片思い 
《2》














「大石さ〜、今日なんか調子悪いんじゃん?」


次の日。
いつも大石とペアを組む菊丸が、ラリーをミスった大石に対して、心配げに言ってきた。
「あんなとこでミスするような大石じゃないじゃん、……体調悪いの?」
「いや、そういう事はないんだが………」
コートの端で、手塚がこちらを見ているのが分かる。
大石は慌てて言いながら、手塚の視線を痛いほど感じていた。
「……なあ、大石、なんか悩み事でもあるん?」
部活が終わって部室で着替えていると、菊丸が小声で大石に話しかけてきた。
「オレたち、親友じゃん。悩みがあるんなら、相談してよ?」
菊丸の大きな目が、じぃっと自分を見つめてくる。
菊丸とは、ペアを組んで随分経つし、お互い気心の知れた間柄である。
大石は、思い切って、昨日からの自分の懸念を話してみることにした。
帰り道、二人きりになった時に、口ごもりながら話し始める。
「実はさ、なんか、やたらと胸がどきどきしたりして変なんだ、オレ……」
「………心臓、悪い?」
「いや、違うよ。……エージはそういう事ないか?……そいつを見てると、どきどきするし、なんだか昨日までと違うんだ。昨日までは何とも思ってなかったのに、変に気になるって言うかなんていうか………」
「それって、好きになったって事じゃないか、大石」
菊丸が呆れたように言ってきた。
「なーんだ、心配して損した!……で、誰よ、大石の好きになった女の子って?」
「……………好き………になったのかな……」
「そうだよ。だって、その子のこと見るとどきどきしちゃうし、なにより、大石がテニスに集中できないほど、その子のことが気になってるんだろう?」
「……うん………」
「じゃあ、決まりだよっ。はやいとこ告っちゃえば?……大石ってさ、いつまでもうじうじ自分で悩んでそうじゃん、健康に悪いよ?………で、誰?オレの知ってる子?」
菊丸が興味深そうに大石に尋ねてきた。
「……………」
「なー、勿体ぶらないで教えてくれたっていいじゃん!……誰よ!」
「………手塚………」
「…………はぁ?」
「………………」
「手塚なんて子、オレらの学年にいたっけ?」
「………………」
「女の子にはいないよな〜。それとも、学年下?」
「いや、だから、……男の手塚………」
「ええーーーっ!!」
菊丸が大声を出したので、周りを歩いていた通行人が振り返ってきた。
慌てて大石は菊丸の口を塞いだ。
「お、おい、大声出すなよ、恥ずかしいじゃないか!」
「だ、だって………ほんとに、手塚?」
「……うん………」
「あの、手塚?……うちの部長の?」
大石が頷くと、菊丸はあちゃーっというように額に手をやって天を仰いだ。
「そりゃあ、なんというか、…………難しいね………」
「そうだよな………」
「いや、オレは別に男の事好きになるのが悪いって言ってんじゃないけどさ………でもよりによって手塚か……」
「………変か?」
「いや、変じゃないけどさ…………手塚に好きになってもらうのって、超難しそうじゃん?」
「そうだよな………」
大石はがっくりした。
「やっぱり、そんな事考えない方がいいよな………」
「でも、好きになっちゃったんだろう?……だったら、我慢するの辛いんじゃん?」
「……うん……」
「……ねえ、言っちゃえば?」
「………まさか!」
「どうしてさ?……手塚って、なんだかそういう事に疎そうだから、待ってても絶対に気付かないよ、大石の気持ち」
「でも、手塚に嫌がられたらな……」
「うーーん……」
菊丸が考え込む。
「駄目だよ、大石、そんな先回りしてものを考えちゃ。それだから、思い切ったことが出来ないんだってば!」
「…………でも、やっぱり怖いよ……手塚に嫌われたりしたら……」
「もーー、大石ってそういうとこ、ほんとうに臆病だよね!」
「しょうがないだろう、そういう性分なんだから」
「……でもさ、手塚のどこがいいわけ?………いや、オレだって、手塚は友達としてはいいヤツだと思うけどさ、でも、大石はさ……」
菊丸が声をひそめた。
「手塚を抱き締めたいとか、キスしたいとか…………思うわけ?」
「……………」
考えただけで、なんだか頭がくらりとした。
手塚の柔らかそうな唇とか、熱い吐息とか、そういうものを思い出してしまったのだ。
「……思うの?」
「……したいな………」
「そうか、やっぱり好きなのか……」
菊丸ががっくりしたように言った。
「思い違いかなとか思ったんだけどさ、でもそういう風に触りたいって思うようじゃ、本当に好きなんだね。ちょっとオレには想像付かないけどさ……」
だって、あの怖い手塚だろ?と言いつつ頭を振る菊丸を、大石は横目で見ながら溜め息を吐いた。
本当に、自分でも変だと思う。
だって、手塚は部長で、男で、自分よりも背も高いし、体格だっていい。
そんな手塚を可愛いと思ったり、触りたいとか、キスしてみたいとか、そういう風に思ってどきどきするなんて。
「まぁ、また明日考えようよ」
菊丸が思い直したように明るい声で言ってきたので、大石もほっとしてなんとか笑顔を作った。














