heartbreak 《1》
トゥルルルル。
部活動を終えて部室に戻ってきたとき、ちょうど、バッグに入れてあったオレの携帯が鳴り出した。
オレのは他の奴らとは違い、ごくシンプルな電子音なのですぐに分かる。
急いでバッグから携帯を取り出して、電話に出ると、
「おい千石か、氷帝の跡部だ」
簡潔な自己紹介で相手がしゃべりだした。
それは、氷帝学園の跡部景吾だった。
-----この間。
二週間ほど前、オレは跡部とへんな出会いをして、なぜかその時、オレは跡部とセックスしてしまった。
あの時、跡部に携帯の番号を教えていたけど、その後全く音沙汰が無くて、かかってきたのは今日が初めてだった。
番号を教えてはみたけれど、結局跡部とはあれだけで終わりかな、なんて思っていたので、オレはちょっと嬉しくなった。
なんにしろ、跡部がオレのこと覚えていてくれたって事だから。
「久しぶり〜」
と明るく電話に出たが、対する跡部の方はなんだか機嫌が悪いようだった。
「……千石か? ちょっと急用なんだ。今すぐ来られるか?」
「えっ?……なに?」
「いいから、とにかくすぐ来い!」
「……どこに?」
「どこって氷帝だ。30分あれば来られるな?」
「え、すぐ?」
ツー・ツー。
ちょっと待ってよ、と言おうとしたけど、電話は切れてしまった。
「千石、どうかしたのか?」
一緒に部室に戻ってきていた南が、オレに話しかけてきた。
「う、ううん、なんでもないけど………」
でも、30分で氷帝学園まで来いだって?
もう、むちゃくちゃだ。
山吹中から氷帝まではそんなに遠くないけど、でも地下鉄うまく乗り継いでぎりぎり30分って所だ。
オレは跡部の我が儘にちょっと呆れた。
この前も随分我が儘なヤツだよなって思ったけど、やっぱり。
……とは思ったけれど、でも跡部には会いたかった。
オレは急いで着替えて、南に先に帰るって言って、氷帝学園に向かった。氷帝学園には数回来たことがあって、だいたいの建物の場所は分かっていた。
山吹中なんかとは比べものにならないほど充実したテニス設備があって、部室も2階建てだ。
さすがお金持ちが通う氷帝って思ったことがあった。
地下鉄に飛び乗って、駅から小走りに走ってはぁはぁ息を切らせて氷帝まで来て、オレはちょっと困惑した。
どこに行けばいいのかなって思ったからだ。
それに、跡部の用事も気になる。
……なんだろう?
学校に来いって事は、テニスの用事なのかな?
とにかくどうしたらいいのかわからなかったので、オレは携帯の履歴から跡部に電話した。
「……どこにいるんだ?」
電話して開口一番、跡部がイライラしたような声で怒鳴ってきた。
「え、う、うん、氷帝の門のとこ……」
「じゃ、部室上がって来い。2階の方だ、分かるだろ?」
「……うん……」
なんか、すごく高飛車。
ちょっとむかっときたけど、オレは肩を竦めて氷帝男子テニス部の部室目指して走り出した。跡部に指定された部屋は、氷帝の巨大な部室の2階の方だった。
下校時間もとっくに過ぎてるから、白ズボンの明らかに他校生と分かるオレが歩いていても、振り返る学生はほとんどいなかった。
あんまり目立ちたくないから、オレはこそこそと足早に歩いて階段を上がった。
「こんにちは〜」
中を窺うように言いながらドアを開けると、
「遅かったじゃねえか!」
不機嫌そうな跡部の声が降ってきて、オレはびくっと首を竦めた。
「わざわざ来てくれたのに、それはないやろ、跡部……」
びくびくして中を覗いたオレの目に、跡部と、それからもう一人、眼鏡を掛けた背の高い学生が飛び込んできた。
確か彼は---------ダブルスの忍足侑士だよな。
頭の中で、他校生のデータと目の前の人間を照合する。
忍足は、オレと目線が合うと、にこにこと笑い掛けてきた。
「あ、どうも………」
オレもつい営業用スマイルで挨拶した。
「早く入れよ」
