不如帰 
《4》

















菊丸は、今まで性体験はない。
異性と軽く付き合ったこともあったが、一緒に映画を見たり、或いはグループで遊びに行くぐらいの、たわいもないものだった。
それというのも、常に菊丸の心の中には手塚がいて、それ以外の人間に心を移すという事が出来なかったからである。
菊丸が手塚のことを意識したとき、すでに手塚は不二と付き合っていた。
手塚が不二のことを心底好きであるのは、端から見ても一目瞭然だった。
あまり表情の変わらない手塚が、不二の前でだけ無防備に表情を変える。
年相応の少年になる。
手塚のことは勿論好きだが、不二のことも好きな菊丸は、そんな二人の間に割って入ろうなどとは思っていなかった。
何より、手塚自身が不二に夢中なのがよく分かったからだ。
不二と一緒にいるときに時折見せる手塚の幸福そうな笑顔が、それを証明していた。
しかし、今は………今だけは、手塚はオレのものだ。
菊丸は、破裂しそうな胸を抑えて、そぉっと手塚の性器に顔を近づけた。
不二がきっと優しく愛しているであろうその場所に、オレだって負けないぐらい愛してやるんだ、との思いで口づける。
軽く先端にキスをして、それから思い切ってぱっくりとそれを咥えると、手塚がびくっと身体を震わせた。
「き……くまる……」
恥ずかしいのだろうか、引き気味になる腰をぐっと押さえ込んで、菊丸は手塚自身を根元まで咥え込んだ。
手塚のそれは、焼けそうに熱く、ぱっつりと張り詰めていて、歯で押すと弾力のある感触と、仄かに甘いような味がした。
押さえ込んでいる腰と、顔の両脇の太股が、細かく震える。
咥えながら目線を上げて手塚を見ると、細い顎を仰け反らせて、手塚は弱々しく頭を振っていた。
さらりとした黒髪が、頭の動きに伴って揺れる。
ぞくり、と背筋を電流が走り抜けて、菊丸の下半身がズキン、と痛んだ。
手塚が、こんな姿を見せてくれるなんて----!
オレの愛撫に感じて、乱れてくれるなんて。
たとえようのない興奮が突き上げてくる。
興奮のままに口を上下させて手塚を扱くと、
「………ッッッ!!」
手塚がビクン、と身体を震わせて、菊丸の頭を掴んできた。
次の瞬間、菊丸の口内に、暖かな蜜が迸った。
手塚のだ、と思うと、喩えようもなく甘い味がした。
喉を鳴らしてそれを飲み込んで、口元を拭いながら顔を上げると、手塚が恥ずかしいのか消え入りそうな風情で、切れ長の目尻に涙を溜めて、菊丸を見つめてきた。
「好きだよ………」
菊丸が何か言うのを待っているようだったので、一言一言、言い聞かせるように言うと、手塚が一瞬迷うように瞳を揺らし、それから菊丸を誘うかのように脚をおずおずと広げてきた。
「菊丸………」
躊躇いつつ、それでも快感に慣らされた身体は抑えきれないのだろう、切なげに誘ってくるその姿に、菊丸はもはや我慢できなかった。
逸る心を抑えて、学生服のズボンから自身を引き出す。
充血して膨れ上がったそれは、爆発寸前だった。
菊丸のそれを見た手塚が、僅かに視線を逸らして、菊丸の首に腕を巻き付けてきた。
ドキドキと早鐘のように心臓が鳴り響く。
戦慄く右手で手塚の秘部をまさぐる。
二つの宝玉の奥の、柔らかな襞に囲まれた蕾を探し当て、そこに息を詰めて、自分の猛ったものを押し付ける。
手塚が挿入の衝撃を予想してか、菊丸にぎゅっとしがみついてきた。
息を大きく吸って止めて、固く目を閉じて、菊丸は一気に楔を打ち込んだ。
「-----ッッ!!」
手塚が、大きく身体を震わせる。
熱く蕩けた粘膜を押し分けるようにして、菊丸は手塚の体内に、自分を根元まで突き入れた。
(とうとう、オレは手塚を…………!!)
歓喜なのか、後悔なのか分からなかった。
ただ、全身を揺るがすような感動が菊丸を襲った。
身体がかっと燃え上がり、制御できなくなる。
それでなくても、菊丸は初体験だった。
今まで我慢できていたのが不思議なくらいである。
それに比べると、手塚の其処は、こういう事には慣れているようだった。
不二が手塚をそこまでにしたのだろう。
挿入ってきた肉棒を歓迎するかのように、熱く濡れた肉壁が蠢く。
そんな刺激を与えられて、菊丸が堪えきれるはずもなかった。
こみ上げてくる絶頂感のままに、菊丸は激しく動き始めた。
「……ぅッ………ッッッ!」
手塚が、喉の奥から掠れた呻きを漏らす。
菊丸は、激情に任せて、ソファが壊れるほど手塚を揺さぶった。
手塚の吐息が自分の耳にかかって、その熱い息づかいに更に興奮が高まる。
数回抜き差しを繰り返すうち、あっという間に菊丸は絶頂に達した。
-------ドクン。
と手塚の体内に熱情を迸らせると、全身を突き抜けるような快感と深い満足感が、菊丸の心を満たした。
ドサリ-----と手塚の身体に覆い被さるように倒れ込み、目を閉じたまま、はぁはぁと忙しい呼吸を繰り返す。
深い幸福感と、激しい運動をしたあとの心地よい疲労感とが相俟って、菊丸はしばしうっとりと余韻に浸った。














