正しいペットの飼い方 《1》
「ねぇ、宍戸さん、お願いです。一度でいいから、宍戸さんのほうから誘って下さいよ!」
長太郎が大きな図体を折り曲げて、俺の顔を覗き込むようにして頼んできたとき、俺はすっごく嫌な予感がした。
たいてい、俺の予感ってのは当たるんだ。
それも長太郎に関しては、特に。
「なんで俺がそんな事しなきゃならねーんだよ」
顔を顰めてそう言うと、長太郎は案の定、泣きそうな顔をした。
こいつは、泣けば俺が言うこと聞くと思ってる。
全く、でかい図体してろくでもねえ。
俺はふん、と長太郎から視線を逸らしてそっぽ向いた。
「だって、宍戸さん……いっつも冷たいんだもん……」
長太郎がしおしおと項垂れて、悲しげに言ってきた。
………あのな、そんな顔すれば、俺が折れると思ってんだろ、長太郎?
もう、おまえの言うことは聞かねえぜ。
ろくなことねえからな。
一回でいいから、やらせて下さい、とか。
一回でいいから、バック試させて下さい、とか。
本当、こいつの頭ん中セックスのことしかねえのかよ。
しかもいっつも一回でいいからとか言うくせに、俺が折れてやらせてやると、それから有無を言わさずやってくる。
一回だけだったんじゃねえのかよ、とか抗議しても、えへへとか笑って誤魔化してくる。
もうダマされねえよ。
俺はふんとそっぽ向いたまま、さっさとテニスバッグを担いで歩き出した。俺達は部活が終わって、部室で着替えているところだった。
長太郎がなんやかやと話しかけてきて、俺は話半分に聞いてやっていた。
なんでも、長太郎の友達の話で、いっつもそっけない彼女が珍しく濃厚に誘ってきてくれて、ものすごく良かったんだとかなんとか。
まぁ、ろくでもねぇ話を鼻膨らませて嬉しそうにしやがって、挙げ句の果てに、俺から誘えと言ってきた。
だいたい、なんで俺がおまえとセックスなんかする事になったんだ。
いくら考えても、納得いかねえ。
確かに、長太郎は俺の恩人だし、俺を凄く慕ってくれてるし、俺だって長太郎のことは好きだ。
しかし、だからといって、なんで-------!
確かきっかけは、やっぱり今みたいに、長太郎が一回だけでいいからって、もう土下座せんばかりに頼んできたんだ。
あまりにも哀れだったから、俺は一回だけならいいかって気になっちまった。
…………あれは痛かった。
男同士がどうやるか知らない訳じゃなかったけど、あんなに痛いとはさすがに思ってなかった。
もうやめてくれって俺は泣いて頼んだのに、長太郎のヤツは、ああいう時だけ俺の言うことを全くきかねえ。
鼻息も荒く、俺に思い切り突っ込んできやがった。
マジ死ぬかと思った。
もう、二度とこんな事やらねえって思った。
それなのに、なぜかあれから、………俺と長太郎は頻繁にセックスしている。
勿論、俺からやろうなんて言わねえ。
いっつも長太郎に何回もお願いされて、泣きそうになられて、しょうがねえかって俺が折れちまうんだ。
なんで、俺、長太郎に甘いんだろう。
まぁ、最初よりかは随分痛くなくなって、結構気持ちも良くなってきたけど。
でも、男に押し倒されてるなんて、なさけねえ。
考えると、恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。
あんまり考えねえようにしているが。
俺だって長太郎の事は好きだし、いっつも世話になってるから、まぁ、感謝のつもりだったんだ。
それをこいつったら、だんだん態度がでかくなってきやがって、とうとう、『俺から誘え』だ?
何ふざけた事言ってんだよ!
誰がそんな事するかよ!-----と、思ったのに。
……俺って………とことん甘いのかな。
長太郎が大きな目に涙をいっぱい溜めて、うるうるしながら何度も何度も身体を折り曲げて頼んできた。
帰り道の間、ずっと長太郎は泣きっぱなしだった。
悲しそうに俺を見て、溜め息を吐いて、小さな声で、「お願いします」と言ってくる。
いつもの分かれ道でも帰らないで、俺に付いてきた。
俺が、帰れよ、と言っても、俯いてしゅんとしているだけで、俺が歩き出すと、後ろから付いてくる。
こういうのに、弱いんだ。俺。昔、捨犬を見付けて、可愛いから飼いたいなって思って、でもうちはその頃ペット禁止のマンションだったから、親に駄目だって言われた。
餌を上げたからか、犬はずっと俺の後を付いてきた。
俺が振り返ると、立ち止まって、悲しげな目で俺を見つめてきた。
俺が歩き出すと、そっと後ろから付いてくる。
マンションの入り口まで、犬は付いてきた。
俺が中に入っていくのを、犬は最後まで悲しげな目で見ていた。
俺は走って中に入って、部屋の中で大声で泣いた。
あの犬は、どうしたろう。
1時間ぐらい泣いて、誰か借り主を捜すまで、ペット禁止でもかまわない、俺の部屋で飼ってやるんだって決めて外に出たとき、犬はもうどこにもいなかった。
走り回って探して、犬が捨てられていた所まで戻ってみたけれど、どこにもいなかった。
きっと、優しい人に拾われたんだ。
そう無理に思いこんで忘れようとしたけれど、俺には、最後に見た犬の大きな目がいつまでも忘れられなかった。
それから、ああいう目に弱い。
そっと付いてこられるのにも、弱い。
もう、俺で出来ることならなんでもしてやりたくなっちまう。だから、この時も、俺は折れちまった。
「分かったよ、長太郎………」
振り返って、びくっと立ち止まった長太郎にそう言ったら、長太郎はぱっと顔を輝かせた。
「えっ、じゃ、じゃあっ、いいんですか、宍戸さん!」
なんて嬉しそうな顔するんだろう。
あの時の犬も、俺が抱いて家に入れてやったら、こういう顔したのかな。
俺って甘いよな………。
俺は苦笑して、長太郎を手招きした。
長太郎は、走り寄ってきて、俺をがしっと抱き締めてきた。
「宍戸さん、ありがとうございます!」
…………まぁ、こんなに嬉しそうな顔されるんじゃ、いいか。
俺はその時は本当にそう思った。
認識のとことん甘い宍戸(バカ)