sweet kiss 
《1》













締め切った厚いカーテンの隙間から、透明な朝の光が、長い筋になって射し込んでくる。
重い瞼を上げて身体を起こすと、筋肉が軋み、身体の中心が鈍く痛んだ。
全身が熱っぽく、視界が僅かに揺れる。
起きようと、ベッドで重い上半身を起こす。
しかし、身体の痛みに我慢できず、跡部は溜め息を吐いて上半身を戻した。
しどけなく息を吐きながら、枕に顔を埋める。
昨日あれから、痛む身体を叱咤して、何とか夕食を取り、入浴し、忍足の匂いを全て消してベッドに入った。
あのくらいの事で、自分がどうにかなる訳などない。
忘れてしまえばいいのだ。
そう思って無理矢理寝たのだが、起きてみると、身体中が痛かった。
昨日忍足に蹂躙された箇所が、特に重く痛む。
今日は土曜日で、学校はない。
部活はあるが、正レギュラーと一般の部員の練習は全く別個に行われており、正レギュラーは練習においても自由が利き、はっきり言って、出なくても処罰がない。
完全な自己責任制である。
今日は、部活を休むしかないな。
跡部はベッドの中でそう考えた。















跡部の家は、父親が外資系企業の重役で、1年のうちの半分は海外に滞在している。
その関係上、母親も頻繁に海外に行っており、家には跡部しか住んでいないと言っても過言ではなかった。
兄が一人いるが、現在アメリカの大学に留学中で、数年前から一緒に住んでいない。
両親の代わりに跡部の身の回りの世話をしているのは、村山という50代の家政婦だった。
その他、跡部家には、24時間体制で警備員が交代で常駐している。
村山は跡部が小学生の頃からずっと勤務していて、跡部は彼女に一番心を許していた。
家政婦は村山の他にももう一人勤務していたが、そっちはちょくちょく交代している。
跡部にとって、村山はいわば母代わりだった。
村山は、その日も朝8時に跡部家にやってきた。
ベッドで俯せになったままじっと怠い身体を持て余しているところに、コツコツ、と部屋の外のノッカーを叩く音がして、
「おはようございます。ぼっちゃま、いらっしゃるんですか?」
と村山が挨拶をして入ってきた。
部屋のカーテンが締め切ったままで暗いのに戸惑った様子で、カーテンを開けて、振り返ったところに、跡部が俯せで寝ているのを見付けたらしい。
「あら、どうなさったんですか?」
村山が跡部に側に近寄ってきた。
「ぼっちゃま、お身体の調子でも悪いんですか?」
ひんやりとした手に額を撫でられて、跡部は小さく頷いた。
「ほんと、熱があるみたいですね。学校はどうしますか? お休みしますか?」
「……うん……」
村山が心の底から心配してくれているのが、今の跡部には一番嬉しかった。
村山はにこっとして、
「食欲ありますか? 何か食べないと身体に悪いですね。お粥を作るので、ちょっと待っていて下さいね」
そう言って出ていった。
跡部は、基本的に、自分の事は自分でけりを付けるタイプで、他人に頼るのは嫌いだ。
が、唯一、家政婦の村山だけは例外で、彼女の前では年相応の少年になった。
村山が持ってきてくれたお粥をベッドで食べながら、村山に冷たいタオルで顔や汗ばんだ身体を拭いてもらい、湿ったシャツを着替えると、やっと人心地ついた気がした。
熱を計ると、7度5分ほどあったらしく、村山が解熱剤を持ってきた。
それを水とともに飲む。
「じゃあ、少し休みましょうね」
とあやすように言われて、跡部はそのまま目を閉じた。
身体の中心の鈍痛は消えなかったが、さすがにそれを村山に言うわけにはいかない。
薬には眠気を催す成分が含まれていたのか、跡部は暫くすると、穏やかな眠りに落ちていった。















