heartbreak 《2》
「ちょ、ちょっと………!」
いくらなんでも、これはまずくないか!
オレは慌てて忍足を押しのけようと腕に力を入れた。
同時に、顔を横に背けて、忍足の唇から逃れようとする。
------バタン。
と、その時部室のドアの音がして、音のした方を見ると、跡部がさっさと部屋を出て行くところだった。
「……跡部クン!!」
呼び止めようとしたけれど、跡部はオレの声なんか無視して、ドアをバタン、と閉めてしまった。
跡部君って………冷たいんだ。
そんな事は始めから分かっていたことだけれど、こうして目の当たりに跡部に冷たくされると堪えた。
オレの事なんて、別に、どうでもいいんだよね。
この間だって、考えてみれば、跡部に無理矢理ヤられたんだっけ。
オレなんて、ただの退屈しのぎなんだろうなぁ。
たまたま抱いてみたら具合が良かったから、その自慢がしたくて、オレを平気で他の男とやらせようとするんだもんな……。
------あ、やばい。
涙が出てきた。
やだな、こんな事ぐらいで、湿っぽくなるなんて………。
別に、どうでもいいじゃん。
オレだって、誰とでも平気でやるんだし。
跡部君を責められないよね。
「そない泣かんでもええやん? な、俺が優しくしたるさかい………アンタ、下の名前、なんて言うん?」
忍足がオレの髪を撫でながら、宥めるように囁いてきた。
「……キヨスミ……」
小さい声で返答すると、
「……へえ」
忍足が眼鏡の奥の黒い瞳を細めた。
「可愛ええ名前やな。……キヨってて呼んでええか?」
そう言いながら、忍足がオレの首筋に唇を押し付けてきた。
……忍足君も、相当遊び人だなぁ……。
跡部もそうとうだと思ったけど。
内心びっくりして、オレは忍足をまじまじと見た。
「……な、ええやろ?」
「あのさ、忍足君、……オレ、別に良くもなんともないと思うよ?」
忍足君が期待していると悪いと思って、オレはもごもごと言ってみた。
「ハハ、さっき跡部が言ったことか? あいつ、あれでも、そっち方面に関してはかなりの経験者やからな。あいつの言ったことは信用してるんや、俺……」
忍足がにっと笑う。
「それに跡部は滅多に人を褒めんからな。そんな跡部がべた褒めしたアンタや、さぞかしイイんやろうなァ……」
「そんな事ないって…………ぁッ!!」
忍足が不意にオレの股間を掴んできた。
ズボンの上から全体を握り込むと、強弱を付けて揉みしだいてくる。
「……や、だ………駄目だよ……」
とか言ってはみたものの、オレはどうでもいいかってな気持ちになっていた。
だって、跡部は出ていっちゃうし。
忍足には迫られてるし。
抵抗しても、忍足の方がオレよりずっと体格いいし。
-----勝ち目無いじゃん。
だったら、楽しんだほうがいい。
そう思ったら、オレの方から忍足の首に手を回していた。
忍足がにやにやした。
「アンタ、物わかりええな………ええ子や……」
いい子って、………そんな可愛い存在じゃないんですけどねぇ……。
忍足が唇を押し付けてきたので、オレは口を開いて忍足の舌を受け入れた。
微妙に上顎の裏とか歯列とかをなぞりながら、忍足が舌を絡め合わせてくるのに応えて、口を窄めて吸い合う。
忍足もすっごく巧かった。
氷帝って、こういうヤツばっかなのかよ、もしかして。
深く長い口付けをしている間にも、忍足はオレのズボンのベルトを器用に片手で外し、直にオレのペニスを握り込んできた。
オレのは既に先端から先走りが滲んでいたから、そこをくちゅ、と親指の腹で擦られ、粘液を指で広げるように円を描いて愛撫される。
「ココ、もうこんなにして………アンタもたいがい男好きやな?」
唇が離れたとき、そう言って忍足に苦笑された。
オレはちょっとむかっときて、忍足のズボンに手を掛けた。
「忍足君も脱いでよ……」
「そうやな」
忍足が手際よくズボンを脱いでいる間に、オレは小さく溜め息を吐いて、自分もズボンを脱いだ。
だってさ、どうせやるんだから、お互い気持ちよく事を運んだ方がいいし。
ついでにオレは床に転がっていた自分のバッグから、いつものジェルとコンドームを取り出した。
「はい、これ……」
「へぇ、跡部の言う通りやな。いっつも用意してるんだって?」
「………まぁ、ね……」
肩を竦めてそう言って、オレはシャツをはだけた忍足の胸に唇を付けた。
小さな桃色の突起を口に含んで、歯でちょっと噛んだり、舌で舐ったりして、忍足の反応を見る。
忍足は、目を閉じて感覚を楽しんでるようだった。
下半身も既に腹に付くほど勃ち上がっていたので、オレはその忍足のペニスに自分のソレを擦り合わせた。
微妙に腰を動かしながら、ペニス同士を擦り合わせていると、忍足が不意にオレをソファに押し倒してきた。
「アンタ、やっぱり巧いわ……」
そりゃあね、まぁ、経験はたくさんありますが………。
でも、褒められるほど巧くないと思う。
だって男だし。
やっぱり柔らかな女の子とセックスした方が、気持ちいいんじゃないかな?
