lovesick 
《1》












宍戸先輩と恋人同士になれて数日。
俺は嬉しくて嬉しくて有頂天だった。
先輩を酔った勢いで抱いてしまって、それを覚えていなくて先輩に嫌われて。
それもようやく許してもらって。
そして、晴れて宍戸先輩をシラフで抱けた。
その時の先輩は、俺の想像なんか遥かに越えるほど可愛かった。
俺の腕の中で「好きだよ」って言ってくれた先輩。
恥ずかしげに頬を染めて、潤んだ目で俺を見つめてきて。
ああ、宍戸さん…………!
嬉しさがこみ上げてくる。
俺は本当に幸せだった。
でも、……………同時に辛いこともできた。
それは宍戸先輩となかなかセックスできないことだ。
本当は毎日でも先輩を抱きたい。
でも、いくら恋人同士になれたとは言え、俺もそこまでは言い出せなかった。
それでも、先輩と話がしたい、先輩と会いたい。
その一心で、俺は毎日先輩のクラスまで会いに行った。
先輩は3年生なので、教室は2階だった。
俺は3階なので、ちょっと距離がある。
休み時間ごとに行くという訳には行かないが、お昼休みには必ず会いに行った。
給食を食べ終わって、それから急いで廊下を走る。
教室の扉を開けて、「宍戸さん」と呼ぶと、先輩が照れくさそうに顔を赤らめて出てくる。
別に話はないんだけれど、そういう先輩を見ているだけで、俺は心がほんわりして嬉しかった。
---------なのに。














「おい長太郎、もうココに来るな」
宍戸先輩の教室へ行くようになって数日後。
俺は先輩からそんな言葉を言われたのだ。
「えっ、……ど、どうしてですか?」
先輩も、俺が会いに行くのを嬉しがっていると思っていただけにショックだった。
もしかして、うざがられてた?
俺が顔を強張らせて聞くと、先輩がふい、と顔を背けた。
「………とにかく、来るな。部活で会えば十分だろ?」
「宍戸さん………」
俺が呆然としている間に、先輩は俺に背を向けて、教室の中へ戻っていってしまった。
俺の方など振り返ろうともしないで。
………キンコンカンコン。
5限目始まりの予鈴が鳴る。
もう帰らないと、授業に遅刻してしまう。
(宍戸さん………)
先輩は机の前に座って、バッグから教科書やノートを取りだしていた。
俺がまだ立っているのを分かっているだろうに、一度もこっちを見ない。
(どうして、宍戸さん…………)
俺はふらふらしながら、廊下をやっとのことで歩いて自分の教室まで戻った。














「オートリ、どうしたんだよ? 顔色悪いぜ?」
その日の午後、ずぅっと俺は死んでいた。
心の中は先輩の事ばかり。
悶々としてひたすら考えていたので、授業なんて、一体何をしていたのか、全く覚えてない。
放課後になって、ぼけっと窓際の席で外を見ていたら、隣に座っている親友の正岡にそう言われてしまった。
その日の午後、俺はずっと心の中で自問自答していた。
やっぱり、宍戸さんに嫌われたんだろうか。
そればかり考えていた。
俺があんまりしつこくしたから、嫌がられたんだろうか?
………そうかもしれない。
俺みたいな下級生が煩く教室に現れて、宍戸さん、すごく嫌だったに違いない。
もしかして、部活と学校は別って分けて考える人なのかも知れない。
俺が部活以外にも煩くまとわりつくのが不快だったんだ。
宍戸さんには宍戸さんの学校での友達がいるもんな。
俺、独占欲強すぎたんだろうか?
宍戸さん、俺みたいなヤツ、嫌いになっただろうか?
そう思うと気が気でなくて、でも先輩に面と向かって聞くような勇気はとてもなかった。
どうしよう、宍戸さんに嫌われたら。
頭の中で考えが堂々巡りして、ちっとも建設的に考えられないばかりか、悪い方へ悪い方へと膨らんでいく。
考えていたら涙まで滲んでしまった。
滲んだ目に、窓の外の重く垂れ込めた曇り空が映った。
「あ、雨降ってきたぜ? おい、オートリったら………今日は帰った方がいいんじゃねえか?」
今日は放課後、正岡と一緒に委員会の仕事があった。
でも、正岡にそう言われると、俺はすごく帰りたくなってしまった。
ぽつぽつと降ってきた雨は、急に激しくなって、窓に水滴を重たく叩き付けてくる。
雨だから、今日は部活も中止だろうし。
宍戸さんに会ってにこにこ相対出来る自信もない。
「俺、帰る………」
そう言って立ち上がって、俺はバッグを掴んだ。
「オートリ、大丈夫かよ?」
明らかにいつもと違う俺の様子に、正岡がおろおろした感じで声をかけてくる。
「じゃあ………」
俺は言い訳する気力もなくて、そのまま教室を逃げるようにして出た。














昇降口から外に出ると、雨はざあっと音を立てて降っていた。
俺の心みたいだ。
傘を差しても雨が吹きかけてきて、背中や腕が冷たく濡れた。
俺はがっくりとして家へ帰って、誰もいないのをいいことに玄関に鍵を掛け、そうそうに部屋に引っ込んでしまった。









ベッドに寝ころがってぼんやり天井を眺めていると、突然、「メールです」と携帯が鳴った。
何気なく携帯を手にとって液晶に浮かんだ名前を見ると「宍戸」とあった。
(宍戸さん………!)
急に心臓がきゅっと痛んだ。
どきどきして恐る恐るメールを開いてみる。
『どこにいるんだ?』
一言の短いメールだった。
-------どうしよう。
一瞬そう思ったが、俺は「自宅にいます」と返信メールを送った。
するとすぐにメールが返ってきた。
『じゃあ、すぐ行く』
(えっ、宍戸さん、………うちに来るの?)
この間先輩がうちに来た時は………先輩を抱いた日だ。
そう思ったら胸が苦しくなった。
先輩の掠れた甘い声とか、しっとりした肌の感触とか、火傷しそうに熱く柔らかな内部とか、そういうのを思い出してしまったからだ。
先輩に会いたい。
会って、抱き締めて、キスをして、セックスしたい。
--------でも。


「おい長太郎、もうココに来るな」


昼間聞いた先輩の声が、俺を臆病にしていた。
宍戸さん、俺のうちに来るって、どういう用件なんだろう?
まさかと思うけど、「もうココには来ない」なんて言うんじゃないよな。
------まさか。
心の中で急いで打ち消したけれど、俺は震えてしまった。
もしかして、そう言われたら。
言われたら、どうしよう…………!!





----------ピンポン。
インタフォンが鳴った。
宍戸さんだ。
俺は心臓が大きく跳ねた。


















鳳がやけにうじうじしている、くだらない日常生活(汗)