考査終了日 《2》
バスに乗ったのはいいものの、手塚はどうにも落ち着かなかった。
不二を振り切るような形で乗ってしまった。
振り返った時の、寂しげな不二の表情が、目に焼き付いて離れない。
(不二…………)
あんな風に別れてしまって、不二はどう思っただろうか?
怒っているだろうか?
いや、怒っているならまだしも、もし、傷付いていたらどうしよう。
不二は、……俺のことが心配で、教室にも来てくれたんだ。
俺のことを、ずっと考えてくれてたのかも知れない。
それなのに、俺は、そんな不二に冷たい態度をとってしまった。
不二は、どう思っただろうか?
---------今頃、どうしているだろう。
部活に出ないと言っていたから、あのまま一人で帰ったのだろうか?
(……………)
考え始めると、後悔が波のように押し寄せてきた。
もっと、不二に優しくすれば良かった。
どうして、あんな態度をとってしまったのだろう。
(不二………)
胸がきゅっと痛んだ。
「降ります……」
バスが止まったとき、手塚は最後の乗降客の後から、途中下車をした。そのまま、反対行きのバスに乗り換えて、手塚は不二の家へ向かった。
気もそぞろに、早足で歩く。
平日の昼間の住宅街は、しんと静まり返っていた。
………不二は、いるだろうか。
一度帰ったのに、戻ってきたりして、変に思われないだろうか。
玄関まで来て、逡巡して、手塚は決心して呼び鈴を押した。
「はい……」
中から声がして、ドアが開いた。
「手塚………」
不二が、びっくりしたように目を見開いて、手塚を見てきた。
帰ってきて着替えたのだろうか、不二はスウェットの部屋着の上下だった。
一瞬手塚を見て驚いて、それから不二は、ふわりと微笑んだ。
「手塚、来てくれたんだ………嬉しいよ……」
安心感が押し寄せてきて、手塚は嬉しいやら恥ずかしいやら、声が出なくなってしまった。
赤くなって俯いたまま戸口で立っていると、
「中に入って……?」
不二がにこやかに話しかけてきた。
不二の部屋に上がって、ソファに座る。
暖かな日差しが入ってきて、部屋は居心地が良かった。
レースのカーテンの隙間から、きらきらと光が零れ落ちている。
かちゃかちゃと食器の音を立てて、不二が階下から茶のセットを運んできた。
「……紅茶でいい?」
ふくよかな香りが部屋に漂う。
黙って、差し出された紅茶を口に含むと、薔薇の匂いが鼻孔を擽った。
来てみたものの、何を話していいか分からず、手塚は押し黙ったまま紅茶を飲んだ。
「ありがとう、手塚………」
不二が柔らかく話しかけてきた。
顔を上げると、不二の優しい視線と目が合った。
「キミが怒ってるんじゃないかって、僕、心配だったんだ……」
「……俺が?」
「うん………昨日から、ずっと心配だったんだ。キミとちゃんと話してないし……昨日は無理矢理しちゃったし……」
「………………」
顔が火照る。
思わず視線を逸らすと、不二が首を傾げて笑った。
「でも、良かった。来てくれて。……キミに嫌われてないって、思っていいよね?」
「別に、俺は…………」
「手塚……」
不二が甘い色を帯びた声を出してきた。
胸がどきん、と高鳴って、手塚は身体が震えた。
「ねえ、……キミから、キスして……?」
「不二……」
「…………だめ?」
不二の薄い茶色の瞳が、潤んだように揺れる。
形の良い、薄い桃色の唇が、微かに震える。
手塚は吸い寄せられるように、その唇に口付けた。
ほんの少し、触れるだけのキスをして、それから、顔を離して、不二がじっと待っているのを見て、今度は深く口付ける。
触れ合うと、そこから何かが伝わってくるような気がした。
温かくて、嬉しくて、なんと言って表現していいか分からないが、心の底から安らげるなにか。
そんなものが伝わってくる気がした。
「手塚………」
不二が、濡れた声で手塚に囁く。
ずきん、と胸が疼いて、手塚は身体の力を抜いた。
ソファに押し倒されて、不二の体重が掛かってきた。
「手塚、好きだよ………」
優しく囁きながら、不二が手塚の学生服のボタンを外してきた。
このまま、昨日のように、……するのだろうか?
