冥晦 
《1》












その日、桃城が、夜のランニングコースを変更したのには、特に理由はなかった。
ただ、いつも行く川沿いのサイクリング道路に少々飽きていた事と、夜風が殊の外気持ち良くて、たまには遠くまで行ってみようかと思った事、それだけだった。
いつも行く方向と反対の道は新鮮で、気が付いてみると、桃城は自宅から随分と遠くまで走って来ていた。
隣の区に入ったらしく、見慣れぬ風景が広がっている。
見知らぬ道とはいえ、一本道だからそのまま引き返せばいいのだが、どうせだからもう少し行ってみようと、桃城はサイクリング道路を走り続けた。
更に三十分ほど走って、いくら明日が休みでもそろそろ帰らないと家族が心配する、そう思って、足を止める。
少し休憩しようかと周りを見回すと、川に沿って新しく作られたらしい公園が目に入った。
なだらかな丘と、人工の池を組み合わせた小綺麗な公園で、池の向こうに四阿が建っていた。
植栽された大きな木の下を通ってその四阿に近付いて、桃城は、ふと、その中から物音がするのに気付いた。
誰かが争っているような声がする。
それも複数の男の声だ。
時間も時間だし、喧嘩でもしているのかも知れない。
近付かない方がいいな。
-------とは思ったが、桃城は、気になって、見付からないように隠れながら四阿に近付いた。
四阿は、東面がトイレ、西面が休憩所になっていた。
その休憩所の方から声が聞こえた。
足音を盗んで、休憩所の方へ近付き、植え込みの中にしゃがんでこっそり覗く。














(………………!!)
中を見た瞬間、桃城は心臓が止まるほど驚愕した。
休憩所は電灯が点いており、中の様子が外からよく見えた。
若い男が三人、一人の人間を襲っていた。
------強姦、していたのだ。
桃城は、息をするのも忘れてそれを見た。
強姦されているのは若い女だろうか、遠目からはよく分からなかった。
が、一人の男がその女を俯せにさせて、その下半身に勢い良く腰を打ちつけている。
女は上半身は服を着ていたが、下半身は裸だった。
電灯の下で、女のほっそりとした脚や白い尻が光り、桃城の目に飛び込んできた。
もう一人の男は、女の前に回って、女にオーラルセックスをさせていた。
それをげらげら笑いながら、三人目の男が眺め、時折、女の腹を小突くように蹴っている。
桃城は、全身が凍り付いた。
かろうじて叫ぶのだけは堪える。
警察に知らせなければ。
そう思うのだが、身体が動かない。
桃城が呆然としてその光景を見ている間に、男達は目的を達したのか、女をボロ切れのようにその場に打ち捨てると、立ち上がった。
(……………オトコ?)
ごろり、と仰向けになった所を見て、桃城は目を眇めた。
てっきり女だと思っていたのだが、胸がなかった。
体つきも女にしてはごつごつしている。
男達は、しばし笑いながら倒れたままの人物を蹴飛ばしたりしていたが、やがてそれにも飽きたのか、何か卑猥な言葉を浴びせながら、四阿を出ていった。














