Boy Friend 
《1》















青春学園中等部は、二年から三年へ進級する際、クラス替えがない。
そのかわりという訳でもないが、新年度早々、校内実力テストが行われる。
始業式の日から数日にわたって実施されるもので、特に最高学年ともなると、自ずとテストの結果が重要になってくるのは、中学でも高校でも変わりはない。
そのため、春休みといえどもゆっくり過ごす事は出来ず、テニス部の面々も、部活の傍ら、勉学に勤しんでいた。
「乾、午後おまえんちで勉強していっていいか?」
春休みの比較的暖かな午後、部活が終了して部室で着替えていた手塚は、コート片づけをして最後に入ってきた乾に声をかけた。
「ああ、構わないが」
乾が、いつもの穏やかな声で返答する。
乾と手塚は、それまでもよく二人で勉強をしていた。
図書室や、或いは学校から近い乾の自宅等で勉強をするのが、最近の習慣ともなっていた。
乾は、元々成績優秀である。
勿論、手塚も負けてはいないが、学年480人弱の中で、常に五位以内の成績を維持しているのは、乾の方だった。
手塚は、一桁台から落ちたことはないが、乾に比べると成績の変動が大きい。
特に、授業で習った範囲の出る定期考査と違って、真の実力が試される実力テスト等になると、少々分が悪かった。
乾は、どちらかというと、そういう実力テストの方が強い。
たまに学年一の成績を取ったりする。
それでも、特にそれを自慢するという事もなく、いつもの飄々とした態度で、「俺は努力してるからね」などとさりげなく言う。
乾が努力家なのは手塚もよく分かっていたし、また、データを緻密に検討して、こつこつと勉強を続ける乾の性格は、尊敬もしていた。
自分もかなり努力家だが、乾には負ける。
そういう訳で、手塚は、勉強という点では、乾を頼りにしていた。
今度の実力テストも、乾のデータによると、だいたいどういう傾向の物が出るのか分かるらしい。
数学や理科での出そうな範囲を教えてもらってみて、手塚はそれが自分の少々苦手とする分野な事が分かった。
当分、乾に特訓でもしてもらおう。
そう思って、一緒に勉強しないかと声をかけたのである。
大丈夫だと、頷いた乾が、その後少々困ったような声音で言ってきた。
「ただ、これからちょっと約束があるんで、……どうだろう、俺の家に三時って事でいいかな?」
「分かった。じゃあ、乾の家に3時に」
「悪いな……」
乾が申し訳なさそうに笑う。
手塚は気にするなというように乾を見て、それからバッグに荷物を詰めた。















部活の後、書店で参考書などを物色して、それから手塚は乾の家へ向かった。
乾の家は、父親の職業柄、一区画に何棟も建てられた公務員住宅の一室である。
12階建ての高層マンションの、11階部分だった。
青春学園からは歩いて10分程度ということもあって、そこから青春学園中等部や高等部に通う生徒も多い。
書店で数学の参考書を買った後、手塚は歩いて乾のマンションまで行った。
エントランス付近で、コンクリートの壁に凭れて、乾が来るのを待つ。
手塚は時間に厳しく、遅刻等したことなどないが、それは乾も同じで、だいたい二人は集合時間の5分前には集まっている類の人間である。
(そろそろ来るかな………)
時計を見ると、3時5分前だった。
春先の、少々冷たいが、その中に土の匂いの混じった風を受けて、壁に凭れて午後の太陽を浴びていると、遠くから、並んで歩いてくる二人連れが目に入った。
午後の陽に照らされて、長い影が仲良く二つ伸びている。
(乾…………?)
判別ができるほどに近付いてきた二人連れの片方は、乾だった。
もう一人は、手塚の知らない女生徒だった。
青学の制服を着ているから、同級生かなにかだろうか?
「じゃあね、乾君」
「ああ、さよなら」
二人は、手塚の立っている棟の前で、手を振りながら別れた。
女生徒と別れた乾が、手塚の方に走り寄ってきた。
「手塚、待ったか?」
「……いや……」
咄嗟に声が出ず、手塚は間の抜けた返答をした。
実のところ、乾が女性と歩いてきたので、驚いていて、頭が働かなかったのだ。
乾が、女子と…………。
一体、誰だろう。
今まで、乾の交友関係について気にしたことがなかった手塚だが、突然、妙に気になった。
「さっきの彼女、知り合いか?」
「ああ、上野さんか?……クラスメートだよ。この4月からここの公務員住宅に住むことになったんだってさ。昨日引っ越してきたんだけど、いろいろこの辺教えてくれって言われてて、じゃあ、部活の帰りでいいかなって事でね……」
「そうなんだ。……前から友達だったのか?」
「そんなに親しいって訳じゃなかったけどね」
乾がエレベーターのボタンを押しながら言う。
「……………」
なんとなく会話が続かなくなって、手塚は押し黙った。
心の中はまだ驚愕が半分以上占めていて、さりげない会話をするだけの余裕がなかったのだ。
さっき、道を歩いてきた二人は、とても仲が良さそうに見えた。
上野、という乾のクラスメートは、眼鏡をかけた理知的な感じの女生徒だった。
乾とは、趣味や考え方も合いそうな感じだ。
同じ公務員住宅に住むと言うことは、もしかしたら、これから一緒に登下校するかもしれない。
……………乾が?
意外な気がして、手塚はまじまじと、エレベーターの中で乾を見つめた。
「なんだい、オレの顔に何かついてる?」
乾がくすっと笑った。
「あ、いや、別に………」
乾にガールフレンド。
喜ばしいことだと思う。
つねづね、乾は真面目すぎるほど固いと思っていたから、乾にそういう存在が現れたというのは、良いことだ。
それに、さっきの女生徒の雰囲気も、乾にお似合いだと思う。
ああいう、真面目で、乾と対等に話が出来るような女性が、乾にはふさわしいだろうと思う。
-------けれど、なんだか、手塚は嫌な気がした。
何がいやなのか分からなかったが、なんとなく、気分がしっくりこない。
違和感があった。
(なんだろう、これは…………)
胸の奥に、なにか痼りがあるような感じ。
綺麗に片づいた部屋に、一カ所だけ散らかった部分があるような、そんな中途半端な感じ。
エレベーターの中で、隣に立っている乾を、ちらちらと盗み見る。
手塚より幾分背の高い乾は、立っていると、年よりもずっと大人びて見えた。
高校生か、大学生と言っても通るくらいだ。
それは、表情の窺い知れない眼鏡のせいもあるかもしれないし、落ち着いた物腰と、感情的にならない態度にあるのかも知れなかった。
急に、乾が別人のように思えて、手塚は胸を押さえた。
いや、目の前にいるのは、いつもの乾だ。
いつもの、角張った眼鏡をかけて、穏やかに笑う乾だ。
---------なのに、なぜか手塚は、乾の側に立っていることに緊張した。
「どうぞ……」
にこにこと乾に話しかけられて、はっと我に返るまで、手塚は、自分が乾を凝視していたことに気が付かなかった。
「あ、ああ……」
慌てて返答して、乾が開けてくれた扉から玄関に入る。
胸が、どきどきしていた。
自分でも分からないが、乾を見ると胸がざわめいた。
妙に落ち着かなかった。
乾が、先に立って部屋に案内するのを、手塚は押し黙ったまま見ていた。




















格好良く乾を書きたいと思って書いたもの。