Boy Friend 
《4》















その日は手塚は生徒会の打ち合わせが入っており、部活には参加できなかった。
新年度の予算編成の件で、最終調整に手間取っているうちに、5月の生徒総会が近付いてきてしまっている。
そのため、部活を休んででも予算案をまとめなくてはならない羽目に陥ったのだ。
なんとか調整がついて、生徒会顧問の教員に書類を提出し、ほっと一息吐いて、手塚は他の役員達と生徒会室を出た。
あとは、生徒総会に向けて、昨年度の決算報告と本年度の予算案、それから年間行事予定を印刷して綴じ込みすれば終わりである。
印刷及び綴じ込みについては、生徒会の下級生の役員が行うことになっている。
なので、手塚の仕事は一応終わりだった。
生徒会室を出るともう夕暮れ時で、テニス部は、と見ると、部員達が最後の練習にかかっている所だった。
もうすぐ練習も終わりだろう。
今日は元々練習には出られないと言ってあるから、後は大石がやってくれる。
なので特に無理をして部活に出る必要性もなかった。
………そうだ、今日は乾の家に行こう。
唐突にそういう考えが浮かんで、手塚はテニスコートに向けていた足を止めた。
乾よりも先に、乾の家に行って待っていよう。
突然行けば、乾だって不意を突かれてびっくりするに違いない。
いつもの構えたような、怯えたような態度を示す前に、依然みたいに話しかけてみよう。
そうすれば、乾だって、昔のように話をしてきてくれるはず。
そうだ、そうしよう。
そう思うと、居ても立ってもいられないような気がした。
乾と、前のように仲良くなりたい。
いや、前よりももっと、ずっと仲良くなりたい。
俺が乾の一番だって、誰からも分かるぐらい………。
乾だって、俺がちゃんと謝れば、許してくれるはず。
前よりも仲良くしてくれるはず。
俺は、乾が好きなんだ。
それを、ちゃんと言おう。
そうすれば、乾だって、分かってくれる…………。
だって、乾は俺のことならなんでも分かってるはずだから。
乾だって、俺のことを好きなはずだから。






手塚はテニス部を避けるようにして、裏門から学校を出た。














エレベーターを上がって、乾の自宅の前で、手塚は彼を待った。
乾の家のある11階からは、紅に染まった美しい夕焼けがよく見えた。
通路側の手すりに凭れて階下を眺めていると、乾が歩いてくるのが目に入った。
背の高い、真面目そうな学生然とした雰囲気で、歩きながら何か読んでいるのだろうか、手に持った文庫本に目が行っているので、足下がふらふらと危なっかしい。
手塚は思わず微笑んだ。
(乾………)
今日は、乾は一人で帰ってきた。
それだけでも嬉しい気がする。
乾に会ったら、なんて言おうか。
勉強しに来たと言えばいいか。
別に、わざわざ来た理由を言うこともないか。
俺と乾の間なんだから。











しかし。
乾は、エレベータから降りて、自宅の前に手塚がいるのを見て、一瞬困惑気味に足を止めた。
「乾………」
てっきり、自分を見たら顔を輝かせて走り寄ってくると思っていた手塚は、当てが外れて、言いかけた言葉を途中で飲み込んだ。
「や、やぁ、手塚………」
乾が、表情を強張らせて、恐る恐る声を掛けてくる。
「……どうしたんだ? 今日は、生徒会の仕事だったんだろう?」
「……………」
「手塚……?」
いけない、と思うのに、乾の対応に苛立つ。
思わず乾を睨み付けると、乾がびくっとしたように視線を逸らした。
「開けろよ……」
「あ、ああ……」
乾が手塚の方を窺うように見ながら、自宅のドアを開ける。
乾の家は両親共働きのため、鍵は乾が預かっていた。
乾が鍵を開けると、手塚は乾より先にドアを開けて中に入って、乱暴に靴を脱いだ。
「手塚………?」
乾の困ったような声を聞くたび、胸がどんどんむかむかしてくる。
乾を振りきるようにして乾の部屋に行くと、手塚は後から入ってきた乾を睨んだ。
「……なんか用があるのか、手塚?」
ドアの所に立って、乾がおずおずと声を掛けてきた。
背の高い彼が、身体を縮めるようにして自分を窺っているのが分かって、手塚は瞬間カッとなった。
-------どうして!
どうして、乾は、俺を怖がるんだ!
もう、前みたいに気安く話しかけてきてくれないのか?
前みたいに、俺に優しくしてくれないのか?
そんなのは、------いやだ!
















