gambler 
《2》












「ザ・ベスト・オブ・1セットマッチ・鳳宍戸ペアサービスプレイ」



審判役の部員の声で、試合が始まった。
コートの周りには、レギュラー以外の部員がたくさん集まっている。
レギュラー同士で試合をすると言うので、みんな見学に来たんだ。
俺は震える身体を必死で落ち着かせようとした。
ライン上に立って、ネットの向こう側を見る。
後衛の忍足先輩が、俺のサーブに備えて身構えるのが見える。
長めの黒髪から覗く眼鏡の奥の瞳が細められて、心なしにやにやしているのが分かる。
胸がドキン、と跳ね上がって、俺は無意識に視線を逸らした。
逸らした視線に、宍戸先輩の後ろ姿が飛び込んできた。
(宍戸さん…………)
背中が心細げに見えた。
先輩は今、何を思ってるんだろう。
絶対勝つって………思ってるんだろうか?
だって、勝たなかったら、……宍戸さんは忍足先輩とセックスしなくっちゃならない。
そうなってもいいって思ってるんだろうか?
別に、誰としたって………気にならないんだろうか?
俺じゃなくても、構わないんだろうか?
俺は先輩の気持ちが分からなかった。
俺は…………嫌だ!
宍戸さんが、別の男となんて…………絶対、嫌だ!
頭の中に、自分が抱いた時の、先輩の裸体が思い浮かんだ。
浅黒く日焼けした、しなやかな身体。
触れるとしっとりと手に吸い付いてくる肌と、その肌のひんやり冷たい感触。
それでいて、中は火傷しそうに熱くて、俺を食いちぎらんばかりに締め付けてくるんだ………。
………ああ、どうしよう!
がくがくと手が震えた。
頭を振って、俺はボールを投げあげると、ラケットを振りかざした。
「フォルト」
ボールはラインの外に出てしまった。
俺のスカッドサーブは、入れば誰も取れないだけの威力があるけれど、なかなか入らない。
それは分かってるから、一度フォルトが出たぐらいでは俺も焦ったりはしないんだけど。
でも。
「ダブルフォルト」
必死に精神統一をしたつもりだったけど、呆気なくボールはライン外に出てしまった。
忍足先輩が肩を竦めて苦笑するのが見える。
俺は頭がカァっとなった。
……どうしよう。
どうしよう-------!
頭の中にその言葉ばかりが渦巻いて、パニック状態に陥りそうだった。
宍戸先輩が、振り返って俺を見てきた。
何か言いたげな視線に、息が詰まる。
どうしよう----------!!






