片思い 《3》
それからというもの、大石は手塚を徹底的に避けた。
情けなくて恥ずかしくて、自分からは声も掛けられないのは勿論の事、もし手塚に軽蔑されていることが分かったら-----軽蔑されている可能性は高かった-----と思うと、怖くてとても近寄れない。
菊丸の事を恨みに思ったりもしたが、考えてみると、言い出せなくて中途半端な状態より、分かってしまった今の方がすっきりしたかも知れない。
大石はそうも思ってみたりした。
それでも、手塚には近づけない。
手塚がさぞかし自分の事を気持ち悪く思っているだろうと思うと、怖くて足が竦んだ。
部活は適当な言い訳を作って、数日休んでしまった。
その後も、いくらなんでも休み続きではまずいだろうと部活には出るものの、極力手塚に近寄るのを避けた。
他の部員たちに変に思われないように、その辺は気を使って、皆の前では普通に喋るが、絶対に二人きりにならないようにしていた。
手塚が何か言いたそうに自分をじっと見つめる視線にも気が付いたが、できるだけさりげなくその場を離れる。
手塚に何か言われたら、その場で泣き出してしまいそうだった。
こんなに、手塚の事が好きだったんだ。
手塚の一挙手一投足が、気になって気になってしかたがないほどに。
コート内でボールを打つ手塚を遠くからぼおっと見つめながら、大石は深い溜め息を吐いた。
菊丸が心配そうに眺めてくるが、菊丸に文句は言えなかった。
菊丸のせいじゃなくて、優柔不断な自分が悪いのだ。
あの後、菊丸はしきりに謝ってきてくれた。
もう一度手塚にちゃんと言ってくるというのを、大石はもういいからと止めたのだ。
------もう、いい。
大石は俯いた。
オレには、最初から過ぎた望みだったんだ。
手塚が、オレのことを好きになってくれないか、……なんて。
手塚の事、そっと見つめているだけで良かったんだ。
それなのに、手塚に触れたいとか、キスしたいとか、そんな事考えてしまった自分が悪いんだ。
手塚はもともと、オレなんかの手に入るような人間じゃないんだから。
だから、……もう、やめよう。
手塚にこれ以上、嫌われないようにしよう。
オレの事、今は気持ち悪いと思っているかも知れないけど。
そう思って、大石はぞくっとした。
オレのことを、気持ち悪いと思っているだろうか………。
………考えると、恐怖で身が竦んだ。
だから、とても今は手塚の側に寄れない。
もう少し月日が経って、手塚が気にしないでくれるようになるまで。
オレがこれ以上出しゃばったことをしなければ、手塚だって、気にしなくなるだろう。
何もするつもりがないって分かってくれれば、きっと今まで通りに友人としてつき合えるようになれるはず。
(………………)
そう思うと、大石の心はきゅっと痛んだ。
手塚と、友人に戻れるだけでいい。
そう思っているはずなのに、なぜか悲しかった。
自分の本当の願いが、そうではないことが分かっていたからだ。
「……しょうがないよな………」
コートの向こうから、また手塚が自分を見つめている。
その視線から逃れるようにして、大石は下級生を指導するため、別のコートに入った。「やれやれ、遅くなった………」
遅くまで一人コートの周りを整備やら掃除やらで見回っていたら、いつの間にか部員は皆帰ってしまったようだった。
副部長の大石は、コートと部室の鍵を預かっている。
コートの出入り口を施錠し、異常のないことを確かめると、大石は溜め息を吐いて部室に向かった。
空には宵の明星が美しく輝き、周りが群青色に変わってきていた。
部室は灯りが落ちており、暗かった。
------バタン、
とドアを開けて中に入って、パチン、と電気を点けて、
(…………………!!)
