この話は6番「罠」の続編です。
傀儡 《1》
「今日はみんな、気合いが入ってたなあ……」
部活が終わった夕方。
コートを見回って施錠してきた大石が、部室に入りながら手塚に笑い掛けてきた。
「もうすぐ都大会だし、やっぱり目標があるってのは違うんだね」
やれやれ、オレも頑張らなくちゃ、と言いながら、大石が着替えを始める。
部室の中央に置いてある机に向かって、その日の部活の記録を記入していた手塚は、大石をほっとした面持ちで眺めた。
副部長の大石は、気配り型の優しい人間で、誰に対しても丁寧で人望があった。
相手に対する気遣いが細やかで、手塚にとっては掛け替えのない補佐役である。
補佐だけでなく、彼といると、心が安まるような気がするのだ。
特に、ここの所、不二と悪夢のような日々を過ごしていた手塚にとっては、大石とのひとときは大切な時間だった。
大石と話していると、いつもの日常が戻ってくる。
自分が、不二の部屋で、不二の言うなりになって犯されていることを、一瞬でも忘れることができるような気がする。
大石の前では、手塚は、普通の中学生であり、大石の良き友人であった。
「今年の一年も、みなやる気があるね。まぁ、越前君みたいなスターがいたら、やる気が出て当然だと思うけどね……」
大石がワイシャツのボタンを留めながら、手塚に話しかけてくる。
「越前君以外にも、将来期待できそうな人材がいそうだよね?」
「そうだな……」
「コート整備なんかも、みなよくやるよ。真面目で助かる……」
大石が学生服を羽織りながら笑う。
「手塚はまだ帰らないのか?」
「……ああ、俺はもうちょっとこれを書いてからにするよ」
「そうか、あんまり無理すんなよ?」
ぽん、と肩を叩かれて、手塚は表情を弛めた。
「じゃあな……」
部室を出ていく大石の背中が、暖かく感じられた。「………へえ…………キミってさ、大石といるとすっごく楽しそうだね……」
大石と入れ替わりのように、すうっと影が入ってきた。
「不二………」
学生服を着た不二だった。
黒の学生服が、そのまま影のように見えた。
不二は、戸口の所でくすくすと笑った。
笑いながら、手塚を興味深げに眺めてくる。
訳もなく狼狽して、手塚は俯いた。
今までの暖かな雰囲気が瞬時に消え去り、部室の中が冷ややかな空気で満たされた気がした。
「大石とキミって、ほんと、仲がいいよね。………ねえ、大石って、キミのタイプ?」
「……馬鹿なこと言うな!……大石は、そんなヤツじゃない!……おまえとは違う!」
「ふうん、………大石のこと、信頼しているんだねえ?」
不二が白い喉を見せて、上を向いて笑った。
茶色の髪がふわっと揺れて、細い喉仏が笑いに合わせて動いているのが見える。
「キミって、やっぱりおめでたい人間だよ……」
「………?」
「あのね、手塚………」
不二が、手塚が座っている机の所まで歩いてきた。
学生服を着ている不二は、一見、中学生らしくあどけなくさえ見える。
しかし、瞳だけは、猛禽類のように、鋭く手塚を見据えてきた。
視線に押されて、手塚は身体を強張らせた。
「大石だってね、僕と同じだよ、手塚。………キミに触りたい、キミを犯したい、って思ってるんだよ?」
「……嘘吐くな!」
「へえ………」
不二が瞳を丸くして、いかにも可笑しい、というように笑った。
「信じてるんだ、大石のこと……」
「大石は、おまえとは違うっ、一緒にするな!」
せっかく大切にしてきたものを、踏みにじられた気がした。
大石といる時間だけが、残された平安だったのに。
手塚がぎりっと不二を睨むと、不二が口の中で笑いを噛み殺しながら言ってきた。
「じゃあさ、試してみない?………キミがさ、大石を誘ってみるんだよ。こういう風にさ?」
するり、と不二のしなやかな腕が手塚の首に廻される。
そのまま頬に軽い口付けをされて、手塚は硬直した。
「ただの友人だったら、こういう事されても反応しないだろ?………大石が反応するかどうか、キミが確かめてみなよ?」
「………そんな事、できるか!」
「ふうん……………じゃあ、キミもやっぱり自信がないんだね?……大石が、キミを犯したいって思ってるんじゃないかって、不安なんだろう?」
「そんな馬鹿なことあるか!」
「だったら、できるでしょ?………自信があるんだったら、確かめられるでしょ、手塚?……別に、キスしてみろって言ってるんじゃないんだよ。大石が反応するかどうか、分かる程度に彼を誘ってみるんだよ?」
「………いやだ………」
「………自信ないんだね?…………そうだよね。……キミもこの頃は分かってきたもんね。……自分が男好きで、男から犯されるために生まれてきたんだって事……」
「……やめろ!」
ねっとりとした言い方に、鳥肌が立った。
思わず耳を押さえて激しく首を振ると、不二が瞳をすうっと細めて笑ってきた。
「じゃ、するんだね、手塚………」
「……そんな事………」
「できるよ。………僕がしろって言ってるんだよ………?」
「……………」
眩暈がする。
恐怖が湧き起こってくる。
どうして、不二の声音だけで、こんなにも身体が震えるのだろう。
微かに頷くと、不二が満足げに手塚の頬を撫でて、それからゆっくりと立ち上がった。「じゃあ、帰ろうか、手塚?」
振り返った不二は、もう、既にいつもの柔和な笑みをたたえていた。
不二の悪巧みにまんまと乗っかってしまう手塚。大石が被害者(笑)