Boy Friend 
《2》















春休みも終わり、新学期が始まった。
クラスメートや担任は同じだが、教室は新しくなった。
窓から見える景色も、今までとは違う。
そして、手塚の、乾を見る目も、微妙に変わってきていた。
あれから------乾の家で勉強をしてから、手塚は、乾の交友関係を気にするようになっていた。
部活では見ることの出来ない、乾の学校生活が気になる。
自分が1組で、乾の11組とは教室がかなり離れているにも関わらず、手塚は、何か用事を作っては、11組を訪れていた。
ノートを借りるとか、参考書を貸すとか、とにかくたわいもない用事である。
「乾、いるか?」
教室の扉の所から、一番近くに座っている11組の生徒に声をかけると、たいていみな笑顔で
「おーい、乾〜、友達が呼んでるぞ〜」
とか、
「乾君、お客様よ」
とか、応対してくれる。
彼らの視線の先を見ると、いつも、数人の級友に囲まれた楽しそうな乾がいた。
男子生徒も女子生徒も混じっていて、その中で乾は話の中心だった。
そんな乾の姿を、手塚は驚きの面持ちで眺めた。
知らなかった。
乾が、級友とあんなに楽しそうに話しているなんて。
勿論、部活でも後輩と気軽に話はしているが、手塚にとって乾という人物は、もっと大人びた落ち着きのある、悪く言えば無愛想な所のある人間だと思いこんでいたのだ。
それは、手塚自身が、自分を無愛想な所があると思っているからかもしれない。
自分と似たところを乾に発見して、安心していたのかもしれない。
もう二年以上の付き合いになるにも関わらず、手塚はずっとそう思いこんでいて、乾がクラスでどのように他人と話したりしているのかなど、全く興味がなかった。
自分が級友と話す程度だろうと思っていた。
手塚自身は、クラスでもあまり話さない。
話す級友も限られているし、女生徒とは一日のうちで殆ど話さないと言っても良かった。
手塚君は優等生だから、……そういう風に一種特別な目で見られているのも承知している。
乾もそうだと思っていた。
乾君だから………優等生の乾だから、あまり人が気安く話しかけないだろう、と思っていた。
それが、違う。
乾には、誰もが気軽に話しかけているし、乾自身も明るく振る舞って、時折笑いが巻き起こったりしている。
特に、手塚は、乾が女子と仲がいいのに驚いた。
クラスの女子が乾ににこにこと話しかけている。
中には肩を叩いたり、乾の髪をひっぱってからかう女子までいる。
乾とそういう女子のふざけあいは、遠目から見ても微笑ましかった。
が、手塚はなんともいえず不快だった。
「手塚、何か用か?」
そう言って、にこにこしながら近寄ってくる乾の頭を叩きたくなった。
乾が、他の人間と仲良くしているのを見たくない。
乾は、もっと落ち着いていて、近寄りがたくて、級友が遠巻きにして見ているような人物でなくては。
「あ、ああ………今日、勉強しに行っていいか?」
手塚の視線が厳しいのに気付いたのか、乾がどうしたんだ、というように手塚を見てきたので、手塚は急いで笑って誤魔化した。
「今日は部活が無いだろう? だから、おまえんち行っていいか?」
その日は、顧問の竜崎先生の都合で、部活が中止になったのだ。
手塚がそう言うと、乾がにこっとした。
「ああ、大丈夫だよ。じゃあ、いつものように俺んちの前で待ち合わせでいいかな? 学校終わったらすぐ帰るから」
「ああ」
自分と乾とのやりとりを、11組の生徒達が楽しそうに見ている。
それが、不愉快だった。
勝手にこっちを見るな、と言ってやりたかった。
「じゃあ、放課後!」
乾が手を振って、それから自分の机に戻っていく。
たちまち乾を取り囲んで、また話の輪が広がった。
それを見て、手塚は無意識に眉根を寄せた。















