バレンタインデー 
《1》















「大石、いるか……?」
2月14日の放課後。
教室掃除の当番で清掃をしていた大石の所に、手塚がやってきた。
机を運んでいた大石が、教室の扉の所に立っている手塚を見ると、彼はテニスバッグを肩に掛け、手には大きな紙袋を二つ持っていた。
引っ越しでもするかのような、大荷物だ。
「……あ、手塚、ちょっと待っててくれよ。もう少しで掃除終わるからさ」
大石が教室の中から声を掛けると、手塚は頷いて、廊下の窓の下に紙袋を置いた。
(それにしても、あれ、全部、……チョコレートなんだろうな………)
大きな紙袋は、ぱんぱんに膨らんでいた。
(一体、どのくらいもらってるんだろう、手塚……)
今日はバレンタインデーだ。
手塚は1年生だった去年も、上級生からもらっていたぐらいだから、テニス部の部長と生徒会副会長を兼任している今は、昨年の比ではあるまい。
(……………)
胸がきゅっと痛んで、大石は思わず俯いた。
実は、大石も、今日は手塚にチョコレートを持ってきていたのだ。
------でも、男が男にやって、どうするんだ………。
自分でも変だと思う。
だいたい、手塚は甘い物が嫌いだ。
だから、きっと今日もらったたくさんのチョコレートも、自分では食べないに違いない。
その手塚に、どうしてチョコレートなんか買ってしまったんだろうか。
と思うが、数日前、街を歩いていてふらっと入った洋菓子店に、上品そうなしゃれたチョコレートがあったので、つい買ってしまったのだ。
青いリボンでラッピングをしてもらうと、どきどきした。
これを手塚に、あげたい。
そう思った。
今朝、カバンに入れてくるときも、どきどきして、いつ手塚に渡そうか、うまく渡せるだろうか、とそんな事ばかり考えていたのだ。
………馬鹿じゃないか?
自分で自分の事をそう思ってみる。
だいたい、なんで手塚なんだ?
しかも、バレンタインデーは、女性が男性にプレゼントを贈って告白する日だ。
男が男にプレゼントする日じゃない。
というより、そんな日は存在しない。
それでも、どうしても手塚にあげたかった。
自分の気持ちを、言ってしまいたかった。




大石は、手塚のことが好きなのだ。














大石が手塚のことを意識するようになったのは、実は最近である。
手塚は、1年生の時から部員の中でも雰囲気が違っていた。
1年生とは思えない落ち着きと、冷静さ、的確な判断、そういうものが備わっていて、風格があった。
その頃は、大石はまだまだ子どもで、そんな手塚を随分落ち着いたやつだなと思っていたが。
でも、2年になって、特に部長、副部長に決まった2年後半から、手塚と一緒にいる時間が多くなってくると、大石には、手塚が見た目ほど落ち着いているわけでも、冷静なわけでもないことが分かってきた。
結構、ああ見えて、繊細だ。
いつも額に立て皺を寄せているのも、他人に厳しいのも、自分で自分の弱さを知っていて、それを他人に悟られまいと気を張っているからだ。
自分がしっかりとしなければいけない、といつも必要以上に努力している姿に、大石は手塚の隠れた姿を見た気がした。
オレが、支えてやらなければ。
そう思わせるものが、手塚にはあった。
それが、きっと恋のはじまりだったんだろうと思う。
そうこうするうちに、始終、手塚のことばかり考えている自分に気が付き、手塚を見ると胸がどきどきする自分に気が付いて、大石は愕然としたのだ。
--------そうか。
オレは、手塚のことが、好きなんだ。
そう分かったとき、すうっと胸の中のもやもやが消えた。
手塚が悩んでいると、側に行って助けてあげたくなる。
手塚が沈んでいると、優しい言葉をかけて励ましたくなる。
手塚の役に立ちたい。
手塚に、笑っていて欲しい。
そんな事ばかり考えるようになってしまった。
自分でもまずい、と思うが、手塚を想う気持ちは抑えられない。
そういう気持ちが、大石を、チョコレート買いに走らせたのだろう。