次の日。
授業が終わって部活動がいつものように始まる。
ラリーの練習から、スマッシュやサーブなど個別メニューの他に、レギュラー同士の練習まで、いろいろなメニューがこなされていく。
大石も、昨日菊丸に打ち明けてみて少し気が晴れたのか、今日は練習に集中できていた。
手塚がまだ部活に来ていないことも、大石の気を楽にしていた。
「エージのヤツもまだ来ないな〜」
いつも部活には遅刻したことのない菊丸が来ていないことが、大石には少々気がかりだった。
部長の手塚は、顧問の竜崎先生と打ち合わせ等々があって、遅れることは普通なのだが。
「……遅れてごめんっ!」
そのとき、部室から菊丸が走ってきた。
「エージ、遅刻だぞ?」
「あ、大石、ちょっと………」
コートの隅で他の部員の練習を見ていた大石が声を掛けると、大石に気付いた菊丸が手招きをしてきた。
「………なんだ?」
「……ちょっと、こっち来て……」
そのまま大石は部室の前まで連れて行かれた。
「あのさ、大石、………ごめん!」
菊丸が突然手を合わせて大石を拝むようにしてきたので、大石は呆気に取られた。
「なんだ、一体?」
「オレさ、手塚におまえのこと言っちゃった……」
「……ええっ!」
「おまえ、自分じゃ絶対言えないだろう、だから、オレが代わりにさ……」
「な、なんて、言ったんだ?」
「……おまえが手塚のこと好きで、キスしたりしたいって思ってるって……」
「エージっ!!」
大石は愕然とした。
「お、おまえ、そんな事言って、手塚が………」
「手塚、……うん、よく分かってなかったみたい………きょとんとしてたよ……」
「エージっ、おまえっ!!」
さすがに大石は頭に血が昇った。
思わず菊丸を殴ろうとする。
「……こら、何している!」
その時、部室のドアが開いて凛とした声が響いた。
手塚だった。
「……て、手塚……」
殴ろうとした手を止めて、大石は呆然として手塚を見た。
手塚は、表情の窺い知れない瞳で、眉根を寄せて自分たちを見ていた。
「……グラウンド、20周!」
形の良い唇が開かれ、きりっとした声が発せられる。
とりつく島もないような、冷たい雰囲気だった。
「………………!」
大石は唇を噛んで、その場から逃げるようにしてグラウンドに走り去った。
「ま、待ってよ、オレも行くよっ!」
菊丸も慌てて大石の後に続いた。


















菊丸ってなにかと親切な気がしますv