TARGET 
《2》















その後、部活のない休日に、リョーマは手塚を誘った。
その日は映画を見に行った。
映画館で見た事などあまり無いのか、ちょうどロードショーで来ていた映画に誘ったのだが、手塚は熱心に見ていた。
字幕を一生懸命読んでいるのが分かって、リョーマは隣で微笑ましく手塚を見上げた。
リョーマ自身はアメリカ育ちと言うこともあって英語は分かるから、わざわざ字幕を見る必要はない。
が、字幕と実際の英語が違っていたりする箇所を手塚に教えてやると、手塚がそうか?とリョーマを感心したような瞳で見てくるのが、誇らしかった。
手塚自身、英語には興味があって、日頃から勉強しているらしい。
自分と映画を見ることを手塚が喜んでいることが分かって、リョーマは嬉しくなった。
普段着の手塚は、薄い色のセーターにスボンの軽装だったが、いつもの固い学生服のイメージとはまた違って、リョーマをぞくぞくさせた。
この人は、何を着ても、可愛い。
手塚の家に迎えに行って、家から出てきた手塚を見た瞬間、リョーマは胸がずきん、となったのだ。
他の人に見せたくない。
このまま、どこかに連れ込んで、そこで犯してしまいたい、とまで思った。
勿論、そんな素振りはおくびにも出さないが。
手塚は、リョーマが心中でそんな事を考えているなんて、露ほども知らないだろう。
(平和だよね………)
熱心に画面を見る手塚を横目で見ながら、リョーマは嬉しさと苛立ちとが綯い交ぜの複雑な心境になった。
(オレが心の中でどんな事思ってるか、知らないんだよね、この人………。
 付き合うってのもさ、こうやって一緒に映画見るとか、そのくらいだと思ってるんだ………)
手塚にとっては、自分は仲の良い友人-----いや、後輩といった所だろうか。
(これじゃあ、不二先輩と同じか………)
リョーマは手塚を見ながら、そっと溜め息を吐いた。
手塚を前にすると、なかなか強引に物事を進めることが出来ない。
手塚があまりにも無邪気で、警戒心が無くて可愛いから、返って手が出せないのだ。
(きっと、不二先輩もそうなんだろうなあ………)
しかし、一応自分は付き合うという確約をもらってはいるのだ。
不二よりは一歩先んじているはず。
(……絶対、部長は渡さないっスよ!)
リョーマは脳裏に浮かんだ不二の顔に向けて、そう心の中で呟いた。















それから、数回、リョーマは手塚とデートをした。
デートと言っても、映画を見て、その後軽くコーヒーぐらい飲んで、それで終わりである。
手塚が楽しそうだから、それはそれでリョーマも楽しいし、何より手塚が自分と行動することを嫌がっていず、少しずつではあるが打ち解けてきてくれているのが分かって嬉しかった。
しかし、このままでは、いつまで経っても二人の仲が進展しそうにない。
というより、『仲』という観念が、まず手塚にはない。
それが、リョーマの頭痛の種だった。
(どうしたもんかな………)
リョーマの英語の話を熱心に聞いてくる手塚を見ながら、リョーマは内心困っていた。
「ねえ、次の休みはどうするっスか?」
今度の休みは、来週の日曜日だった。
「オレんち、寺なんスけど、来ませんか?」
「あ………来週は…………」
手塚が瞬時困ったような表情をした。
「……予定、入ってるっスか?」
「あ、ああ………悪いな………」
「いえ、いいんスけど…………なんスか?」
「……ちょっと、不二とな……」
-------不二。
その言葉を聞いた瞬間、リョーマは体温が1、2度上がったような気がした。
「不二先輩と、なんかあるんスか?」
「不二がな、バルビゾン派を見に行かないかっていうんだ。……今、××美術館に来てるだろう? 俺も興味有ったから……」
美術は、リョーマの守備範囲外だった。
思わずむすっとしたリョーマを宥めるように、手塚が言った。
「再来週はおまえんちに行くよ。寺なんだって? いろいろ見せてもらおうかな。テニスコートもあるって話じゃないか?」
「そうっスけど……」
手塚は、いつ不二とそんな約束をしたのだろう?
考えてみると、手塚と不二は同級生。
部活以外に会う機会などいくらでもある。
しかも、リョーマが手塚にちょっかいを出しているのが分かっているだろう現在、不二が黙って指をくわえて見ているはずがない。
いくら告白したとはいえ、手塚にとっては、それは友達宣言のようなもの。
不二とリョーマは結局同じ立場にいるというわけだ。
(……冗談じゃない!)
リョーマはふつふつと怒りが煮え滾ってくるのを感じた。
ここまで来て、今更手塚を取られてたまるものか。
しかし、
「そうっスか、じゃあ、再来週、オレんち、絶対来て下さいよ!」
そんな内心の憤りを隠して、リョーマはにこっとして手塚に言った。
リョーマの機嫌が直ったようなので、手塚がほっとしたように微笑む。
(オレの機嫌とか察してくれてるところは、ちょっとはオレのこと、気にしてくれてるって事だけどなぁ………)
でも、それは年下の後輩を気遣ってるだけかも知れない。
不二の前では、もっと甘えたりするのだろうか。
そう思うと、リョーマは更にむかむかした。















