傀儡 
《4》














大石の家は、手塚の自宅からは、電車で20分ほどの所にあった。
青学を挟んでちょうど反対側である。
自宅から電車に乗って、学校を通り越して、手塚は大石の家の最寄りの駅で降りた。
駅から歩いて10分ほどで、大石の自宅のある新興住宅街に出る。
「……夜分失礼します……」
そう言って、大石の家のインタフォンを押すと、出てきたのは大石自身だった。
「て、てづか…………」
大石は、Tシャツとズボンの軽装だった。
驚いて目を丸くする大石を、手塚はじっと見つめた。


ここ数日、大石は部活に出てこなかった。
部室には、手塚との一件があってそこを飛び出してから、誰もいなくなったときに、荷物を取りに戻ってきたらしい。
次の日に部室に行ったときには、大石の学生服や荷物はなくなっていた。
それから、部活を欠席している。
学校には来ているようだが、手塚も気が重くて、大石のクラスを訪れることは出来なかった。
大石の家へ行くべきか。
何度も逡巡して、どうしようかと迷って、手塚は最後に不二に電話をした。
「やっぱり、これから大石の家へ行って来る」
そう言うと、電話の向こうで不二がくすっと笑う声がした。
「そうだね。そうした方がいいよ、手塚………うまく行くことを願ってるよ?」
からかうような声音に、手塚はむっとした。
しかし、大石が部活に来なくなったのは、事実だ。
不二の言っていることが正しいとすれば------それが正しいと言うことは、手塚にも薄々分かっていた-------大石は、このまま部活には出てこず、最悪、テニス部を辞めてしまう可能性もある。
そんな事は、手塚自身許せなかった。
自分なんかのために、大石のように前途有望で、優しく思いやりのある人間を追いつめたくなかった。
もし、大石が、自分のせいで部活に出て来れなくなったとしたら、自分ができることは、やはり不二の言う通り、大石の望みを叶えることしかない。
大石が、心の底から自分と関係を持ちたいと願っているならば、そうするしかない。


「……上がっていいか?」
玄関先で愕然としている大石に、手塚は有無を言わせぬ調子で言った。
手塚の勢いに押されて頷いた大石に、
「じゃあ、おまえの部屋へ行こう」
と言う。
「秀一郎、お客様?」
廊下の奥から、中年の女性が出てきた。
大石の母親だった。
「あ、ああ………手塚なんだ……」
「こんばんは。夜分遅くすいません」
礼儀正しく挨拶をすると、大石の母親がにこにこした。
「あら、手塚君なのね。手塚君ならいつでも大歓迎よ」
「あ、オレ、部屋にいるから……」
「そう。これ持ってきなさい、秀一郎」
大石の母親が、台所から、茶のセットとポットを持ってきた。
「どうぞ、ごゆっくり」
にこにことした母親の目を感じながら、手塚は大石と、二階の大石の部屋へ上がった。














