが、手塚の方を向いて笑ってきた。
自分の心を射抜くように、強い視線が向けられる。
--------ドキン。
胸がきゅっとなって、手塚は狼狽した。
周囲に悟られないように視線をずらすと、ふい、と何気ない様子で歩き出す。
胸がどきどきしていた。
鼓動が頭まで響いて、他人に聞かれないかと不安になるほどだった。
「手塚、おまえの番だぞ?」
乾から話しかけられ、手塚ははっと我に返った。
「あ、ああ………」
短く答えると、手塚は左手にラケットを握りしめて、コートに入った。そんな風に過ごしているからか、練習量はたいした事がないにも関わらず、手塚は疲れていた。
白いYシャツの上に、黒の学生服に袖を通しただけで、ボタンをきちんと止める気にもなれず、いささかだらしのない格好で手塚は部室に散らかった小物を整理していた。
部員が飲んでそのままにしておいたらしいペットボトルを捨てたり、乱雑にロッカーに詰め込まれているタオルを綺麗に畳み直して入れてやる。
「……これは……」
タオルの下に見覚えのある帽子を見付けて、手塚はひとりごちた。
白地の正面に青と赤でFのロゴの付いた帽子。
(越前のヤツ、忘れていったのか……)
それは、リョーマが愛用している帽子だった。
大切にしているものを忘れるなど、いかにもリョーマらしくて、手塚は微笑んだ。
手にとって形を直してやる。
ふと清涼な匂いが漂ってきて、手塚は無意識に帽子を鼻の所に近づけた。
松のように爽やかですがすがしい匂いがした。
リョーマが使っているシャンプーの匂いででもあるのだろうか。
-----ドクン。
不意に熱いうねりが手塚を襲った。
体温が急に上昇したような気がする。
身体の奥底から泉がわき出るように、熱い疼きが上ってきた。
「………………」
瞳を閉じて、手塚は壁にもたれ掛かった。
胸を押さえて、興奮を静めようとしたが、一層身体が猛ってきた。
「越前………」
名前を口に出すと、更に身体が熱くなる。
変だ。
越前の事を考えて、興奮するなんて。
そうは思うものの、手塚は、自分の下半身に熱い血の滾りを感じた。
ドクン………ドクン………。
鼓動と共に、そこが脈動するのが分かる。
学生ズボンを押し上げて、それが存在を主張し始めている。
「………………」
もう、部室には勿論、コート周辺には誰もいない。
既に太陽は落ちてかなり経っており、しんしんとした宵闇が迫ってきていた。
誰もいないという認識が、手塚を大胆にした。
手塚は目を閉じて、学生ズボンのベルトを外した。
左手をその中に差し入れる。
下着の中で、そこは、既に充分すぎる程に勃ち上がっていた。
それを掴むと、その途端、脳までダイレクトに快感が突き刺さってきて、手塚は思わず顔を仰け反らせた。
壁に凭れかけた背が撓む。
「ぅ……………くッ……………」
根元から先端にかけて、握りしめながら扱くと、全身が震えるような快感が襲ってきた。
「え…………ちぜん……………ッ」
リョーマの鋭い目が脳裏に思い浮かんだ。
視線で犯されているようだった。
「は…………ぁ……………ッッ」
こんな所で、一体何を………………。
理性が羞恥を訴えてくるが、それよりも快感の方が勝った。
「ぁ…………ぁ…………!」
甘い痺れが全身を浸す。
次の瞬間、手塚のそれは、勢いよく白濁した粘液を放出していた。「へええ……………部長でも、そんな事するんスか」
その時、戸口から声がして、手塚は驚愕した。
突然書きたくなって書いたリョ塚。乙女な手塚をリョーマが美味しくいただく話(汗)