Boy Friend 
《3》















次の日は土曜日で、学校は休みだった。
休日は、部活が朝からある。
いつも通りに登校して、早くから来ていた大石や菊丸、新一年生たちと部室で着替えていると、部室の扉がバタン、と開いて、不二と乾が入ってきた。
「おはよう、手塚」
不二が、いつものように挨拶をしてくる。
「ああ、おはよう」
ジャージの上を羽織りながら、不二と、その後ろの乾を眇めるような目で見て、手塚は挨拶を返した。
不二は普段通り、首をちょっと傾げてにっこり微笑んだが、乾は微妙に視線をずらした。
手塚の方を見ないで部室の隅に行って、そこで黙ったまま着替えを始める。
乾は、先日のランキング戦でレギュラー落ちをしており、現在はレギュラーの練習メニューを考えるマネージャー役を勤めていた。
今日の練習のメニューについて、話さなければならないだろうか。
そう思いつつも、手塚は、乾が自分の方を見なかったことに対して、苛立ちのような、虚を突かれたような、そんな気持ちになっていた。
乾が自分を避けるとは、思っていなかった。
乾だったら、自分がたとえどんなに冷たくしても、そんな事気にせずに、いつもの穏やかな笑みを湛えて自分に話しかけてくると思っていたからだ。
こっちから話しかけなければならないだろうか。
そう考えて逡巡しているうちに、乾はさっさと着替えて、
「お先に」
と周りのレギュラー達に言うと、部室を出ていってしまった。
















その日は結局乾は、顧問の竜崎先生や、或いは大石、不二たちと楽しそうに話していたものの、手塚とは話そうとしなかった。
話そうとしない、というより、彼の方から近付いてこなかったので、手塚も話しかけられなかったのだ。
乾が近付いてこなかった事で、手塚は、今までいつも乾が自分の方に近付いてきて話しかけてきてくれていたのだ、という事に、今更ながら気が付いた。
考えてみると、自分から話しかけると言うことは、手塚は苦手だ。
常に相手が話しかけてきてくれて、それに応対していた。
たまに自分から話しかけることがあっても、それは、その相手が自分の何倍も話しかけてきてくれる人物である場合だ。
…………そういう所が、乾とは違うんだな。
乾に友人が多くて、自分には少ない原因が分かったような気がした。
友人の数については、手塚は多い少ないは気にしていない。
それよりも、少なくても、その友人とどれだけ親密でいられるかが手塚にとっては重要だった。
現在の自分の友人と言えば、例えばテニス部だったら、乾、不二、大石あたりだろうか。
不二とは、特に話さなくても一緒にいられるし、大石は、彼の方からにこにこと話しかけてきてくれる。
---------乾は。
乾は、もう話しかけてきてくれないのだろうか。
手塚は、部活が終わった後、一人帰宅しながら乾のことを考えた。
手塚にとって、実のところ、乾が一番仲の良い友人だった。
乾とならいつまでも一緒にいられるし、いてくつろげるし、我が儘も言えた。
学校や部活でも、常に冷静沈着でリーダーシップを求められている手塚にとって、乾と二人きりでいるときだけが、そういう殻を脱ぎ捨てても大丈夫な、安心なひとときだったのだ。
…………それなのに、乾に意地悪をしてしまった。
歩道を歩きながら、手塚は俯いて唇を噛んだ。
訳もなく冷たくされて、乾はどう思っただろうか。
乾の、眼鏡の奥のびっくりしたような瞳を思い出す。
傷付いた色を浮かべていた、思慮深い瞳。
手塚が何を怒っているのか、分かっていないようだった。
…………自分でも、よく分からない。
なんであの時、腹が立ったのだろう。
いや、腹が立った理由は分かっていた。
乾が、自分以外の人間と仲良くしているのがいやだったのだ。
乾にとって、一番は自分でなければいやなのだ。
俺を一番に扱って欲しい。
俺に一番優しくして欲しい。
ほかのやつなんかと、嬉しそうに話をしないで欲しい。
特に、女性なんかと。
俺と話すときより、あの時の乾は嬉しそうだった。
その時のことを思い出して、手塚は胸がむかむかした。
これは、嫉妬だ。
俺は、あの女性に嫉妬しているんだ。
俺の方がずっと前から乾と親しいのに、その間に入ってきて………!
(………………)
足の先に、歩道に転がっていたらしい空き缶が当たった。
カーーン、
と力任せに蹴飛ばして、手塚は溜め息を吐いた。
そうだ、嫉妬だ。
俺は、乾が好きなんだ。
乾を、誰にも渡したくない。
乾の一番は俺でなくてはいやだ。
俺は乾を独占したいんだ。
「乾………」
呟くと、胸がきゅっと痛んだ。
手塚は頭を振って、足を速めた。
















次の週も、乾はずっと手塚によそよそしかった。
他人に分かるほどではないが、手塚には乾の変化が分かった。
よそよそしいと言うよりは、手塚に対して一つ壁を作ったような感じだった。
部活で手塚の方から話しかけてみても、勿論、表向きはいつもと変わらず穏やかに受け答えするが、乾の方からは決して近付いてこない。
その態度は、クラスメートが手塚に対するものと似ていた。
手塚に何か言われたらどうしよう、という懼れを心に抱いて、恐る恐る話しかけてくる級友と。
こちらから何度も話しかければ、乾のそういう態度も軟化するかと思って、手塚はその週は無理をして自分から何回も話しかけてみた。
部活の時だけでなく、休み時間にも11組まで行ってみる。
しかし、自分と乾との間の、薄い壁のような違和感は拭えなかった。
「乾、この間はすまない………」
思い切って、11組に行ったときそう謝ってもみた。
「いやだな、手塚、気にするなよ。人間、機嫌の悪いときもあるしな」
そう言って、にこにこ笑って応対してくれるが、その実、心の底では手塚に怯えているような所が見えた。
それが、手塚を苛立たせた。
もう、乾と前のように仲良くなれないのか。
あんなちょっとした事で、乾が離れていってしまうなんて。
「乾君、次は調理実習だよ?」
先日の上野という女生徒が、教室の中から乾に声を掛けてきた。
「オレ、教室移動なんだ、じゃあ……」
乾が申し訳なさそうに、榛色の目を瞬いて手塚に謝る。
その態度もどことなく卑屈で、手塚は奥歯をぐっと噛み締めた。
乾に、……避けられている。
自分が悪いのは分かっていた。
あの日、乾は傷付いたんだ。
俺があんな態度を取ったから。
それで、俺にこれ以上傷つけられるのが怖いから、俺を避けてるんだ。
…………でも。
あの位で乾が傷付くなんて、思ってなかったんだ。
乾は、もっと強い人間だと思っていたから。
俺が何を言っても、どんな事をしても、許してくれると思ってたから。
もう、乾は。
乾は俺と、前のように付き合ってくれないんだろうか。
俺は、乾を失ってしまったんだろうか。
---------そんなのは嫌だ!









「じゃあ、部活で」
遠慮がちに言って、乾が他の生徒達と家庭科室の方へ移動していく。
その背の高い後ろ姿を見ると、涙がこみ上げてきた。
手塚は、下唇を噛んで、表情を悟られまいとした。




















更にだだっ子v