傀儡 
《2》














「………手塚、大丈夫か?」
大石の声に、手塚は顔をしかめて頷いた。






次の日。
手塚は、結局不二の提言を受け入れざるを得なかった。
『仮病使って、大石と二人きりになってさ、ちょっと甘えてみなよ?』
不二の言葉通り、手塚は練習中に腹痛がしたという名目で、大石と部室に戻ってきたところだった。
部員は全員コートに出ているか、グラウンドを走っているかで、部室には誰もいない。
手塚は大石に寄りかかるようにして、俯いて部室に入った。
コートから出てくるとき、不二が観察するかのように唇の端を上げて笑いながら見てきたのが、手塚の身体を震わせていた。
「………痛いのか?」
大石が、手塚を部室の端のソファに座らせると、外から水を汲んできた。
「胃薬ぐらいしかないが、飲むか?」
「……ああ。悪いな………」
大石が、部室に備え付けてある救急箱の中から、胃薬を取り出した。
自分を心配そうに見、一生懸命介抱しようとしている大石に、心がちくりと痛んだ。
「ほら……」
胃薬と水を差し出される。
丸薬と水をごくんと飲んで、それから手塚は大石を見上げた。
『できるだけ、甘えるんだよ? 可愛らしくね?』
不二の言葉が脳裏をよぎる。
そんな事をして、どうするんだ。
大石を、本当に試すのか?
こんなに優しくて、友人思いの大切な存在を。
------だが、手塚の心の底には、不二の言った言葉が刺のように突き刺さっていた。
『大石だって、キミを犯したいと思っている』
まさか、そんなはずはない。
そうは思うのだが、一抹の不安が、手塚を愚かな行動に駆り立てた。














「大石………」
痛そうに顔を歪めて、手塚は大石を呼んだ。
「大丈夫か?」
大石が心配そうに隣に座ってくる。
「どの辺が痛いんだ?」
「……この辺だ………」
手塚は言いながら大石の手を取って、自分の腹部に触らせた。
「……どうだ、痛いか?」
大石が加減を見るように、指で腹を押しながら手塚に尋ねてくる。
「………胃かな〜?」
首を傾げながら、そう言う。
その大石に身体をもたせ掛けるようにして、手塚は大石を観察した。
「……いた………」
「ここ、痛いのか?」
大石の首に縋るようにして、ぴったりと密着する。
密着して、苦しげに息を吐いてみる。
すると、大石の呼吸が幾分速くなったのを感じて、手塚は心がざわめいた。
不安が、心に忍び寄ってくる。
まさか、大石に限って……………。
「大石…………」
手塚は、喘ぎ声のように掠れた声で大石の名前を呼びながら、大石にしなだれかかった。
大石の首筋に顔を埋め、痛みを堪えているような素振りをしながら、熱く息を吐く。
息を吐いて、大石の首筋に軽く唇を触れさせてみる。
偶然、唇が触れたというように。
大石の身体が強張った。
筋肉が張り詰め、緊張するのが分かる。
腹をさすっていた手が止まったかと思うと、細かく震えてきた。
(まさか………………)
どす黒い不安が、心をかき乱してきた。
手塚は、痛みで身体をよじらせるような振りをしつつ、手を伸ばして、大石の下半身に触れてみた。
(………………!)
そこは、ジャージの中で固く張り詰めていた。
感触が布越しにもはっきりと分かって、手塚は背筋に冷たい水を浴びせられたかのように硬直した。
大石が、興奮している。
思わず顔を上げると、至近距離で大石と目が合ってしまった。
大石の、実直で誠実な瞳に、欲望の色が浮かんでいた。
食い入るような視線。
それは、不二のものと同じだった。














-------ガタン!
不意に大石が立ち上がって、手塚はソファに倒れ込んだ。
「大石っ!」
慌てて呼んだが、すでに遅かった。
大石は、部室のドアを蹴飛ばすように開けて、走り去っていた。


















ちょっと大石が気の毒………