放課後、早々に学校を出て、手塚は乾のマンションへ向かった。
春真っ盛りの公務員住宅は、綺麗に街路に草花が植えられ、赤やピンク、それに黄色のチューリップが咲き乱れていた。
道の端では、小さな子どもを連れた母親が、2、3人、楽しげに立ち話をしている。
暖かな風が吹いてきて、空を見上げると、白い雲がふんわりと浮いている、陽気のいい午後だった。
手塚はマンションの前まで来て、いつもの外壁に凭れて乾を待った。
授業が終わってすぐに出てきたから、乾の事を当分待つかも知れないな。
手塚は心の中で考えた。
今日は、掃除当番も外れていたので、帰りのホームルーム終了と共にさっさと学校を出てきてしまったのだ。
待っている間本でも読むか、と思って、手塚はバッグから新書を取り出した。
英語の勉強にも役立つと思って、紀伊国屋で購入したペーパーバッグである。
ぱらぱらとページを捲って、栞を挟んで置いたところを開けると、手塚は横文字を目で追った。
集中して一文を読み、意味を考え、頭の中で簡単に和訳する。
分からない単語は、携帯用の辞書を出して調べ、1ページぐらい読み進めた頃だろうか、乾が帰ってきた。
乾は一人ではなかった。
この間の女生徒-----上野という名前の女子と一緒だった。
「じゃあ、さよなら」
マンションの前で、女生徒が乾に親しげに笑いかけ、乾がそれに応えて笑う。
二人が親密そうに挨拶をして別れるのを、手塚はじっと見つめた。
「手塚、待ったか?」
乾が、とんとん、とマンションのエントランスの階段を上がってくる。
「別に……」
自分でもびっくりするような冷たい声が出た。
乾が、一瞬戸惑ったような表情をする。
そんな乾に構わず、手塚はさっと身を翻して、マンションの中へ入っていった。















乾の家へ行って勉強を始めても、手塚の不機嫌は治らなかった。
それどころか、ますます不愉快さが増した。
手塚の機嫌が悪いのを察したのか、乾がおどおどしたように手塚を窺ってくるのにもいらいらした。
押し黙ったまま、テーブルで数学の問題を解いていると、乾が機嫌を取るように話しかけてきた。
「俺さ、ここ分かんないんだけど、手塚、教えてくれるかな?」
問題集を見ると、確かに難解度Aの問題だった。
昨日、自宅で解こうとしてできなくて、今日学校で先生に解き方を教えてもらってやっと出来たものだった。
顔を上げて乾を見ると、乾が困ったように笑いかけてきた。
「……どうかな?」
「………おまえなら、自分でできるだろ?」
そう言ったとき、乾が傷付いたような顔をしたのを手塚は見た。
表情の見えない眼鏡の奥の、思慮深い瞳が、悲しげに瞬かれる。
(ふん………)
悲しげな子犬のような様子が、ますます手塚を苛立たせた。
そんな風に傷付いた振りをして、本当は、全然平気なくせに。
おまえは、クラスでは、いっつも明るいじゃないか。
俺なんかと、わざわざ一緒にいなくたって構わないんだろう?
「そうだな………自分でやんなきゃ駄目だよな……」
乾が頭を掻きながら照れ笑いをする。
そう言って、乾が自分で考えようとしている姿勢が、更に手塚の癇に障った。
「俺、帰る」
急に立ち上がったので、テーブルががたん、と音を立てた。
「て、手塚……?」
あっけにとられて乾が手塚を見つめてくる。
「おい、手塚………!」
バッグを乱暴にひっつかんで、そのまま玄関へ足早に歩いて帰ろうとする手塚を、乾が慌てて追いかけてきた。
「どうしたんだ? 手塚?」
「別に………じゃあな……」
ガチャリ。
マンションの厚い金属製の扉を閉めると、手塚は走るようにしてエレベーターへ急いだ。
ちょうどエレベーターが11階に止まっていた。
乗り込んで、扉を閉めようとすると、後から追ってきた乾と目が合った。
乾は、驚きと悲しみの表情をしていた。
乾のそんな表情は、初めて見た。
…………ざまあみろ。
そんな言葉が唐突に浮かんできて、手塚は唇を歪めた。
-------シュン。
エレベーターの扉がすうっと閉まる。
マンションを出ると、手塚は全力で走った。
走っていると、心のもやもやが少しは晴れるような気がした。
乾のマンションが見えなくなる所まで走って、手塚は漸く立ち止まった。
(乾のバカ……)
胸が苦しかった。
ずっと走ってきて、酸素が足りなくなっているだけではなかった。
(……乾のバカ………)
何度も何度もそう頭の中で繰り返しながら、手塚は俯いて唇を噛んだ。




















だだっ子手塚(笑)