跡部が眉を顰めて威嚇するように言ってきたので、オレはドアをばたんと閉めて中に入った。
「………で、なんか用なの、跡部クン?」
跡部と違って上機嫌な忍足にソファを勧められ、座ってオレは跡部に尋ねた。
「テニスの事?」
「……あぁ? オレがなんでテニスの事なんかでテメェを呼ぶかよ」
跡部が向かいのソファに足を組んで座って、吐き捨てるように言う。
「………じゃ、なに?」
「なにって、テメェを呼ぶのは、ナニの時だろ?」
「………………」
跡部の言ってることが、よく分からなかった。
いや、言っている内容は分かるんだけど、どうしてそういう事を、わざわざ氷帝の部室で、しかも他人のいる前で言ってくるのかが分からなかったのだ。
オレが不審そうな顔をしたのが分かったのか、跡部がにやっとした。
「なぁ、千石、テメェに頼みがあるんだ。テメェのこと、コイツにヤらせてやってくれよ?」
こいつ、といって顎で指し示したのは、忍足だった。
呆気に取られて忍足を見ると、忍足が手の平を上に向けてひらひらさせながら、肩を竦めた。
「なんや、跡部がなぁ……」
オレがびっくりしているので、跡部の代わりに説明しようと言う気になったらしく、忍足がオレに話しかけてきた。
「跡部が、アンタの事、えらい褒めるんや。感度が良くて最高やってな。俺が、男がそない気持ちいいはずあらへんやろって言ったらちょい喧嘩になってな。跡部があんまり頑固に言い張るんで、それやったらオレにも味見させてみぃ、って言ったんや。そうしたら跡部のヤツ、アンタを呼び出す言うてな。そんでアンタにわざわざ来てもらったってわけや………」
「……………」
どう返答していいか困惑して、オレはへらへら笑ってしまった。
だって、…………どう言ったらいいのかな、こういう時。
-----つまり。
どうして、そんな話になったのか知らないけど、セックス関係の自慢話でもしてたんだろうな。
そこで、跡部はオレのこと、褒めてくれたわけだ。
…………褒めてくれたってのは、喜んでいいのかな?
で、この忍足クンが反論して、跡部は引き下がらなくて、オレが呼ばれたってわけね?
……………。
…………………で、オレ、どうするの?
「どうや、俺とする気あるか?」
あるかって言われても、………どうしたらいいのか分からない。
あんまり展開が急なので、オレもびっくりして思考が働かなかった。
だって、オレ、跡部クンとだってこの間一回したきりなのに。
なのに、その跡部クンとじゃなくて、全然知らない忍足クンと?
しかも、自分からしたくってって言うんじゃなくて、ちょっと無理矢理っぽくないか、このシチュエーション。
やられるために、わざわざ一生懸命山吹中からここまで急いでやってきたっていうわけ?
オレって、…………バカ?
呆れて顔がひきつったのが分かったのか、跡部が綺麗な瞳を眇めてオレを睨んできた。
「千石、テメェ、誰とでもほいほいヤれるんだろ? だったら忍足とだって構わねえよな?」
そりゃ誰とでも確かにほいほいやってるけどさ…………。
「なんだよ、やなのかよ?」
オレが渋面を作ったのを見て、跡部が低い声で脅すように言ってきた。
「おい跡部、無理強いはあかんで、無理強いは。俺かて嫌がるやつを抱くのは嫌やしな。……ま、でも、この千石君、そんな事しそうな人には見えんなァ。………千石君、跡部なんか相手にしない方が身のためやで? こいつ、ロクでもないヤツやしなァ………跡部にだまされてるんちゃう?」
跡部の声もセクシーだけど、この忍足君の声も低くてよく通って腰に来る声だ。
オレはぼおっとして忍足を見た。
跡部に負けず劣らず、すごい整った(でも男っぽい)顔立ちと知的な雰囲気。
なんか、氷帝って、………テニスのレベルも、容姿のレベルも高いんだなぁ………。
思わず忍足に見とれていると、不意に忍足の顔が近付いてきて、気が付くとオレは、ソファの上で忍足にキスをされていた。
暴君跡部に振り回される千石君v