不如帰 
《3》

















次の日。
その日は朝から良く晴れた土曜日だった。
学校が休みの日の部活は、朝8時半ごろから始まる。
お昼過ぎ、1時ごろまで続けて、それから終了するのが常だった。
その日は、ほぼ一週間振りで、不二が部活にやってきた。
不二がやってきたとき、手塚は既にコートに出ていた。
コート越しに久しぶりに不二の姿を見て、手塚は、胸がきゅっと苦しくなるのを感じた。
ずっと会っていなかった。
話したのだって、電話越しに、しかも先週だ。
あの時は、不二はとても優しかった。
なのに、どうして突然冷たくなってしまったのだろう。
どうして避けられているのだろう。
何の理由もなく避けられて、憤慨している一方、手塚は辛くて仕方がなかった。
不二と話がしたい。
不二に優しくしてもらいたい。
いつものように、にこにこして話しかけてきてほしい。
そう心の中で思いつつ、不二の方をちらちらと見るのだが、当の不二は、そんな手塚を無視するかのように、手塚に背を向けて、乾や大石たちと談笑していた。
(不二…………)
思わず涙がこぼれそうになって、手塚は唇を噛んだ。
菊丸が心配げに自分をうかがってくるのも辛かった。
菊丸にまで、心配をかけている。
そう思うと情けなくて、自分が嫌になる。
「……始めるぞ」
そんな内心を押し隠すかのように、手塚は殊更に冷たい声を出した。














部活の間中、不二はとうとう手塚に近寄ろうとしなかった。
人当たりの良い笑顔を振りまきながらも、決して手塚に話しかけようとしない。
そうなると、手塚も意地になって不二を無視した。
部活が終わっても、結局最後まで、不二は手塚を見なかった。
部室で着替えをして、にこにこしながらテニスバッグを肩に掛け、
「お先に」
と言って出ていってしまった。
後を追って、河村や大石達も、
「じゃあな、手塚」
と挨拶をして出ていく。
彼らを見送って、部室に一人きりになると、今まで堪えに堪えていた分、手塚の目からどっと涙が溢れ出してきた。
「……………」
唇を噛んで、嗚咽を堪える。
それでも涙は止まらず、更に溢れ出てくる。
視界がぼやけて、手塚は眼鏡を外して目をごしごしと擦った。
泣けば泣くほど、胸が詰まって、どうしていいか分からなくなる。
どうしてこんな事になってしまったんだろう、という気持ちや、冷たい不二への憤慨、もしかして不二に捨てられたのだろうかという悲嘆がごちゃまぜになって、手塚を揺さぶった。
机に突っ伏して、肩を震わせながら激しく泣いていると、部室のドアがギィ、と開く音がした。
しゃくりあげながら、ドアの方を見ると、菊丸が立っていた。
「ごめん………その……気になって、引き返してきた」
菊丸が、大きな目を見開いて、手塚をじっと見つめてくる。
菊丸を見た途端、手塚は更に涙が溢れてきた。
凧の糸が切れたように、制御できなくなって、涙が後から後から溢れ出してくる。
胸が一杯になって、痛くて苦しくて、どうしようもなかった。
近寄ってきた菊丸に、抱き付くよう縋り付く。
驚いて自分の前に立ちすくんだ菊丸の胸に、手塚は顔を擦り付けた。
菊丸なら、自分の気持ちを分かってくれるような気がした。
菊丸は今となっては唯一、手塚が頼れる存在だった。
「手塚………」
だから、菊丸が、自分を強く抱き締め、それから思い切ったように口付けをしてきた時も、手塚は嫌がらなかった。
------俺は、不二に嫌われたんだ。
不二に、捨てられたんだ。
そう思うと、胸がきりきりと痛む。
この辛い気持ちを、どうにかしてほしかった。
誰でもいい、助けて欲しかった。
ほんの一時でいいから、忘れさせて欲しかった。
手塚は自分から菊丸の首に手を回して、唇を押し付けた。














