桎梏 
《9》











秋期の新人戦が終了すると、大きな大会は次年度まで開催されなくなる。
その約半年の間は、練習試合等々で各自の力を伸ばす大切な時期だった。
3年生が抜けて部員数が減ったとはいえ、相変わらず氷帝学園男子テニス部は100人強の部員を抱える大所帯であり、内部でのレギュラー争いも熾烈だった。
もっとも、氷帝学園は完全実力主義であり、その点で陰湿なレギュラー争いや苛めなどはない。
誰もが実力さえあればレギュラーになれるという単純明快な競争方式は、腕に覚えのある人間にとっては歓迎すべき方法である。
反対に言えば、新しいレギュラーに決定しても、油断はできないという事だ。
練習試合等でもし負けるようなことがあれば、即レギュラー落ちをするのである。
そのため、いつもぴんと張ったような緊張感が氷帝学園男子テニス部には漂っており、それがテニス部を強豪にしている原因の一つともなっていた。
そんな中で一際抜きんでてテニス部員達のトップに立っているのが、跡部だった。
上級生がみな引退した後、跡部は部長に就任し、名実ともに氷帝のトップになった。
テニスの才能、外見、カリスマ性、何もかもが他の追随を許さない跡部が部長になるのは至極当然のことで、彼がまたレギュラーのトップであるのも、誰もが首肯できることだった。
そのような地位に収まり、外見上は氷帝内で我が世の春を謳歌しているはずの跡部だったが、最近では自分の心の動揺を押さえきれないところまで、せっぱ詰まっていた。
飢餓感がますます強まり、榊を見るだけで息が詰まるようだった。
息が詰まり、そして身体が疼く。
身が焦がれる。
それでも、榊から言われた「俺を失望させるな」という一言が、跡部を押し止まらせていた。
榊を失望させることだけはできない。
榊からもし見捨てられたら---------!
そう思うだけで、身体が冷たくなり、眩暈がした。
それまで他人など歯牙にもかけず馬鹿にしていた跡部にとって、榊は、自分の根幹を揺るがすような存在だった。
彼の一挙手一投足に、自分がおかしなほど動揺した。
榊が他の部員たちに機嫌良さそうに話しかけるのを見ると、全身が震えるほど嫉妬した。
それでいて、自分からはどうしても話しかけられない。
跡部にとって、そんな風に自分が他人の存在に一喜一憂させられる事態は初めてだった。
一喜一憂どころではなかった。
榊が欲しくて、跡部は狂いそうだった。















「跡部、今日は残れ」
部室の隣のコーチ室から内線で連絡をしてきた榊の声で、跡部ははっとして我に返った。
「はい、監督……」
跡部は部室で着替えているところだった。
既にレギュラー陣も部員達も帰宅し、部室にはいつも跡部と行動を共にしている樺地が跡部を待っているだけだった。
その樺地を先に帰らせて、跡部は着替えを終わすと、コーチ室へ向かった。
部長になってから、榊の個室で二人きりで話すことはよくあった。
「監督、入ります……」
二人きりになるのは、跡部にとって天国でもあり地獄でもあった。
榊を目の前にし、彼の表情や言葉、あるいは身体から漂ってくる煙草の残り香やコロンの仄かな香りを嗅ぐと、身体の芯が蕩けた。
物欲しそうな目をしているのは、分かっていた。
榊も気付いているだろう。
自分が飢えた目をしていることを。
そんな目を誤魔化すだけの余裕もなかった。
榊の用件は、次の練習試合についてだった。
誰を出場させるか等々の事務的な連絡が二、三。
跡部は項垂れて聞いていた。
「……分かったな?」
「はい、監督……」
用件が終わると、跡部は返事をして、
「失礼します……」
と言って、出ていこうとした。
「ちょっと待て、跡部……」
その背中に、榊が声をかけてきた。
「……監督?」
「俺に言いたいことがあるんじゃないのか?」
思わず振り返って榊を見ると、榊はソファに悠然と足を組んで座って、煙草に火を点けるところだった。
ふぅっと紫煙を吐き出して、それから跡部を見つめてくる。
跡部は息を飲んだ。
心臓が急に跳ね上がった。
「あ、あの………」
榊の三白眼がすっと眇められた。
「監督……俺………」
ドキンドキン、と鼓動が鳴り響く。
「言いたいことがあるなら早く言え。ないなら帰れ」
「俺、俺………」
どうしても言葉が出なかった。
跡部は榊の前まで駆け寄った。
全身がかっと熱くなって、上擦った声が出た。
「監督、俺を抱いて下さいっ……!」
「……………」
「お、お願いします………!」
榊の冷たい視線に、跡部は思わず跪いて頭を垂れていた。
榊の靴に頭を付けんばかりにして請願する。
「………シャワーを浴びてこい……」
しばし沈黙があって、それから榊がそう言った。
「……は、はい……」
ふらり、と立ち上がると、甘い眩暈がした。
心臓が大きく打って、胸が爆発しそうだった。
跡部は震える身体を宥めつつ、バスルームに入った。















