考査終了日 
《1》















カーテンの隙間から、柔らかな日差しが降り注いでいる。
ふんわりとした光が空気を金色に染めて、ガラスの縁を通り過ぎた光が分光して、七色に壁に模様を映し出す。
目が覚めて、しばしその様子をぼんやりとしたまま眺めて、それから手塚はベッドから起きあがった。
身体の節々がきしり、と痛んで、昨日の出来事が夢ではなかったことを教えてくる。
(……………)
カーテンを開けると、爽やかな青い空が広がっていた。
昨日は、不二の家からまっすぐ自宅へ帰ってきて、軽く夕食を食べて風呂に入った後、勉強するからと言う名目で自室にこもってしまった。
部屋の中で、不二とのことを思いだしては、勉強する手が止まり、結局勉強もろくろくできなかった。
今日は、テストの最終日。
テストが終わると、すぐに部活が始まる。
学生服に着替えて、手塚は階下に降りた。
昨日も父や母に会うのが気恥ずかしかったが、今朝もまだ手塚は、母の顔をちゃんと見られなかった。
家族は、そんな手塚をテスト疲れとでも思っているようで、何かと気を遣ってくる。
そういう気遣いも、手塚にとっては、なんともいえない後ろめたさを感じさせるものになった。
言葉少なに会話して、すぐに家を出る。
出て一人になると、ほっと溜め息が漏れた。
身体の痛みは、動いたせいかかなり薄れてきてはいたけれど、手塚は、今日の部活は休もうと思った。
不二に会って、普通に会話できる自信が無かった。
他の部員達の前で、いつものように不二と話などできそうにない。
もし、表情が変わってしまったら。
不二を避けても、不二と必要以上に親密にしても、どちらにしろ、部員達に不審に思われるのは必定だった。
今日は大石に任せて、テストが終わったらすぐに帰ってきてしまおう。
学校へ行くバスに乗りながら、手塚はそう思った。














キンコンカンコン…………。
3時限目の授業の終了の鐘が鳴る。
「はい、じゃあ、一番後ろの人、番号順に前に集めてきて下さい」
テスト監督の先生の言葉で、一同は緊張を解いた。
手塚もほっと溜め息を吐くと、手に持っていたシャープペンを離した。
「どうだった、手塚?」
前の席の高橋が尋ねてくる。
「……ちょっと失敗したかもな……」
やはり、昨日あまり勉強できなかったのが影響したかも知れない。
最後のテストは手塚の得意な世界史だったが、答えに自信の無い箇所が数カ所有った。
「どれどれ……?」
高橋が手塚の答案を覗き込む。
「なーーんだ、全然大丈夫じゃん!」
きちんとした楷書で、答えが皆書かれているのを見て、高橋が言った。
「手塚君、答案集めるよ?」
後ろから、級友の女子生徒がにこっとして言ってきた。
答案を差し出すと、
「やっぱり手塚君はできるよねえ……」
と感心したように言って、それから高橋の答案を手に取った。
「あら、高橋君、………赤点かも?」
「うっるせええっ!」
高橋が顔を真っ赤にして怒鳴って、手塚は苦笑した。
いつものクラスメート。
いつもの授業風景。
そういうものが、手塚をほっとさせた。














テストの後、帰りのSHRと掃除があり、テスト終了後30分ぐらいして、クラスメート達は部活に行ったり、そのまま帰ったりし始めた。
「手塚君、……お客様……」
机に座って軽く溜め息を吐いて、帰り支度を始めた手塚に、女子が声を掛けてきた。
顔を上げて、教室の扉の方を見ると、
(…………!)
一瞬、手塚は息が止まった。
不二が立っていた。
「やあ、手塚………」
ふんわりとした雰囲気の不二は、クラスの女子にも人気がある。
「6組の不二君よ……」
こそこそと囁き合う女子の会話が、手塚の耳に入ってきた。
不二は、扉から、まっすぐ手塚のほうに歩いてきた。
手塚の席は窓際から2番目の列の、前から5番目だった。
黒板の前を通って、不二が滑るように近付いてくる。
(不二…………)
不意に、まざまざと昨日の情景が脳裏に蘇って、手塚は狼狽した。
不二の、甘い声。
熱い、吐息。
優しい愛撫。
鋭い痛み。
………止まらない、涙。
かぁっと頬が熱くなる。
「手塚、……今日の部活、出る?」
手塚の前まで来ると、不二が優しく微笑みながら話しかけてきた。
「ああ、……いや…………今日は、休む………」
できるだけ、いつもと変わりない調子で言う。
しかし、語尾が震えた。
「……そう………」
不二が、薄い茶色の瞳を柔らかく細めた。
「じゃ、僕も休もう……」
「………不二?」
「一緒に帰ろうよ……」
不二の茶色の髪がふわり、と揺れる。
クラスの女子が、不二と自分をじっと見つめてくる。
胸が、苦しくなった。
「手塚君、さよなら………不二君も」
女子が憧れの混じった声音で、挨拶をしてくる。
「さよなら」
不二がにこっとして返すのを、手塚はなんとも表現しようのない気持ちのまま見つめた。














「ねえ、今日も僕の家、来ない?」
大石に部活を休む旨を伝えて、それから校門を出ると、不二が首を傾げながら、手塚に笑い掛けてきた。
「あのさ、僕、山の写真とかも結構撮ってるんだよね。そういうの、見に来ない? テストも終わったことだし、今日は勉強しなくてもいいよね?」
「……………」
胸がどきん、と鳴った。
不二の家。
昨日、不二の部屋のベッドの上で、俺は……………。
「ね、手塚…………」
不二の甘い声。
身体がぞくりとした。
思わず、顔を背けて道路の方を見ると、バスが近付いてきた。
「…………帰る」
バスのドアが開いて、学生達が乗り込んでいく。
最後の最後になって、手塚は一言短く言うと、閉まりそうなバスに乗り込んだ。
バスが発進する。
バスの窓から下を眺めると、不二がじっと手塚を見つめていた。
切なそうな、寂しそうな笑顔を見せていた。





胸がきゅっと詰まって、手塚は視線を逸らした。




















乙女な手塚の続編というか、中編というか。恥ずかしがりの手塚君ですv