泣いている手塚を見た時、菊丸の胸は鋭く痛んだ。
久しぶりに部活に出てきた不二が、意図的とも思えるように手塚を無視しているのに気付いて、はらはらしながら二人を見守っていたのだが。
自分がいたら邪魔だろうと、早々に部室を出てきたものの、どうにも二人のことが気になって、菊丸は部室が見えるぎりぎりまで遠ざかると、立木の影から、こっそり部室の様子を盗み見た。
見ていると、不二が一人で部室から出てきた。
(アイツ……!!)
瞬間、怒りで身体が震えた。
あんなにも、不二の事を一途に想っている手塚を置いて、帰ってしまうなんて。
不二のあとに、大石や河村も出てきて、その後部室は閉まったままだった。
まだ部室から出てきていないのは、手塚だけだった。
菊丸は、足音を忍ばせて、部室に近付いた。
部室の壁に耳を押し付けて中の様子を窺うと、微かに嗚咽が聞こえた。
中で手塚が身も世もなく泣いている様子に、菊丸は全身がかっと熱くなった。
思わずドアを開けて中に一歩踏み込むと、手塚が涙で赤く腫れた瞳を上げて、途方に暮れたように菊丸を見てきた。
潤んだ瞳が揺れ、黒い長い睫毛の先に、涙の粒がいくつも付いていた。
紅い唇が震えて、何か言いたげだった。
-------ズキン。
痛みとも興奮ともつかぬ衝動が、身体を走り抜ける。
吸い寄せられるように近付くと、待っていたかのように、手塚が抱き付いてきた。
ドクン…………!
全身が戦慄くような興奮が、突き上げてくる。
(手塚が、オレに………オレに抱き付いてきた……!!)
菊丸は、手塚をきつく抱き締めた。
それから、滾る思いをぶつけるかのように、唇を押し付ける。
手塚は嫌がらなかった。
それどころか、彼の方から、菊丸に腕を回し、唇を開いて菊丸を受け入れてきた。
手塚の舌がおずおずと、しかし確かに菊丸のそれに絡みついてくる。
(て………づか………!!)
その時、菊丸は覚悟を決めた。
手塚が不二を好きでも構わない。
手塚が、一時の慰めを、オレに求めてきているだけでも構わない。
それでもいい。
オレは、手塚が好きなんだ!
手塚を抱き締めたまま、菊丸は壁に沿って置いてあるソファに移動した。
手塚をソファの上にそっと寝かせ、上から優しく抱き締める。
菊丸が何をするつもりなのか、手塚にも分かっているようだった。
おとなしく、幾分あきらめたように、それでいてすがるように菊丸を見つめてくる。
「手塚………好きだよ……」
手塚の柔らかな耳朶を甘噛みしながら、耳に吹き込むようにして囁くと、手塚が視線を僅かに反らして困ったように瞬きした。
「……いいんだ……手塚が誰を好きか、分かってるから……」
どう答えていいか分からない様子に、菊丸はそう言った。
「オレのこと、好きじゃなくてもいいんだ。……オレが手塚のこと勝手に好きになったんだから……」
「菊丸…………」
手塚が睫毛を震わせる。
すると、涙の粒がふるふると揺れて、それがまた菊丸を猛らせた。
手塚を怯えさせないように、ゆっくりと、菊丸は手塚のシャツのボタンを外しにかかった。
襟元からそっとはだけさせると、水を弾くような艶やかな肌が現れた。
乳白色の肌に吸い寄せられるように手を這わせると、手塚の心臓の鼓動が直に手に伝わってきた。
ドキンドキン……………。
自分の鼓動と重なって、目の眩むような興奮が突き上げてきた。
手塚が切なげに眉を寄せて眼を閉じる。
その瞼に、触れるようにキスをしながら、菊丸は手塚の胸の突起に指を進めた。
「………ッ!」
ぷくりとしたそれを、指の腹で押しつぶすように愛撫すると、手塚がビクンと身体を震わせた。
白い肌が仄かに色づいて、困ったように寄せられた眉根が細かく震えている。
心臓が、破裂しそうだった。
鼓動が、足の先から頭まで鳴り響く。
しかし、菊丸は、必死に自分を抑えて、手塚を不安にさせないように、ゆっくりとした動作で、手塚のズボンに手を進めた。
戦慄く手でなんとかズボンのベルトを外し、ズボンを下着毎引き下ろす。
手塚が瞬時息を呑むのがわかったが、彼は抵抗しなかった。
あきらめたように目を伏せ、菊丸のしやすいようにと腰を浮かせた。
露になった手塚の中心は、既に勃ち上がっていた。
こうした事に、身体が慣らされているのだろうか、手塚の身体は、菊丸の予想より、遥かに敏感だった。
柔らかな繊毛の中から、綺麗な桃色の頭を擡げている手塚のそれは、既に先端の鈴口から、透明な雫を溢れさせていた。
-------ズキン。
それを見た途端、身体の中心を痛みにも似た快感が走り抜けて、菊丸は顔を顰めた。
ドクドクと、下半身に血液が流れ込んでいくのが分かる。
ぞくぞくと身体中の血が沸き立ち、くらりと眩暈がした。

















菊塚編その2