椅子を降ろしながら、廊下の手塚を見て、大石は他人に気付かれないように溜め息を吐いた。














今日は、放課後、運動部文化部会議があった。
会議には、部活動の責任者一人が出ればいいのだが、部長の手塚は、生徒会副会長として出席するので、男子テニス部の責任者としては、大石が出ることになっていた。
それで、手塚が大石を呼びに来たのだ。
掃除が終わって、二人で会議室まで長い廊下を歩きながら、大石は手塚が両手に持っている紙袋を覗き込んだ。
色とりどりの華やかな包装紙と、光るリボン、可愛いブーケなど、いかにもバレンタインです、というようなチョコレートがどっさり入っている。
「すごいな、手塚………」
改めて手塚の人気度を思い知らされたような気がして、大石は呟いた。
「これか……?」
手塚が、少々気が重い、というような感じで言う。
「断るのも申し訳ないから、もらうが…………大石はどうなんだ?」
「……オレ?……オレは、義理チョコがちょこっとだな……」
「そんな事ないだろう、大石、おまえだってどっさりもらってるんじゃないのか?」
「いや、全然…………オレはさ、おまえみたいにモテないって!」
手塚が大真面目に言ってきたので、大石は苦笑した。
一応、10個程度はチョコをもらったが、殆どが、『大石君、いつもノート見せてくれてありがとう』、とか、『また勉強教えてね』、とかいう類の軽いチョコレートだ。
真剣に告白してくるようなものはもらったことがない。
(……手塚はどうなんだろう………?)
手塚に寄せられた膨大なチョコの中には、きっと真剣なものがあるに違いない。
そう思うと、大石は胸が痛くなった。
その中の誰かと付き合うって事だって、大いにありうる。
今は手塚はフリーだが、だからこそ、真剣に告白してくる女生徒もいるはずだ。
「…………」
「……………どうした?」
「あ、いや………なんでもないよ。会議、早く終わるといいな〜」
思わず表情を曇らせて俯いた大石に、手塚が訝しげに話しかけてきたので、大石は慌てて笑顔を作った。














会議は予想よりも長引いてしまった。
来年度の予算についての説明会だったのだが、どの部も予算が欲しいので、いろいろ要望事項が多くて、調整に手間取ったのだ。
黒板の前で丁寧に説明をする手塚を、長テーブルの端に座って眺めながら、大石は自分のチョコレートのことを考えていた。
どうやって、渡そうか。
それより、本当に渡せるのか?
------自信がない。
自分で持ち帰って食べてしまうか。
でも、それも情けない。
折角買ったんだ。
渡したい。
軽い気持ちで渡そうか。
部長の仕事、ご苦労様、とか、そんな感じで。
いや、オレは手塚のことが好きなんだから、そんないい加減な渡し方はイヤだ。
ちゃんと、好きだって告白したい。
---------でも、そんな事言って、もし手塚が嫌な顔をしたらどうする?
男同士で恋愛なんて、どう考えても、変だよな。
恋愛も何も、手塚はオレのこと、どう思ってるんだ?
………何も思ってないよな。
ただの友人だと思っているよな。
そこに、オレが突然、おまえが好きなんだとか言って、チョコとか渡したら、…………気持ち悪いんじゃないか?












「………大石?」
「……えっ?」
「どうした、会議終わったぞ?」
いつの間にか、会議が終わっていたらしい。
大石がはっと我に返ると、会議室は既に大石と手塚しか残っていなかった。
「あ、ああ、ごめんごめん………」
慌てて立ち上がって、手元のバッグを掴む。
「今日は部活ももう終わってるだろう。部室にちょっと寄って帰ろうと思うが、大石はどうする?」
「あ、ああ、そうだな………オレもそうするよ。………あ、一つ持つよ」
手塚が両手に持っている大きな紙袋を一つ持つと、手塚が申し訳ないというように微笑んだ。
「悪いな……」
「いや、全然……」
それよりも、今日はあと少ししか手塚と一緒にいられない。
-----どうしよう。
チョコレート、渡せるのか?
大石は、鼓動が速くなるのを感じた。
















純情少年大石君の告白物語。