「部長、この間は良かったっスか?」
その日は日曜日で、部活が午前中で終わりだった。
午後から、リョーマは手塚を自宅へ誘った。
手塚も前々からの約束だったから、特に異を唱えるでもなく、手塚はリョーマの家までやってきたわけである。
寺は初めてなのだろうか、手塚が興味深そうに各所を見て、それからやっとリョーマの部屋に上がってきた。
今日は、勉強を教えてもらうと言う名目を付けていたので、手塚は真面目にテーブルの上に勉強道具を広げ始めた。
リョーマは台所から、紅茶とチョコレート菓子を持ってきて、手塚に勧めた。
それを食べながら、リョーマが聞いたのである。
「……そうだな、やっぱりミレーはいいな……」
手塚がチョコレートを齧りながら言う。
「なんというか、心に沁み入ってくるような絵だ。越前は、絵には興味ないのか?」
「部長が一緒に見に行ってくれるんなら、行きたいっス……」
「じゃあ、今度、不二と三人で行くか?」
「………」
思わず渋面を作ると、手塚が困ったように視線を揺らした。
「不二がな、次の展示にも行かないかって言うんだ。今度はカンディンスキーが来るんだが……」
そんな名前、初めて聞いた。
手塚が不二と自分の知らない知識を共有し、一緒に楽しんでいるという事実が、リョーマを不機嫌にした。
「あのさ、部長、……部長は誰と付き合ってんスか?」
「……………?」
「オレと付き合ってるんっしょ?」
手塚の眉間に皺が寄る。
リョーマの言葉を不快に思っている証拠だった。
しかし、ここで引き下がるわけには行かない。
手塚が誰のものなのか、どうしてもはっきりさせておく必要があった。
「……ね、オレと付き合ってくれてるんスよね?」
「……一応、そういう事になるが……」
「だったら、他の男とどっか出かけるなんて、オレに酷くないっスか?」
「他の男って、………不二だぞ?」
訳が分からないという調子で手塚が言う。
「部長、不二先輩のこと、好きなんスか?」
「……好きって……」
手塚が心底困ったように言う。
「おまえの言うことは、よく分からないが………」
そう言って、手塚が溜め息を吐くのを、リョーマはじっと見つめた。
瞳を伏せると、長い睫毛がふるふると震える。
色白の肌にほんのり赤みが差し、薄い唇が何か言いたげに開こうとしたり、閉じられたりする。