しばらくそうして抱き合っていただろうか、呼吸が治まってくると、菊丸は、自分の体の下の手塚のことが気になった。
「……手塚?」
身体を少し離して、手塚を見る。
手塚は目を閉じて、横を向いていた。
白く透き通るような滑らかな頬に、涙の筋がいくつも付いていた。
菊丸の呼びかけに応じて開いた瞳は、赤く充血していた。
途方に暮れたような、あきらめたような、それでいて、狂おしい情熱を秘めた瞳だった。
「……ごめんね…」
涙で汚れた頬に唇を寄せて、舌でそれを舐め取りながら囁くと、手塚が微かに首を振った。
もっと、ずっと繋がったままでいたかったが、菊丸はそんな自分の欲望をぐっと押し殺した。
若い雄は、一度射精しただけでは全然物足りないと訴えていたが、手塚の心の隙に乗じてこれ以上彼を抱くのは、菊丸のプライドが許さなかった。
手塚に、オレのことを好きになってもらいたい。
不二じゃなくて、オレを--------オレだけを!
身体を手に入れた今、一層その思いが強くなった。
身体の興奮を無理に抑えて、手塚を労るようにそっと自分を抜く。
抜いて、菊丸は、丁寧に手塚の身体を拭った。
手塚が、愛おしくて愛おしくてたまらなかった。
こんなに誰かに執着したことなど無かった。
大切にしたい。
毎日毎日愛して、絶対に泣かせたりなんか、しない。
オレだったら、絶対…………!
…………手塚は、今、どんな気持ちでいるんだろう?
自分の事ばかり考えていて、当の手塚の気持ちにまで、頭が回っていなかった事に気付いて、菊丸はシャツのボタンをはめてやりながら、手塚を窺った。
手塚は、どこかぼんやりとした風だった。
遠くを見ているような、焦点のあっていない瞳をしていた。
寂しげにも見えた。
菊丸の胸は鋭く痛んだ。
手塚はやっぱり不二が好きなんだ。
手塚の頭の中は、不二でいっぱいなんだ。
オレなんて、入る余地がないくらい。
-------でも。
菊丸は唇を噛んだ。
いいんだ、それは、最初から分かっていたことだから。
これから、オレを好きになってくれればいい。
ちょっとでも、オレの方を振り向いてくれれば、それでいい。
「……ね、手塚」
手塚の身なりをすっかり整えると、菊丸は殊更明るい声で話しかけた。
「明日、デートしない?」
「……明日?」
手塚の瞳に、漸く意志の光が戻ってきた。
我に返ったように、ぱちぱちと目を瞬かせて、菊丸を見てくる。
「そう、明日、部活無いじゃん?だからさ………うーんと、手塚んち、遊び行っていい?」
デート、と言ってみたものの、不特定多数の群衆の目に触れる屋外は、手塚が嫌がるかも知れない。
そう思って、菊丸は手塚の家へ行くことを提案してみた。
手塚の自宅なら、手塚はただ自分が行くのを待っているだけでいい。
その方が、心の負担も少ないだろう。
それに、不二のいない休日を、手塚が平穏無事に過ごせるとは思えず、菊丸は不安でもあった。
誰か、手塚の側についていてあげないと。
手塚を悲しませることだけは、絶対にできなかった。
「………ね? いいだろ?」
畳みかけるようにして尋ねると、手塚が小さく頷いた。
「ようし、じゃあ、明日は朝から行くよ! 手塚、何時頃なら大丈夫?」
「……別に、何時でも……」
「……じゃあ、10時頃でどう?」
「……ああ……」
菊丸の明るさにつられたのか、手塚が微笑む。
手塚がほんの少し笑っただけで、菊丸の心は、ぱっと陽が射したようになった。
いかに自分が手塚を好きか、改めて菊丸は思い知らされたような気がした。

















菊塚編その3