それでもいいと、手塚は思った。
不二の手が、心地良かった。
このままずっと、不二を感じていたかった。
昨日の痛みを身体はまだ覚えていたが、それでも抵抗する気にはなれなかった。
「あ…………不二ッッ!」
不二が、手塚のズボンを下ろして、不意に其処に唇を付けてきたので、手塚は狼狽した。
不二の口が、手塚自身をすっぽりと咥えたのだ。
「不二っ、……だめだっ!」
そんな事をされるとは思っていなかっただけに、手塚は羞恥で身体が強張った。
不二の頭を手で押しやって離そうとする。
「大丈夫………恥ずかしがらないで………」
不二が、顔を上げて、手塚を諭すように言ってきた。
「お願い………そのままでいて………」
甘く言われると、拒絶できない。
それでなくても、不二の熱い口腔内に納まった器官が、喩えようのない快感を手塚に送ってきた。
「は………う…………ッッ」
ピチャ、と湿った音がして、不二が手塚のそれを、丁寧に舐め上げる。
ぞくぞくと痺れるような快感が背骨を駆け上がってきて、手塚は呻いた。
----------こんな事を、しているなんて。
誰かに口で愛撫してもらうなどという行為があることは、手塚も知っていたが、排泄の器官でもあるそれを口で、と考えるだけで、汚らわしいような気がしていた。
それなのに、今、自分はそれを、不二にしてもらっている。
しかも、不二にしてもらっていると思うと、汚らわしいどころか、神聖な行為のような気がした。
不二の柔らかな髪が、自分の脚の間で動くのを、手塚は一種不思議な感動を持って眺めた。
どきどきと、鼓動と共に身体が熱くなって、甘い痺れが全身に広がる。
「あ………………ッッ!!」
やがて、一際高いうねりが手塚を襲って、手塚は不二の口の中に、熱い粘液を迸らせた。ごくり、と不二の喉の動くのが分かって、手塚は真っ赤になった。
「ふ………じ…………」
飲んでしまうなんて。
羞恥で消え入りそうな声を出すと、手塚の出した粘液を全て飲み干した不二が、唇を離した。
「……良かった?」
「…………………」
「……ごめん、……答えにくいよね……」
顔を真っ赤にして視線を逸らした手塚に、不二が苦笑した。
「いつも変な質問ばっかりして、ごめんね……」
不二がふわりと笑う。
不二が笑うと、手塚は胸がきゅっと苦しくなるような気がした。
自分は、不二に愛されている。
そう思える。
思うと、わけもなく恥ずかしくなって、それでいて嬉しくて、どう反応していいか分からなくなる。
脚を広げたままで、手塚は不二の次の動作を待った。
きっと、不二は次に、自分の中に入ってくるだろう。
昨日の痛みを思い出すと、身体が幾分強張ったが、しかし、手塚は自分がそれを待ち望んでいるのを感じた。
心の底で、不二が来るのを待っている。
もう、自分たちは、友人ではないのだ。
友人だった不二は、もう、いない。
今、目の前にいる不二は、自分の恋人なのだ。
-------そう思うと、胸がまたきゅっと痛んだ。「不二………?」
不二が、切なそうに手塚を見て、そして、手塚から離れた。
どうしたのかと思って問いかけると、不二が睫毛をぱちぱちさせて笑った。
「いいよ、今日は………」
「………なぜ?」
「だって、キミ………まだ傷付いてるでしょ? いくらなんでも、昨日の今日じゃ、………もっと傷つけちゃうよ……」
些か寂しげにそう言って、不二が手塚の身体から離れようとする。
手塚は、その腕を思い切り引っ張った。
「…………手塚?」「嫌だ……」
昨日の今日なのに、結構やる気まんまんな手塚v