-----------ガチャン!
自分でも、どうしてそんな事をしてしまったのか分からない。
が、手塚は次の瞬間、乾の勉強机の上にあった筆記用具やらノート類やらを床に剥ぎ払っていた。
派手な音を立てて、ペンケースが落ち、床に散乱する。
「て、手塚!」
それでも乾は近寄ってこなかった。
ドアの所で突っ立ったままである。
更にカッとなって、手塚は今度は机の隣に設置してあったデスクトップ型のパソコンに向かった。
「……やめろっ!!」
マウスとキーボードを派手に落としたところで、さすがに乾が怒気を含んだ声でどなりながら手塚を押さえつけてきた。
乾の怒った声を聞いたのは、初めてだった。
低くて、思わず背筋がぴんとしてしまうような、毅然とした声。
(……乾………)
がっしりとした腕に羽交い締めされて、乾の体温を感じる。
胸が詰まって、手塚は涙が滲んできた。
しかし、乾は、手塚が大人しくなったのを見て取ると、申し訳ないと言うかのようにさっと離れてしまった。
手塚をソファに座らせて、その隣に離れて座って、手塚を窺ってくる。
「どうしたんだ、手塚……おまえ、ここんとこ、変だぞ?……何か悩みでもあるのか?」
手塚を窺うようにしながら気を使っている乾に、涙が止まらなくなった。
-----------乾が、悪いんだ。
乾が冷たいから。
俺を避けているから。
もっと、俺のこと、怒ればいいだろう?
どうしてよそよそしいんだよ、乾。
俺にとって、おまえは掛け替えのない存在なのに、おまえにとって俺は、どうでもいい存在なのか?
このまま、ただの友人になってしまっても、構わないのか?
俺は、そのぐらいの存在なのか!












とうとう堪えきれなくなって、手塚は激しく泣きながら、乾にしがみついた。
「手塚………」
乾の困ったような声が、悔しい。
でも、自分でもどうしようもなかった。
乾から、離れたくない。
俺は、乾が好きなんだ。
「乾……乾………」
泣きながら名前を呼んで、手塚は乾の唇に、無理矢理自分の唇を押し付けた。
「…………!」
びっくりしたのか、乾が身体を強張らせるのが分かったが、ここで乾から離れることは、絶対出来なかった。
乾の首に手を回して、何度も何度も唇を押し付ける。
弾力のある乾の唇は、暖かくて、優しい味がした。
最初は驚いていたような乾が、やがてキスを繰り返すうちに、そっと手塚の背中に腕を回して、宥めるように抱き締めてきた。
慈しむように背中を撫でられて、更に涙が溢れてくる。
乾の肩に顔を埋めて泣きじゃくると、乾がそっと壊れ物でも扱うかのように優しく抱き返してきた。
「手塚………どうしたんだ?」
低く甘い声。
俺の好きな、乾の声。
ずきん、と胸が痛む。
涙が溢れて、止まらない。
こんなに泣くなんて、一体どうしてしまったんだろう。
俺は、人前で泣いたことなどないのに。
「手塚………」
乾が、彼の方から唇を押し付けてきた。
ぎゅっと抱き締められ、口を開けると、乾の熱い舌が口腔内に入ってきた。
「………ん…………」
甘い眩暈がした。
ぞくぞくと身体中を戦慄が走り抜けて、思わず乾に縋るように抱き付く。
乾が応えて、更に強く抱き締めてきた。
爽やかな匂いがした。
乾の、松のような清涼な匂い。
「乾…………」
半分涙声で言うと、乾が手塚の髪を撫でてきた。
「手塚………ごめんな……」
きっと、乾は分かってないだろう。
どうして自分が謝っているのか。
とりあえず、俺に謝っておけばいいと思っているんだろう。
------でも、そういう乾が愛しかった。
自分を甘やかして、優しくしてくれる。
そういう風に接してくれるのは、乾だけだった。
「乾…………」
許さないから。
俺を、こんなに翻弄して。
俺に寂しい思いをさせて。
乾が悪いんだ。
そう思いながら、手塚は乾に甘えるように身体を擦り付けた。













しんとした部屋で抱き合っていると、乾の鼓動が直に聞こえてくるようだった。
じっと乾の胸に耳を押し付けてそれを聞いていると、世界に、自分と乾しかいなくなったような気がする。
「乾………俺の事、好きだろ?」
乾の胸に顔を押しつけたまま、いささか乱暴な口調で聞くと、乾が僅かに身じろいだ。
「……好きだよな、乾?」
有無を言わせぬ調子で言うと、しばし逡巡したあと、乾が小さく頷く。
「………じゃあ、俺のこと、抱けよ……」
「手塚……」
「……抱けるだろ?」
さすがに乾が困惑したように手塚を呼んできたので、それに押し被せるように手塚は言葉を繋いだ。
「俺のこと好きだったら、できるだろ?」
言いながら、乾をベッドに押し倒して、上からぴったりと密着して抱き付くと、乾が身体を強張らせた。
「手塚………俺は………」




















行為を強要する手塚(笑)