kiss me,honey 《1》
俺の部屋の天井は、クリーム色だ。
鳳家の新築工事のとき、母親が、中間色でふんわりとした雰囲気にして下さいとメーカーに頼んでいた。
俺は何でもかまわなかったので、気にしないでいた。
出来上がったらクリーム色だった。
別にその色が嫌いな訳じゃないけど、できたら俺の好きな水色の方が良かった。
青系統の色は好きだ。
きりっとして、妥協が無くて、綺麗で。
-------そう、ちょうど宍戸先輩のイメージなんだ。
宍戸先輩は、俺の憧れだった。
ちょっと気障で、冷たくて、でも心の中はすごい熱くて、努力家で。
いつも、さらさらと音を立てそうな長くて綺麗な髪を揺らして部室に入って来るのを、俺はどきどきして見つめていた。
気楽に話せたらいいなあとか。
宍戸先輩と一緒に練習できたらいいなあとか。
心の中でいろいろ思っていた。
思うだけで、全然行動に移せないのが、俺の意気地のない所だけど。
------でも、ひょんな事から、俺は宍戸先輩と話をすることが出来た。
話どころか、一緒に練習まで。
都大会で、宍戸先輩が初出場の不動峰中にまさかの敗北を喫し、監督から正レギュラー落ちを宣告された時だ。
俺は、がっくりと落ち込む先輩に、思い切って声をかけてみた。
宍戸先輩がプライドの高い人なのは分かっていたから、内心戦々恐々だった。
でも、その時の先輩は、プライドも何もあったもんじゃなかったようだ。
部活の後、俺がこっそり話しかけたら、ぐ、っと唇を噛んで、急にぽろぽろと涙を零した。
はっきり言って、俺が宍戸先輩を好きになったのは、その時だ。
泣いている先輩が、もう心臓直撃なくらい可愛くて。
ああ、この人のためなら、俺、なんだってする!
っていうくらい衝撃だった。
「一回負けたぐらいで落ち込んじゃ駄目っスよ、宍戸さん。……俺で良かったら、練習付き合いますよ!」
思わず、そんな大それた提案をしてしまった。
宍戸先輩はちょっと驚いていたみたいだけど、涙で赤くなった目をごしごしと擦って、それからはにかむように笑った。
-------宍戸先輩の、笑顔。
もう、俺の心臓は止まりそうだった。
「悪いな……」
そう言って、信頼に満ちた目で見上げてくる先輩の表情の可愛いことと言ったら。………なとど言うことを、俺はクリーム色の天井を見上げながら、ぼんやりと思い出していた。
だんだん意識がはっきりしてくる。
それに連れて俺は、自分がベッドに寝ていて、目が覚めた所だったのに気が付いた。
朝が来たんだな。
カーテン越しに、朝日が僅かに差し込んでいる。
(……起きなくちゃ)
と思って、身体を起こそうとしたところ、
「…………?」
妙に腕が重いのに気が付いた。
顔を動かして腕を見ると、腕ではなくて、黒いものがみえた。
(……あ、あれ?)
目を凝らしてよくよく見てみると、黒い物は人間の頭だった。
「ん…………」
黒い頭が動いた。
「……おはよ、長太郎………」
ちょっと吊り気味の、茶色の綺麗な瞳がうっすらと開いて俺を見上げて、それからにっこりと微笑んできた。
「………………え?」
(し、宍戸先輩…………?)
先輩が、俺の部屋にいる。
というか、俺のベッドで俺と一緒に寝てる……………?
まじまじと先輩を見ていると、先輩がかぁっと頬を赤らめた。
「そんなに見るなよ………」
そう言って、拗ねたように唇を尖らせると、俺に抱き付いてくる。
(……………って、ちょっと待て!)
視線を動かした途端、裸の胸が見えて、俺はぎょっとなった。
……なんで、俺、裸?
っていうか、宍戸先輩も…………裸!
「……うわぁっ!!」
裸同士だと言うことに気が付いた瞬間、俺は声をあげて、宍戸先輩を押し飛ばしていた。
「……長太郎?」
ベッドに突き飛ばされた格好になって、宍戸先輩が不審げに俺を見上げてくる。
ブランケットがはね除けられて、見てみると、宍戸先輩は全裸だった。
日に焼けたつやつやした肌とか、鎖骨の浮き出た首筋とか、ピンク色の乳首とか、引き締まった腹とか、臍とか…………丸見え。
そ、そして恐ろしいことに、俺も全裸なのだった!