俺はダブルフォルトを連発して、呆気なくサービスゲームを落としてしまった。














その後も、俺はヘマばかり連発した。
なんとかしなくちゃ、と思えば思うほど、身体が動かない。
宍戸先輩が一生懸命俺のフォローに回ってくれて、向日先輩のアクロバティック攻撃や、忍足先輩のボールを打ち返しているけれど、でもそれだけじゃあの二人には勝てっこない。
今まで宍戸先輩と二人で夜中まで練習してきたけれど、忍足先輩や向日先輩に勝つには、俺が絶好調じゃなくちゃ駄目だ。
俺が調子が良くても、勝てるかどうか。
それなのに、俺がこんな状態で、勝てるわけない。
勝てなかったら、………宍戸さんは忍足先輩と………。
-----ああ、駄目だ、考えたら駄目だったら!
俺は必死で自分を叱咤した。
でも、考えないようにすればするほど、頭の中に、宍戸先輩の姿が浮かんできてしまう。
あのしなやかな身体に忍足先輩が押し被さって、後ろから宍戸先輩を貫いている様子を想像してしまう。
その想像がどんどんリアルになってきて、宍戸先輩があられもない声をあげてよがっている様子まで浮かんできてしまった。
あの、ちょっと吊り目がちの茶色で綺麗な瞳を潤ませて、脚を大きく広げて、忍足先輩を受け入れて喘いでいる宍戸さんの姿が…………。
「おい、どうした長太郎っ!」
ばん、と背中を叩かれて、俺ははっと我に返った。
「あ、宍戸さん………」
宍戸先輩が俺を覗き込んでいた。
「どうした、おまえらしくねぇじゃねえか? いつもの実力はどうした?」
宍戸さんが、じっと俺を睨むように見つめてきた。
俺は苦しくなって、視線を逸らした。
-----そうです、宍戸さん。俺、全然実力発揮できないんです。
だって、宍戸さんが………宍戸さんが他の男と……………。
「おい、呆けてんじゃねえよ!」
バシっ、と頬を叩かれて俺は驚いた。
「どうしたよ、長太郎? おまえ、そんなに集中力ねえのか? そんなんじゃ、試合勝てっこねえだろ!」
宍戸先輩がきっと俺を睨んできた。
「は、はい………」
「いいか長太郎、俺の事なんか考えてるんじゃねえ! 自分のテニスをしろ! てめぇのテニスは、俺がどうこうなるとか、そういう下らねえ事でこんなに腑抜けになっちまうほど情けないもんだったのかよ!」
宍戸先輩が怒っていた。
顔を紅潮させて、射抜くように俺を睨んでくる。
俺は拳をぎゅっと握りしめた。
自分が情けなかった。
宍戸さんの言うとおりだ。
俺のテニスって、こんなに腑抜けだったっけ?
勿論、宍戸先輩が忍足先輩と……って……それはすごく重大な問題なんだけど、でも、それで宍戸さんをこんなに怒らせちゃうほど、テニスが駄目になってしまうなんて。
なんて、情けないんだろう-------!
こんなんじゃ、宍戸先輩のパートナーでいる資格なんて、ない。
「長太郎、いいか? てめぇはレギュラーだろ? 恥ずかしいテニスなんざするんじゃねえ! どんな時でも実力を十二分に発揮できてこそ、氷帝テニス部のレギュラーなんだ! おまえが実力をちゃんと発揮できれば、忍足や向日なんかに負けやしねえんだ!」
宍戸先輩の紅潮した顔がすごく綺麗だった。
俺を突き刺すように見つめてくる瞳が、きらきらと潤んでいた。
「……はい!」
------そうだ。
俺は突然力が湧いてきた。
俺のスカッドサーブを取れるレギュラーは、樺地ぐらいしかいない。
無敵のサーブなんだ。
宍戸先輩の言うとおりだ。
俺が実力をちゃんと出せれば、勝てるんだ。
「すいませんでした!」
俺は宍戸先輩に頭を下げた。
先輩が微笑んだ。
「分かればいーんだよ。じゃ、サーブちゃんと入れろよ!」
「はい!」
先輩の笑顔を見ていたら、頭の中の妄想がすうっと消えていった。
------そうだ。
俺は負けない。
だって、俺は宍戸先輩のパートナーなんだから。
先輩に迷惑を掛けるような、そんなテニスはできない。
先輩は俺を頼ってくれてるんだから。
俺の力を信じてくれてるんだから。







俺は渾身の力を込めて、スカッドサーブを打った。














「あーあ、もう少しで勝てるところやったんやけどなァ」
忍足先輩が、正レギュラー用の部室で着替えながら、肩を竦めて話しかけてきた。
試合は、危ないところで俺達が勝った。
最初にサーブ権を取っていなかったら、勝てなかっただろう。
サーブさえちゃんと入れば、忍足先輩達には負けない。
宍戸先輩が俺を立て直してくれて、俺はなんとかサーブをミスしないで試合ができたのだ。
「なぁ、宍戸? 残念やったなぁ」
忍足先輩が、俺の隣で着替えている宍戸先輩を小突いてきた。
「………なにがだよ?」
宍戸先輩が眉を顰める。
「何がって……なぁ、俺、結構上手いで? 鳳の拙いテクじゃない、大人のテクを味わわせてやろ思うたのになァ」
「キモイこと言ってんじゃねえよ!」
宍戸先輩が顔を紅潮させて怒鳴る。
忍足先輩の向こうで、向日先輩がくすくす笑っている。
俺もつられて笑いながら、考えてみたら、笑い事じゃなかったんだよな、と改めて思った。
--------もし。
もし俺達が試合に負けて、宍戸先輩が忍足先輩と寝ることになってしまったら。
そうしたら、俺はどうしただろうか?
約束は約束だから、宍戸先輩が忍足先輩にやられるのを黙って見ていたんだろうか?
………いや、絶対駄目だ!
俺、きっと忍足先輩のこと殴っちゃう。
勿論、殴り返されてボコボコにされちゃうのがオチだろうけど。
でも、いくら殴られようとボコボコにされようと、絶対宍戸先輩を他の男なんかにやらせない!
「鳳が怖い顔して睨んでるわ。はよかえろ」
険しい表情をしていたんだろうか、忍足先輩がにやにや笑いながら言って、向日先輩と部室を出ていった。









部室には、俺と宍戸先輩だけが残った。

「……おい、長太郎」















というわけで、宍戸の貞操(笑)はなんとか守られたのでした〜