大石は、心臓が止まるほど驚いた。
中に、壁に背を凭れて、腕組みをして、手塚が立っていたのだ。
(て、てづか…………)
途端に心臓が早鐘のように打ち始める。
手塚は、眼鏡の奥から、自分をじっと見つめてきた。
「ど、どうしたんだ………もう帰ったかと思ってたが………」
できるだけ平静な声を出したつもりだったが、声が掠れた。
手塚の方を見ないようにして、離れた場所でどきどきした胸を抑えながら着替えを始める。
「………大石………」
その時、手塚の声がすぐ近くで聞こえたので、大石はびくっと大仰に反応した。
思わず振り返ると、
「て………づか………」
すぐ目の前に手塚が立っていた。
自分より背の高い手塚を少々上目遣いに見上げて、大石はぞくりとした。
手塚が、自分を睨んでいた。
冴え冴えとした美貌が、こういう時には一層怜悧に研ぎ澄まされて、怖いほどだった。
思わず視線を逸らして、大石は横を向いた。
手塚が怒っている。
怒りのオーラが立ち上っているようで、大石は身体中が竦んだ。
殴られるかも知れない。
いや、殴られるなら、まだましだ。
軽蔑の言葉でも吐き掛けられたらどうしよう。
立ち直れないかも知れない。
もう、二度と、手塚に会うこともできないかも知れない。
恐怖が足下から全身を浸してくる。
ふっ、と手塚が近寄ってきた。
殴られるのか、と思わず固く目を閉じる。
と、次の瞬間、唇に何か暖かな柔らかいものが押し当てられてきて、大石は驚愕した。
「…………………」
目を開くと、目の前に手塚の綺麗な瞳があった。
茶色に澄んだ、美しい瞳。
射抜くようにうに自分を見つめてくる。
手塚が自分に口付けをしているのが分かって、大石は呆然とした。
唇がすっと離れる。
「て………づか…………」
譫言のように言うと、手塚がその大石を見据えながら、自らの学生服のボタンを一つ一つ外してきた。
「…………」
驚きの余り石像のように動けないでいると、手塚は学生服のボタンを全部外し、それから中に着ていたワイシャツのボタンも外した。
部室の電灯の中に、手塚の、筋肉の美しく付いた素肌が露になる。
大石の見ている前で、手塚はするり、と学生服を脱いだ。
それから手を降ろして、今度はズボンのベルトを外す。
カチャカチャという金属音がして、押し黙ったまま手塚がズボンを脱ぐのを大石は呆然として見つめた。
下着毎脱いだらしく、ワイシャツの裾から、仄かに淡い茂みが見え隠れする。
かぁっと身体中の血がざわめいて、大石は眩暈がした。
何が行われているのか、分からなかった。
何も考えられなかった。
そのまま立ちすくんでいると、今度は手塚が、大石の服を脱がそうとしてきた。
着替えの途中だったので、大石の服装は上半身はワイシャツをひっかけたまま、下はまだジャージだった。
そのジャージを引き下ろすように手塚が手を掛けてきたところで、漸く大石は我に返った。
「……やめろ!!」
身体が動くと同時に、大声を出していた。
------ドタン!
無意識に思い切り手塚を突き飛ばしたらしく、手塚が部室の壁によろけながら突き当たった。
「……つッッッ!!」
壁に上半身ごとぶつかって、どこか痛めたのか、手塚が辛そうに呻く。
「て、手塚っ!!」
慌てて大石は手塚に駆け寄った。
「大丈夫か!!」
抱き起こすと、ワイシャツがはだけた。
ほぼ全裸の状態の手塚を見て、大石は手が止まった。
頭に血が逆流してくる。
しっとりとした滑らかな肌と、微妙な陰影を付けた下半身。
顔を上げた手塚の瞳に、透明な雫が溜まっているのを見て、大石は仰天した。
手塚が泣いている?
「て………づか…………」
身体を投げ出すようにして、手塚が大石に抱き付いてきた。
その衝撃で大石は床に尻餅を付いた。
手塚を抱きかかえるようにして、座った形になる。
その大石にしっかりと抱き付いて、手塚が声を殺して泣き出した。
「ど、どうしたんだ、手塚っ!」
今まで手塚が泣いた所など見たことがなかっただけに、大石は狼狽した。
「な、どっか痛いのか?……医者、行くか?」
「嫌だ……」
手塚が俯いたまま言ってきた。
「……怪我しなかったか?」
「………してない………」
「そ、そうか………」
とりあえず手塚の身体が大丈夫そうなので、大石はほっとした。
それにしても、手塚の行動が理解できなかった。
腕の中で嗚咽を漏らしている手塚を、大石はなだめるように背中を撫でた。
「……どうしたんだ?」
「おまえが……」
「……オレが?」
「おまえが、俺のことをずっと避けてるから………俺は……」
「それは………」
大石は困惑した。
「それは、………おまえ、菊丸から聞いたんだろう?………オレがおまえの事好きだって思ってるって事……」
「聞いた………」
手塚が頷いた。
「………」
大石は唇を噛んだ。
「ごめんな、手塚、突然そんな事聞かされて。………オレ、別におまえに言おうとかそういう事思ってなかったんだ………こっそり心の中で思ってるだけにしとこうって思ってたんだ………」
言いながら、大石も鼻がつうんとしてきた。
涙が込み上げてくる。
「おまえが嫌がってるだろうと思って、オレ、怖くて…………ごめん………オレ、もうそういう事言わないから、だから、菊丸に言われたこと、忘れてくれないか?」
「……違う!」
手塚が顔を上げて大石を睨んできた。
「俺は、あの時はびっくりしたけど………でも、別にイヤじゃなかった……」
「………えっ?」
「嫌じゃなかったし、おまえから、ちゃんとじかに聞きたかった。なのに、次の日から、おまえは部活休むし、出てきたと思ったら、俺を避けてるし、何も話が出来なかった。………俺のこと、好きだっていうのは嘘なのか、大石?」
「……嘘なもんか!」
「だったら、なんで俺を避けるんだ?……俺は………俺は、おまえがいなくて寂しくて……おまえと二人きりで話がしたくて……それなのに、おまえは俺のほう見ようともしないで。………さっきだって、話しようと思って待っていたのに、おまえときたら、俺のほう見ようともしない………だから、俺は………」
「手塚………」
「なあ、大石、俺、おまえに嫌われたのか?」
「違うっ!好きだよっ! 好きで好きでたまらなくて、おまえのこと見るとどうにかなっちまいそうで、おまえに変なことしたらどうしようって………」
「してくれ、大石……」
不意に手塚が唇をぶつけるようにして口付けてきた。
手塚の襲い受けv