「そのままここへ来い……」
バスルームを出た所で榊に声をかけられて、跡部はどきっとした。
それでなくても、シャワーを浴びている間中心臓が爆発しそうで、上の空になっていたのだ。
「はい……」
全裸のまま榊の前まで行くと、榊が煙草を灰皿に押し付けて火を消し、それから跡部の身体を鑑賞するかのように、顎に手をかけて眺めてきた。
至近距離で見つめられて、身体中が熱くなる。
無意識に顔を背けて、榊の視線に耐えていると、榊がすっと手を伸ばして、跡部の男根を握り込んできた。
「あ………ッ!」
其処は既に天を向いて勃ち上がっており、先端からは先走りの液も滲み出ている状態だった。
「か………んとく………ッッ」
榊の大きな手に握り込まれて、跡部は喉を詰まらせて呻いた。
自分で慰めていた時とは比べ物にならない激烈な快感が、背筋を走り抜ける。
「あ………あっあっ………ッッ!」
数回扱かれると、あっという間に跡部は絶頂に達した。
榊の手の中に、どくどくと白濁した粘液を迸らせる。
榊がふ、と唇を歪めて笑った。
「そこに手を付いて、尻を出せ」
指し示されたのは、榊の机だった。
涙を滲ませた瞳でそれを見て、跡部は机に手を付いた。
榊が、跡部の白く円やかな尻をぐい、と割りさいて、その中心に、手に溜まった粘液を塗りこめてきた。
「ぁ…………あ、あっ!」
太くがさついた指が遠慮無しに内部に入ってきて、跡部は背筋を仰け反らせて甘く呻いた。
脳が沸騰して、身体全体が燃え上がるようだった。
尻の筋肉を震わせて榊の指の侵入に耐えていると、榊が指を二本に増やしてきた。
「あ………ッ監督ッッ!」
ぐりぐりと柔らかな襞を擦られて、その度に電撃が全身を走り抜ける。
先程イったばかりなのに、前がまた勃ち上がって、びくびくと震える。
「監督、か……んとく………ッッッ!!」
不意に指が引き抜かれ、次の瞬間、灼熱の楔が容赦なく秘孔に捻じ込まれた。
「……うあッッッ!!」
どこまでも甘く、それでいて苦しくて我慢できないような衝撃が、頭の先まで突き抜ける。
「うるさい、声を出すな」
背後から冷たく指図されて、跡部は必死で唇を噛み締めた。
「ぅ………うッッ………く…………ッッ!」
机に突っ伏して、顔を冷たい板面に押し付けて、榊の雄を受け入れる。
硬く太い凶器が、跡部の柔らかい入り口を傷つけて侵入してくる。
奥深くまで挿入されると、内臓が全て口から出てしまうような衝撃だった。
「うッ………うッ………ッッ!」
尻を高く上げ、突き出すような格好で榊の動きに合わせて腰を振る。
目の前が真っ白になるような気がした。
鋭い痛みと、底なしの快感がない交ぜになって、全身を揺さぶってくる。


程なくして、榊が跡部の体内深くに欲望を迸らせたとほぼ同時に、跡部も二度目の精を放出していた。















「後始末をしておけ」
事が終わると、さっと跡部から離れ、榊は着衣の乱れを直した。
ずるずると机を伝って床に崩れ落ちて、そのままの格好で息を乱して喘いでいる跡部に、冷たい声をかける。
「監督……………」
涙の溜まった灰青色の瞳で、跡部が縋るように見上げてくるのを、榊は一瞥して口元を歪めた。
「いいか跡部、俺を失望させるな」
「は、はい………」
「……ここの鍵だ」
チャリ、と鍵が跡部の前に投げられた。
「おまえに渡しておく」
「………監督……」
「………俺に抱かれたいか、跡部?」
跡部がこくこくと頷くと、榊は苦笑いした。
「ならば、俺の期待を裏切るな。……そうしたら、たまには抱いてやる」
思わずぱっと顔を輝かせると、目を眇めてそれを見て、榊がふっと鼻先で笑った。
それでも跡部は嬉しかった。
夢のようだった。
監督が俺を抱いてくれる--------!
-------本当だろうか?
でも、監督は確かにそう言った。








榊が出ていった後の静まり返った夜の部屋で、跡部はこみ上げてくる感情のままに、一人肩を震わせて泣いた。

















ボランティア監督