大石の家へは何度か来たことがある。
大石の母親とも面識があったし、父親も見たことがあった。
大石の部屋にも入ったことがあって、中は知っていた。
大石の部屋は二階の東側で、入ってすぐに大きな水槽がある。
その水槽が、青色の穏やかな雰囲気を形作っている。
南向きの窓の下には机があり、その北側の壁にはベッドがあった。
ドキン、と鼓動が跳ねて、手塚は無意識に眉根を寄せた。
自分が何をする目的で大石の家を訪れたか、ベッドを見て思い出したのだ。
大石と…………セックスをするために、手塚はやってきたのだ。
唐突にそれが思い浮かんで、手塚は思わず身震いした。
自分が酷く汚らしい、大石を陥れる淫魔になったような気がした。
大石と、本当に………………するのか?
考えると、背筋が冷たくなる。
大石を窺うように見ると、テーブルの上に茶のセットを置いて、大石がポットから熱い湯を出して紅茶をいれていた。
自分の方を見ないで、視線を微妙にずらしている。
居心地が悪いのか、手塚を置いて部屋を出ていきたいが、そうもいかずに、しかたがなく座っているという雰囲気だった。
「……なんか、用なのか?」
紅茶をいれて、手塚の前に気まずそうに置いて、視線をずらしたままで大石が聞いてきた。
「……部活、ここのとこ休んでるが、どうしたんだ?」
どうやって話を進めたらいいか分からなくて、とりあえず手塚は無難な所から話を切りだした。
「おまえがいないと、練習もうまく行かないし、部員達もたるんできたみたいだ。……部活に出てこいよ」
「……………」
大石が俯いて、微かに身体を震わせる。
いつも優しく自分を見守ってくれている彼が、身体を縮めて悩んでいる様子に、手塚は胸が痛くなった。
俺のせいだ。
俺が、不二に唆されて、大石を試したから……………。
「オレ…………部活、辞めようかなって思ってる……」
大石が、不二が予想したことと同じ事を言い出したので、手塚はぎょっとした。
言いにくそうに言葉を切りながら、小さな声で、大石が言葉を続ける。
「なんか、調子出なくて…………オレがいなくても、他にうまいやつ、たくさんいるし………」
「……駄目だ!」
思わず堪えきれなくなって、手塚は大石を遮るように言うと、大石の側へにじり寄った。
大石の手を取ると、大石がびくっと大仰に反応した。
顔が紅くなって、慌てて顔を背ける様子が、痛々しかった。
「俺は、おまえがいないと駄目なんだ、大石………」
手塚は一息息を吸い込むと、一気に喋った。
「おまえが必要なんだ……大石、俺のことが嫌いか?」
そう言って、思い切って、大石の肩に手を回して抱き付く。
大石が大きく目を見開いて、信じられないものを見るように手塚を見てきた。
「大石………おまえの事が、好きなんだ……!」
手塚はもう一押しして、自分から大石の唇に自分のそれを押し付けた。
呆然として動けない大石の首に手を回すと、引き寄せるようにして、唇を何回も押し付ける。
「大石…………」
できるだけ甘い声を出したつもりだったが、ただの掠れ声にしかならなかった。
それでも、大石に与えた影響は絶大だったらしく、呆然として石像のように固まっていた大石が、急に手塚を抱き締め返してきた。
「て………手塚………オレ………オレは………」
「好きだ……抱いてくれ……オレが好きなら、大石、……お願いだ……」
もう一度、駄目押しのように言うと、大石が、手塚を荒々しく抱きすくめてきた。
大石のどこに、こんな情熱が隠されていたのだろうか。
そう驚くほど、大石の行動は性急だった。
熱に浮かされたように激しく、手塚を押し倒すと、上から圧し掛かってくる。
熱い吐息を耳元に聞いて、手塚は目を閉じた。
------大石も、やはり。
やはり、不二と同じなのか。
………いや、不二よりは、大石の方がずっと純粋で、本当に自分を好きで求めてきているのだろう。
不二は--------。
不二は、違う。
不二は、俺を支配したいんだ。
俺を好きなわけじゃない。
俺は……………。
------俺はどうなんだ。
大石のこと、好きなのか?
不二のことは、どうなんだ?
「手塚っ、手塚っ!」
大石が、譫言のように手塚の名を呼びながら、手塚の服を脱がせてきた。
大石が脱がせやすいように腰を浮かせて、手塚は大石の動作に身を任せた。
忽ち下半身が露になる。
大石が脚を割って入ってきて、ズボンの中から勃起したものを引き出すのをぼんやりと見る。
大石のそれは、ぴくぴくと脈打ち、先端から既に透明な雫を滴らせていた。
瞬時、大石が窺うように手塚を見てきたので、手塚は大石を歓迎するように、自ら脚を広げてみせた。
「……手塚ッ!」
大石が押し殺した声と共に、手塚の中に欲望を突き入れてきた。
「………………ッッ!!」
何の準備もされていない蕾を無理矢理こじ開けられて、激痛が走り抜ける。
思わず眉を歪めて呻くと、びくっとして大石が腰を引きかけた。
「大丈夫………だ……」
手塚は、大石の腰に脚を絡めて、大石を引き留めた。
「大丈夫、だから………大石………」
「てづか……………ごめんッ!」
大石は、こんな経験は初めてなのだろう。
顔を真っ赤にして、目に涙まで浮かべて、それでも射精衝動に耐えきれないのか、激しく腰を動かし始めた。
「………うッッ………あッ……………あッあッ………!」
身体を揺さぶられて、切れ切れに手塚は呻きを漏らした。
はじめは激痛がした箇所も、大石が抜き差しを続けるにつれて、ねっとりと慣れてきた。
蕩けるような快感が、痛みを凌駕する。
「手塚っ、好きだっ………好きだっ!」
大石が何度も何度も言ってきた。
一生懸命に、真摯な愛情を込めて言うその声音に、手塚は胸が鋭く痛んだ。
大石は、本当に俺のことが好きなんだ。
今、大石はどんな気持ちだろう。
きっと、俺に受け入れられたと思って、嬉しいに違いない。
………俺は、大石を弄んでいる。
こんなに真摯に俺を思ってくれている人間を、裏切っている。
痛む心とは裏腹に、身体は大石の与えてくる快感で、熱く滾っているのが呪わしかった。
「……手塚ッッッ!!」
大石が、堪えきれないように低く手塚の名前を呼びながら、強く楔を打ちつけてきた。
身体の奥深くに、熱い飛沫が迸ったのを感じて、手塚は瞑目した。
閉じた瞳から、涙が流れ落ちる。
顔を背けて、手塚はそれを大石から隠した。














終わった後、理性が戻ったのか、顔を真っ赤にして俯きながら謝ってくる大石に、手塚はいや、と首を振った。
大石は、本当に優しい。
自分を気遣ってくれる。
その気遣いや、優しさが辛かった。
「明日から、部活出てこいよ?」
「ああ、……ごめんな………心配かけて……」
言いながら、大石がおずおずと手塚の頬に触れてくる。
温かい手に、手塚は思わず泣き出しそうになった。
-------駄目だ。
ぐっとこらえて、手塚は、その大石の手に自分の手をそっと重ねた。
「もうすぐ都大会だ。頑張らないとな?」
「うん、ごめん……」
大石が幸福そうに笑う。
ズキン、と胸が痛んで、手塚は瞳を伏せた。
「じゃあ………また、明日………」
小さな声で言って、手塚は大石の家を出た。






大石の、幸せに満ちた視線が、背中に突き刺さるようだった。


















なんか、大石君がすごく可哀想……手塚も好きじゃないなら情けかけるなよって感じ