「な、なんで、その、宍戸さん…………!!」
パニック状態に陥って、俺が口をぱくぱくさせてアホのように呟いていると、事態が飲み込めてきたのか、宍戸先輩がベッドから上半身を起きあがらせて、眉を顰めた。
「長太郎、おまえ………覚えてねえのか?」
「お、覚えてって、な、なにをですか?」
「何って、昨日のこと………」
------昨日のこと?
確か昨日は…………。
昨日は部活で、宍戸先輩が滝先輩を試合で打ち負かして、その後監督に直訴して(まぁ、跡部さんの助言もあったけど)、先輩がめでたく正レギュラーに返り咲いた日だ。
宍戸先輩は、監督の目の前で、自慢だった長い髪の毛を切ってしまった。
あれは衝撃だったけど、でも先輩が正レギュラーに戻れたので、俺は本当に嬉しかった。
それまで毎夜血の滲むような特訓を続けて、宍戸先輩がどんなに努力しているか身を持って知っていただけに、尚更。
それで俺は嬉しくて、先輩に、俺の家で祝賀会をやりましょうよ、って申し出たのだ。
明日は学校が休みだから、泊まっていって下さいよ。
って言って、悪いよ、という先輩を無理矢理連れてきて、キッチンからくすねてきたオヤジのブランデーを二人で乾杯なんて言って飲んで……………。
そ、それから…………。
…………覚えてない。
俺は真っ青になった。
その後何があったんだ?
俺は、自分の身体と宍戸先輩を交互に見た。
俺は………妙に腰の辺りがすっきりと快適で、宍戸先輩は、綺麗な肌に何カ所か薄赤い痣を付けて、気怠げだった。
周りを見ると、俺の服や宍戸先輩の服が絨毯の上に放り投げてあって、………それからなんかよく分からないけど、テッシュの屑がやたらベッドの周りに落ちている。
こ、これって………もしかしなくても、俺…………。
すうっと血の気が引いた。
「……覚えてねえんだな?」
宍戸先輩が強張った声を出してきた。
「い、いえ、宍戸さん、そのっ!!」
慌てて先輩を見ると、先輩は顔を赤らめつつ、俯いてシーツを掴んだ。
ぎゅっとシーツに皺が寄って、先輩の肩が震える。
「あ、あの、俺………」
「……しゃべるな!」
急に大きな声で怒鳴られて、俺がびくっと身体を震わせて硬直していると、宍戸先輩は辛そうに眉を顰めてベッドから降りた。
「し、宍戸さん………」
なんだかぎくしゃくした動き。
何気なく尻の辺りを庇っている。
やっぱ、これって、俺、先輩のこと………ヤっちゃったんだよな?
ああ………………!!
---------一生の不覚!
ずっと憧れていて、やっと話ができるようになって、それから仲良くなってきて。
俺のこと、少しは好きになってくれてるかな、なんて思って。
…………これからだったのに。
先輩と笑い合って、それから…………それから、先輩が嫌がらなかったら、キスして。
それから、もし、…………もしできたら、先輩と…………いつになるか分からないけど、めくるめく初体験……………なんていうのを夢見ていたのに。
それなのに、俺ったら、俺ったら、酒に酔っぱらって、ヤっちゃったんだ!
俺が呆然としている間に、宍戸先輩は時折顔を顰めながら、床に散らばっていた服を拾って身に着けていた。
部屋の片隅に放り投げられてあったバッグを手に取ると、さっさと部屋を出ていこうとする。
「……宍戸さん!」
俺は慌ててベッドから降りようとした。
「近寄るな!」
部屋のドアの所で、先輩が振り返って俺を睨んできた。
「……宍戸さん………」
「……テメェなんか、死んじまえ!」
バタン。
無情にもドアが閉められ、先輩が階段を降りていく音が聞こえる。
-----俺は。
俺は、動けなかった。
『テメェなんか死んじまえ』
先輩の最後の言葉が、俺の心にぶすり、と突き刺さっていた。
(宍戸先輩……………!)
ああ、昨日の先輩は、一体どんなだったんだろう。
なんで俺、覚えてないんだろう。
朝目が覚めた時、先輩は俺に甘えてきてくれたのに。
顔を赤くして、長太郎って、甘く俺の名前を呼んで。
それなのに、覚えてない俺って……………。
「……くそッッ!!」
俺は悔しいやら悲しいやら腹が立つやら、もう心の中がぐちゃぐちゃになって、ベッドに拳を叩き付けた。
突然鳳×宍戸。鳳へたれ攻め。