gambler 
《1》












6月も半ば過ぎると、かなり蒸し暑くなる。
俺は部室で着替えながら、タオルで額の汗を拭った。
隣で着替えをしている宍戸先輩も、うっすらと首筋に汗をかいている。
俺は先輩に気付かれないように、こっそり先輩を眺めた。
日に焼けた浅黒い、滑らかな肌。
しっとりとして、口づけると吸い付いてくるような。
------感触を思い出して、俺はぞくぞくした。
ああ、…………キスしたい!
でも、ここは部室だし、いるのは宍戸先輩だけじゃない。
宍戸先輩の向こうには、忍足先輩と向日先輩がいる。
軽く溜め息を吐いて、宍戸先輩を見ていると、俺の視線に気付いたのだろうか、先輩が俺の方を向いてきた。
視線が合う。
俺は先輩に笑いかけた。
すると、先輩は顔をぱっと赤らめて、視線を逸らしてしまった。
まだ恥ずかしいのかな。
もう、俺達、他人じゃなくなったのに。
そう思って、俺は昨日の宍戸先輩を思い出して頬が緩んだ。
昨日は----------練習の後、先輩に俺の家に遊びに来てもらった。
部屋で俺は、先輩を抱いた。
いつも先輩は、恥ずかしがったり嫌がったりして、なかなかセックスさせてくれない。
けれど、先輩が本当に嫌がっている訳じゃないのは知っていたから、俺は辛抱強く先輩にキスしたり、抱き締めたり、好きですって何度も言ったりして、先輩を説得した。
俺と先輩がそういう関係になってから、まだ1週間ぐらいしか経ってない。
だから、先輩が恥ずかしがるのも分かるし、きっと身体の負担も大きいんだと思う。
けれど、俺だって、本当だったら毎日、それも何回でも先輩を抱きたいのを、必死で堪えてるんだ。
この俺の辛い気持ちを、少しは分かってくれてるのかな?
宍戸先輩が、また俺の方をちらっと横目で見てきた。
俺がまだじっと先輩を見つめているのを知って、すぐに視線を逸らして俯く。
-------ああ、可愛い!
俺はついにやけてしまった。