夜の公園に、静寂が戻ってくる。
男達がいなくなったのを確かめると、桃城はこわごわ植え込みから立ち上がった。
周囲を警戒しながら、四阿に近付く。
桃城の方に顔を背けて横たわっているため、顔は見えなかったが、やはり強姦されていた人間は、男だった。
それも、桃城とほぼ同年齢と思われた。
「………大丈夫ですか?」
恐る恐る声を掛けながら、桃城は近寄った。
顔が見える方に回り込んでみて、
(…………!!)
桃城は、本当に口から心臓が飛び出たかと思った。
横たわっている人間は、桃城の知っている人物だった。
------氷帝学園の、跡部景吾。
この顔は、どう見ても跡部だった。
真ん中から分けられた、柔らかな髪。
顰められた細い眉。
目は閉じているが、右頬に彼を特徴つける黒子がある。
唇の端が切れて、赤い血と、男の精液だろうか、白濁した粘液が涎のように垂れている。
ごくり、と、唾を呑み込んで、桃城は跡部を凝視した。
はだけられたシャツの下は、裸だった。
至る所に、鬱血した痣が付いていた。
視線を移動させて、跡部の首から胸、胸から腹、腹から更に下を見る。
そこは目を背けるほどの惨状だった。
跡部は足を開いたまま横たわっていたので、桃城には、跡部の陰部があますところ無く見て取れた。
濡れそぼった薄い陰毛と、縮こまった性器。
赤紫色の痣が痛々しい太股。
白い内股には、血やら体液やらがこびりついている。
脚の間から床に桃色の粘液が滴って、小さな水たまりを作っている。
「あ………とべ…………さん………」
あまりにも酷い様子に、桃城は呆然として呟いた。
「跡部さん、………大丈夫っスか?」
振り絞るようにして声を出すと、跡部がうっすらと瞳を開けた。
「だ………れだ……?」
紛れもなく、跡部の声だった。
「青学の、桃城っス……」
「………ももしろ……?」
「………はい。……ちょうどここを通りかかって……」
焦点の定まっていなかった跡部の瞳が、桃城という単語に反応したのか、光が戻ってきた。
「桃城っス。……分かりますか?」
桃城を認めたらしい跡部が、ぱちぱちと何度か瞬きをした後、嗄れた声を出した。
「………うせろ……」
「失せろって、跡部さん…………」
桃城は絶句した。
跡部が気怠げに、床に投げ出されていた腕を上げて、桃城に出ていけというように促した。
「ほっとけ………」
「何言ってるんスか!……こんな状態でほっとけるわけないじゃないですか……!どうしたんスか、跡部さん?」
「……うるせぇな。ほっとけって………」
跡部が怠そうに首を振る。
桃城は、訳もなくカッとなった。
苛立たしい気持ちが抑えられない。
桃城は、跡部の声を無視するように、跡部の肩に手を掛けると抱き起こした。
「う…………ッ」
跡部が途端に柳眉を顰めた。
「どこかで手当しねぇと……怪我してないっスか? 骨が折れてるかも……」
「んなこたねェよ………おまえ、うぜえんだよ……」
跡部が怠そうに言う。
「ほっとけって言ってんだろ……」
桃城の身体を押しやるように腕を動かすのと、桃城は反対に押さえ込んだ。
「誰にこんな事されたんスか? 警察行きますか、どうするっスか?」
「いかねえよ……いいだろ? オレのことはほっとけって………うせろ……」
「できないっスよ!」
「しつけェなあ、てめェ…………オレは好きでこういう事されてんだよ」
跡部が苦しげに頭を振った。
「す、好きって、一体…………」
「なんでもいいだろ、オレは好きなんだ。こういうのがよ?」
「……じゃ、じゃぁ、………合意の上なんスか?」
「そうだよ………ほっとけよ………」
頭が混乱して、桃城はまじまじと跡部を見た。
気怠げに息を吐きながら、跡部が桃城を見上げてくる。
薄い茶色の大きな瞳がじぃっと自分を見てきて、桃城はどきん、とした。
虹彩がすうっと窄まって、長い睫毛がけぶるように霞んでいた。
虹彩の真ん中の真っ黒な部分を見ていると、引き込まそうだった。
桃城は訳もなく焦って、視線を逸らした。
「んなこと言われても………とにかく酷い状態だから、どっかで手当しないと……」
「……ったくしつけェなあ、テメェ………」
どんな理由があるのか知らないが、こんな状態の人間をほおっておけるはずがない。
桃城は、自分の首に掛けていたタオルを水道の水で濡らしてくると、嫌がる跡部に構わず、身体を拭き始めた。
顔を拭き、上半身を拭き、それからこわごわ、男達に蹂躙されていた箇所を拭く。
「……い………てェ…………」
跡部が微かに呻いた。
あきらめたのか、力尽きたのか、跡部は拒絶するように首を振るだけで、桃城を押しのけようとはしなかった。
蹂躙されていた肛門を割り開いてタオルで拭うと、精液の独特の匂いと、血の匂いが鼻について、桃城は顔を顰めた。
酷い。
白い尻には手形がつき、肛門は赤く腫れ上がって、柔襞がひくひくと蠢き、その度にそこからとろり、と血の混じった精液が溢れ出してくる。
眩暈がした。
桃城には刺激が強すぎた。
その時の桃城の頭の中には、こんなに酷いことをされて、という憤りと、どうして跡部はこの暴挙を合意だなどと言ったのだろうという疑問が渦巻いていた。
が、それとともに不可思議な興奮が突き上げてきた。
跡部の秘部を見ていると、ぞわぞわとした違和感が身体の奥から込み上げてくる。
なんだ、この気持ちは。
桃城は困惑した。
頭を激しく振ると、桃城は、跡部に服を着せた。
服は、休憩所の隅に放り投げられてあった。
外見上は、なんとか取り繕えて、桃城はほっと息を吐いた。
「……痛いっスか?」
「………いてぇよ……」
立たせると、跡部が蹌踉めいた。
「骨は折れてないようっスけど………医者行った方がいいっスよ?」
「必要ねぇよ……」
「……とにかく、うちまで送るっスよ」
「いいって言ってんだろ……うぜえな、てめぇ………」
そう言いつつも、さすがに自分では歩けないらしい。
跡部は、桃城の肩に担がれるような格好でおとなしく四阿を出た。

















桃城×跡部に挑戦してみました。っていうか、青学で一番接点のあるのって桃城ですよね。痛めな話。