どうせオレなんてさ、跡部にうまくのせられて、のこのこヤられに来るようなヤツだし。
「キヨ………」
忍足が急にオレの名前を耳元で囁いてきたので、オレはびくっとした。
なんというか、ぞくぞくした。
耳から電流が爪先まで流れたような感じ。
身体がふわっと熱くなって、じんじんする。
「………う……」
ぬるり、と冷たいジェルが、オレのアナルに塗り込められてきた。
忍足の長い指がオレの中まで入ってきて、内壁を擦りながらジェルを馴染ませてくる。
「アンタの中、すっごい熱いで………それにすごい締め付けや………具合、ええようやな……」
忍足のテノールの美声に、全身が総毛だった。
-------やだな。
すっかり興奮してる。
オレってこうだから、誰とでもやるとか思われるし、実際そうなんだよね。
「行くで?」
忍足が確認するかのようにそう囁いて、次の瞬間、オレの脚をぐっと持ち上げてきた。
「……はッッ!」
容赦なく、忍足の硬い楔がオレの内部に打ち込まれる。
電撃がそこから脳天まで走り抜け、オレは背中を仰け反らせた。
熱くて、気持ちいい。
忍足が入ってる所が、トロトロに溶けていく。
もっと、奥まで突いて欲しい。
オレの中の中まで。
「キヨ………」
忍足の声に、更に身体が燃える。
「あ………あっあっ……忍足くんッッ…!」
思わず甘えるように呼んでしまって、忍足にくすっと笑われた。
「感度ええのな、キヨ……可愛ええよ……」
もう、どうでもいいや。
だって、気持ちいいし。
とにかく、今は目の前の快感に没頭したい。
オレは忍足の背中に手を回して、彼の動きに合わせて腰を振った。終わった後も、忍足は優しかった。
オレの身体を優しく抱いて、タオルで拭いてくれて、後始末もしてくれた。
こんな風に優しいのって、モテる要因なんだよな。
オレだって、女の子相手の時はすっごく優しくするし。
女の子は、特に終わった後のフォローが大切なんだ。
さっさと離れて服着たりしたら最低なんだよね。
オレがそんな事を考えながらぼけっと忍足を見ていると、忍足がにっと笑った。
「なぁ、オレと付き合わへん?」
「……えっ?」
部室の端に設置してある冷蔵庫から、ペットボトルを取り出してオレに差し出してきながら、そう言ってきたので、オレは一瞬呆気に取られた。
「ほら、これ、やるわ」
「あ、ありがと………」
ペットボトルをもらって口を付ける。
冷たいスポーツ飲料が喉に心地よかった。
「俺なぁ、アンタの事気に入ったわ。もしアンタさえ良ければ付き合ってほしいんやけど……」
そう言って、さりげなくオレの肩を抱いてきた。
「で、でも、オレ、男だし……」
「別に男同士でもかまわへんやろ? そういうの、気にするんか、アンタ?」
唇にちゅ、と口づけられ、オレは身体を強張らせた。
「跡部と付き合うてるわけやないんやろ?……どうや、俺のこと、好きになってくれへんか?」
「す、好きって………」「おい忍足、なに寝言言ってんだよ!」
その時、突然後ろから声がして、オレはびくっと振り向いた。
何時の間に部室に戻ってきたんだろうか、跡部が腕を組んで仁王立ちしていた。
「あれ、跡部やないか? もう帰ったかと思うたわ」
「あのな、忍足、そいつはオレんだ。オレの物置いてオレが帰るかよ! 千石、ほら、こっち来い!」
ぐい、と手を引っ張られて、オレは思わず蹌踉めいた。
ソファから落ちそうになったところを、跡部に引きずられるようにして立ち上がる。
「……跡部クン?」
「忍足、言っとくが、こいつはオレのもんだ。貸してやるのはいいが、テメェにやるつもりはねえよ!」
あの〜、オレって、そういう貸し借りできる対象だったりするわけ?
しかも、いつの間にか跡部君の所有物になってるし?
(……困ったな……)
どうしたらいいか分からなくて困惑していると、忍足がソファから立ち上がってにやにや笑ってきた。
「なんや、俺に取られそうになったんで、焦っとるんやな、跡部。あのな、千石君は誰の物でもあらへんで? おまえも抱いたんだろうが、俺も抱いたしな。立場は同じや。俺は真面目に千石君と付き合いたいんや。おまえみたいに遊びやないで?」
「おい、オレのどこが遊びだよ!」
「遊びやないんか?」
忍足が意外だというような顔をした。
オレもちょっとドキドキして、跡部と忍足のやりとりを見ていた。
「とにかく、千石はオレんだ。抱きたけりゃ、オレの許可を得ろ! 来い、千石! 忍足、テメェはさっさと帰れ」
突然力一杯引っ張られて、バランスを失ってオレは跡部に抱きついた。
「あ、跡部君………」
「あーあ、困ったもんやな、跡部にも。……ほな今日は帰るわ。あ、キヨ、またな?」
忍足がやれやれと言った感じで服を着て、テニスバッグを肩に掛けて立ち上がると、にっと笑い掛けてきた。
「う、うん、さよなら………」
忍足が部室を出ていくのを、オレはポカンと見送っていた。
なんだかんだ言ってエッチ好きで節操ないキヨ(汗)