次に跡部が目を覚ましたのは、昼過ぎだった。
何か耳元で話し声が聞こえ、誰かと誰かがしゃべっているらしい。
「今日は熱があったので、ずっと寝ているんですよ」
村山が誰かに話をしている。
跡部は、ぼんやりと重い瞼を上げた。
「じゃあ、ごゆっくり」
部屋のドアが開いて、割烹着姿の村山が部屋から出ていくのをぼぉっと見ていると、
「どうや? 気分は?」
頭上から、声が降ってきた。
聞き覚えのある関西弁。
ぎょっとして上を向くと、自分の顔を覗き込むようにして、忍足が唇の端を少し上げて笑っていた。
「あんたが部活休んでるっちゅうから、びっくりして来てみたんやで? 身体、痛むんか?」
まさか忍足が来るとは予想もしていなかっただけに、驚いたまま彼を見ると、忍足が眼鏡の奥の三白眼を細めて、跡部の髪に手を触れてきた。
「部活休むほど酷うした記憶はないんやけどな、悪かったな。あんた、バージンやったのにな」
かっと頬が熱くなって、跡部は忍足から視線を逸らした。
「熱はもう下がったようやな、どうや、こっちとか痛いんか?」
不意に忍足の右手がブランケットの中に潜り込んできて、尻を撫で上げてきたので、跡部は身体を硬直させた。
俯せになって寝ていたので、尻を上にしていた。
そこを忍足が微妙に撫でてくる。
「……なにすんだよ!」
と、掠れた声で言いながら、身体を捩って逃れようとすると、鈍い痛みが腰全体に響いて、跡部は思わず唇を噛み締めて呻いた。
「なんや、結構痛そうやな?」
忍足が、真顔になって跡部を覗き込んできた。
「こりゃ悪いことしたわ。オレ薬持ってきたんや、座薬なんやけどな。ちょっと我慢してや?」
「………よせっ!」
ブランケットをはねのけて、忍足が手早く跡部のパジャマ代わりのハーフパンツを降ろしてきたので、跡部は慌てた。
が、忍足の動作の方が跡部よりも数倍早かった。
「こんなトコ、家政婦はんにも言えんやろ。よう見せてみい?」
ぐい、と脚を広げさせられて、跡部はぎょっとした。
しかし、忍足は自分がそういう事をするのは当然と言わんばかりの横柄な態度で、跡部の肛門を眺めてきた。
跡部のそこは、少し赤く腫れて、ひくひくと蠢いていた。
それを見て忍足が、顔を綻ばせる。
「傷はないようやな。でもちょっと腫れとるわ」
プチン、とパッケージから座薬を取り出すと、忍足はそれを跡部の肛門に差し込んだ。
「ぅ………!」
座薬程度の大きさでは痛みは感じなかったが、それでも敏感になっている部分は衝撃を伝えてきた。
枕に顔を埋めてその衝撃に耐えていると、それ以上ちょっかいを出すつもりはないらしく、忍足が脱がせたハーフパンツを元通りにしてきた。
「俯せになっとったほうがええな。これで痛みは無くなると思うで?」
あやすように頭を撫でられて、むっとして忍足を睨みながら見上げると、忍足は涼しげな顔をして、ベッドの側の椅子に腰掛けて、村山が出したらしい紅茶を飲みながら、ケーキを食べ始めた。
「あんたの分もあるで。食べるか?」
イタリア製の小さなテーブルの上に、紅茶とケーキがもう一人分載っていた。
甘い物はあまり好まない跡部だが、その時は朝粥しか食べていなかったせいか、無性にそれが食べたくなった。
跡部が起きあがろうとしているのを見て、忍足がにっと笑って、テーブルごと紅茶とケーキを持ってきた。
親切な忍足というのも気味が悪い。
忍足をちらちらと伺いながら、跡部は上半身を起こしてケーキを食べ始めた。
「なんや、警戒しとるな。そんなに俺のこと怖いんか?」
「別に……怖かねえよ」
怖いかと言われて、むっとして吐き捨てるように小さな声で言うと、忍足がくすっと笑った。
「元気出てきたようやな。安心したわ。俺が来たときなんか、ぐったりして寝とるから、ほんま心配したで? あんたはつんと上向いて偉そうにしてるのが一番似合うからな」
「なんだよ、それ?」
「しおらしいあんたは似合わんということや。ま、でも俺の前では可愛くしてくれてた方が嬉しいけどな」
「おまえ、部活どうしてきたんだよ?」
「俺か? ちょっと用がある言うて抜けてきたわ」
「そんな勝手なことして」
「大丈夫や、入ったばかりでも正レギュラーやからな、そのくらいの我が儘はきくわ」
確かに、正レギュラーはかなり自由がある。
「あ、監督はんには昨日の事、あんたも認めてくれたと報告しといたから。跡部に通用するんなら大丈夫やろ、って監督はんも言ってくれたで。あんた、えらい監督はんに信用されとるな。ヤけるわ。やっぱり監督はんと何かあるんやないかと思ってしまうで?」
「なんにもねえよ………だいたい、おまえ以外にそんな事考えるようなやついねえよ」
跡部は溜め息を吐いた。
「ほうか? あんた、結構自分の魅力気付いとらんなァ」
ケーキのトップに飾ってある果物を口に入れながら、忍足がにっと笑った。
「結構みんな、あんたとやりたがってるんやで?」
「……やるってなんだよ?」
「勿論、ほんまにやるのは怖くてでけへんみたいやけどな。まぁ、言ってみればオナペットっちゅうとこかいな?」
忍足がにやにや笑いながら言う。
「気持ち悪ぃ事言ってんじゃねえ」
忍足の言うことは、どこまで本当なのか分からない。
もしかしたら本当にそういう風に思われているのかも知れないし、全くの出任せの嘘かも知れない。
「まァ、でもあんたはもう俺のもんやからな。他のヤツなんかには触らせんよ」
「だれがおまえのもんだよ!」
忍足の図々しい物言いに、跡部は本当に腹が立ってきた。
「だいたいおまえ、何の用で来たんだ?」
「それはあんたが心配でなァ」
「オレはもう大丈夫だから、帰れ」
そう言いながら忍足を睨む。
忍足が肩を竦めて苦笑した。
「やっといつもの調子が戻ってきたようやな、やっぱりそうじゃないとなァ、景吾?」
「名前で呼ぶなっつったろ!」
「ええやないか、あんたと俺の仲やろ?」
「だから、その仲っていうのをやめろ。おまえとはなんでもねえよ!」
「そうか? 昨日は結構感じてたやんか、あんた?」
忍足がくすっと笑った。
からかわれている。
跡部は俯いて唇を噛んだ。
「とにかく、オレはなんともねえから、もう帰れよ!」
そう言って、忍足を追い出そうとして、カップをテーブルに置き、忍足の肩を押す。
すると忍足が、伸ばされた跡部の腕を反対に引き寄せるようにして、跡部の背中に腕を回してきた。
「……忍足っ!」


















なんとなくラブラブv