「おいおい、あんま熱いトコ見せつけんといてや?」
その時、宍戸先輩の向こうから、呆れたような声が聞こえた。
「……な、なんだよ!」
宍戸先輩が狼狽えたように抗議する。
忍足先輩が、にやにやして俺達を覗き込んでいた。
「さっきから熱うて熱うて、ほんま見てられんわ…………ラブラブっちゅうわけかいな?」
くすくす笑いながら、忍足先輩が宍戸先輩をこづいた。
「……なぁ、宍戸がされる方なんか?」
「……なっ!!」
宍戸先輩がぱぁっと頬を赤らめた。
「なに言ってんだよっ!」
「なにってなァ?」
忍足先輩が、更に向こうの向日先輩に目配せする。
「……うん……」
向日先輩もくすくす笑った。
「どう見ても、宍戸がヤられる方なんじゃん?」
向日先輩が肩を竦めた。
綺麗に切り揃えられた肩までの髪を揺らして、悪戯っぽい目つきをして、宍戸先輩を覗き込んでくる。
「鳳のお陰でレギュラーに戻れたんだし?……お礼に、俺の身体でもどうだいって感じでさ」
「……なんだとっ!!」
------うわっ、宍戸先輩が本気で怒った。
向日先輩に掴みかかって殴ろうとした所を、忍足先輩がまぁまぁと押しとどめた。
忍足先輩の方が上背があって体格もいいから、宍戸先輩は、忍足先輩に羽交い締めされた格好になった。
俺はなんとなく不愉快になった。
別に向日先輩の言葉にむかついたわけじゃなくて、忍足先輩が、宍戸先輩を抱き締めてるからだ。
宍戸先輩の細い首とかしなやかな背中とかに、忍足先輩が手を回している。
「宍戸さん、落ち着いて下さい」
俺は大きな声でそう言いながら、忍足先輩から宍戸先輩を奪い取った。
自分の腕の中にすっぽりと抱き込んで、宥めるようにぎゅっと抱き締める。
忍足先輩がやれやれ、というように手を上に向けてひらひらと振った。
「やってられんわ、ラブラブで…………やっぱり宍戸はヤられる方やなァ……」
宍戸先輩がぎっと忍足先輩を睨む。
「鳳みたいな爽やか少年をホモにしちゃうんだから、宍戸って結構抱き心地いいんじゃねえの?」
向日先輩がくすくす笑った。
「おい長太郎、離せよ!」
宍戸先輩が、俺の腕の中で藻掻き始めた。
「あんな事言われて黙ってろってのかよ! 長太郎!」
確かに忍足先輩と向日先輩は言い過ぎだと思うので、俺も困ってしまった。
でも腕を離したら、宍戸先輩は忍足先輩達と喧嘩始めちゃうだろうし。
「先輩、今のは言いすぎだと思います。宍戸さんに謝って下さい」
俺は真剣な顔になって、忍足先輩にそう言ってみた。
忍足先輩が顎をさすりながら、俺を品定めするように見つめてきた。
「謝る………なぁ?……どうする岳人? 謝れって言っとるで?」
「……なんで? だって本当の事言っただけじゃん? なぁ、侑士」
いくらなんでも、向日先輩もふざけ過ぎだ。
俺は先輩を睨んだ。
すると忍足先輩が、少し真面目な顔になった。
「まぁ、確かにちょっと言い過ぎかもしれへんな。……どうや、鳳、ちょうどダブルスやし、真面目に試合せえへんか?」
「………試合ですか?」
「そうや。おまえらが試合に勝ったら、俺達ちゃんと謝るわ。もう宍戸にも変な事言わんし。……なぁ岳人、それでええか?」
「うーーん……謝んのかよ。やだな……」
向日先輩は不満そうだった。
「俺らが勝ったらどうするのさ?」
「そうやな……」
忍足先輩がにやりと笑った。
「なぁ、鳳、俺らが勝ったら、……どうや、宍戸を一度抱かせてもろうてええか?」
「な………ッッ!!」
さすがに俺は仰天した。
「な、何言ってるんですか!」
宍戸さんを抱かせるって…………一体どうしてそんな話が出て来るんだ?
瞬時に腹が煮えくり返って、俺は大声を出した。
「バカな事言わないで下さい! 話になりません! 宍戸さん、行きましょう!」
「……へえ、逃げるんかいな、宍戸? まぁ、おまえらじゃァ、俺達に勝つわけないしな。……最初から試合なんてせんほうがええか? ……意気地なしってやつやなァ」
忍足先輩が宍戸先輩を挑発してきた
俺の腕の中で、宍戸先輩がびくっと身体を強張らせた。
「……なんだと?」
「急造コンビで、しかもこの間までレギュラー落ちしてたやつなんかが、俺達に勝てるわけあらへんしなぁ。……まぁ、怒った振りして逃げた方がええな。……ほら、はよ逃げたらどうや?」
------まずい。
宍戸先輩は、こういう挑発にすっごく弱いんだ。
俺は宍戸先輩をぎゅっと抱き締めたが、すでに遅かった。
宍戸先輩は俺の腕の中から渾身の力で抜け出して、忍足先輩の胸ぐらを掴んでしまったのだ。
「暴力はあかんで、暴力は?」
胸ぐらを掴まれても、忍足先輩はにやにやしたままだった。
「正々堂々と試合で決着付けようや、宍戸? おまえらが勝ったら、俺達、土下座しておまえらに謝るわ。反対に俺らが勝ったら、……宍戸、おまえの事、俺が抱かせてもらう、……どうや?」
(宍戸さん、駄目です!)
俺は必死に心の中でそう叫んだが、宍戸先輩は全く俺の方など見ていなかった。
「……よし、分かった!」
(ああ………宍戸さん………!)
俺は眩暈がした。
宍戸さんを、忍足先輩が抱く…………?
--------どうしよう!!
勿論、忍足先輩達に勝てばいいんだけど、でも一生懸命練習してきたとは言え、俺は自信が無かった。
忍足先輩も向日先輩も、タブルスを組んで長いし、実績も実力もあった。
それに比べると、俺と宍戸先輩はダブルスを組んで間も無い。
急造コンビ、と言われても仕方がない所なのだ。
なのに、宍戸さんったら…………!
俺は頭を抱えた。
宍戸さんが他の男と…………。
--------忍足先輩と………?
俺の宍戸さんが、忍足先輩とセックスするのか?
-------絶対、嫌だ!
そんな事になったら、俺は耐えられない!!














「じゃあ、早速これから練習試合、しよか?」
忍足先輩がにやにやしながら宣言するのを、俺は絶望的な気持ちで聞いていた。

















短気な恋人を持った鳳の苦悩物語(笑)