桎梏 《8》
先程から、黒い影のようなものが自分を追いかけていた。
どんなに必死に走っても、それは離れるどころか、ますます近付いてくる。
「……あっ!」
不意に黒い影が自分に覆い被さってきて、跡部は悲鳴を挙げた。
「ああぁッッッ!」
太い肉棒が、ズブリ、と体内に突き刺さってくる。
「あ……あッッ……!」
限界まで広げさせられた脚の間に黒い大きな影が入ってきて、自分を食らいつくすかのように内部に侵入してくる。
ズシン、という重い痛みと、なんとも表現しようのない暗い快楽に、脳が沸騰する。
「あ………あ、あっあっ………監督ッッ」
身体の上の黒い影は、いつの間にか榊になっていた。
がっしりとした太い腕。
厚い胸板。
仄かなコロンの匂い。
「ああ………監督………」
ズン、と硬く太い凶器に貫かれて、跡部は喘いだ。
嬉しかった。
「監督、監督………ッッッ!!」はっと意識が戻って、跡部は目を開いた。
薄暗い部屋に、カーテンの僅かな隙間から、柔らかな光が射し込んでいた。
すぐ隣に、端正な男の寝顔が見えた。
彫りの深い男らしい顔立ちと、逞しい裸体。
きゅ、と胸が苦しくなって、跡部は榊に擦り寄った。
おずおずと腕を回して、榊に抱き付いて、厚い胸板に顔を擦り付ける。
規則正しい力強い鼓動が、耳に聞こえてきた。
じんわりと心が温かくなってきて、得も言われぬ幸福を感じた。
身体を少し動かすと、特に下半身が鋭く痛んだが、その痛みさえ、跡部にとっては心を蕩かすような甘さだった。
------監督が、俺を。
昨日の事を思い出すと、跡部は幸福感で胸がいっぱいになった。
最初、部室で強姦された事など、もはや心のどこにも傷を残していなかった。
今の跡部に残っているのは、榊が自分を抱いてくれた、という誇らしくもある事実だけだった。
「監督………」
そっと呟いて、身体を密着させる。
自分の鼓動と榊の鼓動が重なり合うような気がした。
一つに溶けて、自分の全てが榊のものになったような気がした。
誰かのものになる、という感覚は、跡部を訳もなく安心させた。しかし、そんな跡部の幸せな時間も、少ししか続かなかった。
しばらくして目を覚ました榊は、擦り寄っていた跡部を煩わしそうにはね除けたのだ。
「邪魔だ、どけ……」
跡部をいかにも邪魔者だというように押しのけ、跡部の顔など見ようともせずベッドから降りる。
「監督………?」
甘い陶酔が無惨にかき消されて、跡部は心細い声を出した。
「……つけあがるな、跡部………」
振り返って自分を見つめてきた榊の目は、氷のように冷たかった。
西洋の彫像のように逞しい身体と、その上の冷酷な表情。
跡部は、表情を凍り付かせて榊を見上げた。
「何を勘違いしているのか知らないが、俺はおまえのことなど好きでもなんでもない。そのことは覚えておけ」
「…………」
思いもかけなかった榊の冷たい態度に、跡部はびくっと身体を強張らせた。
「つ…………ッ」
途端に、身体の中心を痛みが走り抜け、柳眉を顰めて小さく呻くと、榊が少々表情を弛めて、跡部の頭を撫でてきた。
「いいか、跡部……」
「……………」
「俺を失望させるな。………いいな?」
「……はい……」
必死で縋るように見上げると、榊が跡部の頬を撫でてきた。
「これからおまえには、部長として頑張ってもらわなければならないんだからな。………いいな?」
「はい……」
大きく無骨な手に頬を撫でられていると、涙が滲んできた。
目尻からつつっと伝う涙を、榊が指ですくってきた。
「監督………」
胸が詰まって、跡部は榊に頬を撫でられたまま、涙を流した。跡部を犯した上級生たちの事は、榊が秘密裡に始末を付けたようだった。
その後、学内で彼らを見かけることは無くなった。
そして跡部は、氷帝学園中等部男子テニス部の部長になった。
部長という職責柄、榊と一対一で相対する機会も増えた。
が、榊の態度は全く依然と------跡部を抱く前と、変わらなかった。
常に冷ややかな、高みから自分たちを見下ろしているような態度で、跡部を寄せ付けない。
あの日のことは…………あの日の榊は幻だったのだろうか。
自分を強く抱き締め、熱く内部に押し入ってきた彼は…………。
榊を目の前にすると、跡部は自信が無くなった。
榊があまりにも依然と変わらない、冷徹な対応しかしてくれなかったからだ。
でも、俺は監督に抱かれたんだ………!
跡部は必死で自分にそう言い聞かせた。
心では榊との事を疑うぐらいまで自信が無くなっていたのだ。
それなのに、その反面、男を受け入れた身体はすっかり敏感になっていた。
榊を思うと、身体が疼いた。
もう一度、抱いて欲しい。
俺に、優しくして欲しい。
監督、もう一度…………。
「あ………は…………ッ!」
自室のベッドで、跡部は毎日といってもいいほど自慰に耽っていた。
脳裏には榊を思い浮かべる。
彼の手が自分の男根を握り、扱きあげるのを妄想する。
性器の愛撫だけでは飽きたらず、跡部は自分の指を後孔に突き入れて、快感を貪った。
「あ………監督………!」
榊の逞しい身体や、熱い肉棒の感触を思い出すと、あっという間に跡部は弾けた。
はぁはぁと息を吐いて、ベッドに突っ伏して快感の余韻に浸りながら、跡部は堪えきれない飢餓感に煩悶した。
身体も心も渇いていた。
乾いて、ひび割れて、そこから真っ赤な血が吹き出ていた。
一度抱かれただけに、その思いは一層激しさを増していた。
それまでは意識していなかった、榊への渇望にも似た思いを、あの行為によって表に引き出されてしまったのだ。
寂しくて、胸が苦しくて、どうしようもなかった。
自分で慰める程度では、とても収まらなかった。
収まらないどころか、中途半端な快感は一層飢えを刺激した。
身体が燃え上がって、榊を欲して狂いそうだった。
自分の性器を赤く腫れるまで擦りあげても、後ろに血が滲むほど指を突き入れても、満足できなかった。
榊が欲しい。抱かれたい。
「監督、俺を抱いて下さい…………!」
跡部はベッドに突っ伏してそう呻いた。
欲求不満な跡部たま