(……………効いてきたかな?)
困っているらしい手塚の吐く息がだんだん忙しくなってきたのを見て、リョーマは心の中でにんまりとほくそ笑んだ。
さっき手塚に出したチョコレートは、アメリカから持ち帰ってきた強力な媚薬入りのものなのだ。
日本では勿論売っていない。
そういうものに免疫の無い人間が口にすれば、すぐに興奮してくるシロモノである。
不二が手を出してきた以上、もう躊躇できない。
リョーマは最後の手段に打って出たのだ。
「ね、部長………オレのこと、好きっスよね?」
手塚が苦しげに息を吐くようになって、頬に赤みが増し、怠そうに首を振るのを見て、リョーマは手塚ににじり寄った。
「越前………」
手塚が潤んだ瞳で、リョーマを見てきた。
ぞくっと背筋に快感が走り抜けて、リョーマは思わずごくりと唾を飲んだ。
なんて、色っぽいんだろう。
手塚が性的に興奮したのを見たのは、初めてだった。
今まで頭の中でいろいろと妄想を巡らしてはいたが、実際の手塚は、そんなリョーマの妄想などはるかに凌駕して色っぽかった。
濡れたように光る、切れ長の瞳。
熱い吐息に甘いものが混じって、リョーマを誘ってくる。
「何だか、気分が悪いんだ………」
きっと手塚は、自分がどうなっているのか分からないのだろう。
そういう無垢な所も、リョーマをたまらなくそそってくる。
「……気分が悪いんスか?」
さりげなく言って、リョーマは手塚に手を伸ばした。
そっと頬を触ると、途端にびくり、と大仰に手塚が反応した。
「……………」
自分の反応に驚いているのか、手塚が目を大きく見開いてくる。
「大丈夫っスか?」
リョーマは素知らぬ風をして、手塚を引き寄せた。
「え……ちぜん…………」
「熱、出てるっスかね?」
熱を計るような素振りをして、手塚の首筋に触れる。
白い首は、しっとりと汗を掻いていた。
「は……………」
手塚が困惑したように首を振る。
「楽にした方が、いいっスよ?」
そう言ってリョーマは、手塚のシャツのボタンを外した。
襟元を広げると、仄かに色づいた艶やかな素肌が露になった。
白く吸い付くような肌と、しっかりと筋肉の付いた、バランスの取れた上半身。
水を弾くような肌が、淡い桃色に色づいていた。
リョーマはごくりと唾を飲んで、ボタンを全部外した。
本当に気分が悪いと思っているのだろう、手塚はリョーマの為すがままに、熱く息を吐いていた。
「胸が苦しいっスか?」
鼓動を確認するような振りをして、リョーマは、手塚のピンクに色づいた可愛らしい突起に唇を付けた。
「………ッッ!!」
途端に、手塚が困ったように身を捩らせた。
それを押さえつけるようにして突起を口の中で転がすと、すぐにそこはぷっくりと立ち上がってきた。
「ぁ………は…………ッ!」
歯を立ててこりっと噛んでやると、手塚が喉を仰け反らせた。
白い喉が動いて、それがまた艶めかしくてぞくりとする。
「えち……ぜん…………!」
「……なんスか?」
顔を上げてしれっとした調子で言うと、手塚が目尻に涙を滲ませてリョーマを見てきた。
「眼鏡、取った方がいいっスね」
そっと手を伸ばして眼鏡を取る。
直接見る手塚の瞳は、長い睫毛の先に透明な涙が玉になって付いて、それが微かに震えて、なんとも言えぬ風情だった。
「……ねえ、どうっスか、気分……?」
言いながらリョーマは、舌で乳首を舐り上げた。
「ふ………はッ…………ッ」
頭を弱々しく振って、手塚が微かな喘ぎを漏らす。
(すっごい効き目…………)
リョーマは内心驚いていた。
悪友にもらったときは、こんなもの効く訳ねえだろなんて思っていたが、実際使ってみると、その効果が絶大だった。
いや、手塚だから、効いているのかも知れないが。
「えち……ぜん…………」
手塚が熱い吐息を漏らしながら、困ったように言ってきた。
「なんか、変だ………俺は………」
「大丈夫っスよ。……ほら、オレが治してあげますから……」
カチャカチャ。
リョーマが手塚のズボンのベルトを外す音が、部屋に響く。
その音が聞こえただろうが、手塚は抵抗しなかった。
自分の中で荒れ狂っている性衝動に、すっかり動揺しているらしい。


リョーマは息を詰めて、手塚のズボンをそっと引き下ろした。




















鈍い手塚は、やっぱり無理矢理やらないと駄目だってコトです(笑)