謔浪
-gyakurou- 《2》















「手塚〜、今日オレんち来ない?」
部活の後、菊丸は、部室で着替えをしている手塚に近寄ってこっそり囁いた。
「………?」
シャツのボタンを留めていた手塚が、その手を止めて、いぶかしげに菊丸を見つめてくる。
「あのね、勉強会しようって大石と約束してさ。もうすぐ模試じゃん?……でさ、オレと大石じゃあ、分かんない問題とかあるから、手塚も一緒に勉強してもらえたらな〜って思ったんだけど…………どうかにゃ?」
話のうち、半分は本当だった。
確かに、大石と一緒に勉強しようと言うことになっていた。
菊丸の家で。
ところが、大石が急に用事が入ってしまって、勉強会はお流れになってしまった。
明日は休日で、夜遅くまで起きていられる上に、菊丸の家は家族旅行をしていて、実は菊丸以外は誰もいない。
だから菊丸は、大石と勉強会という名目で、夜遅くまでゲームでもして遊ぼうとか思っていたのだ。
それが断られて、面白くなかった。
機嫌が悪くなってふくれていたところに、ちょうど手塚が部室に入ってきたのだ。
そうだ、手塚を呼ぼう。
手塚を見た瞬間、そういう考えが浮かんだ。
大石を餌にすれば、絶対手塚は誘いに乗ってくる。
別に、手塚をがっかりさせようとか意地悪をしようとか、そんな事は思っていなかった。
ただ、自分の面白くない気持ちを、手塚で紛らわせよう。
大石が来なくてがっかりした自分と同じ気持ちを、手塚にも味わわせてやれ。
そう思っていた部分があった。
意地の悪い思いが浮かんでいたことは否定できない。
「……どうかにゃ?」
重ねて聞くと、案の定、手塚は少し躊躇して、それから恥ずかしげに頷いた。
(やっぱりね………大石が来るとなれば、絶対手塚も来るよね……)
手塚が、取り澄ました顔に似合わず頬をほんのり染めているのがおかしかった。
「じゃあ、一緒に帰ろう?」
そう言って菊丸は手塚に笑いかけた。















「……失礼します……」
バスに乗って、菊丸の家に着くと、手塚は礼儀正しく挨拶をして中に入った。
「あ、誰もいないから、別に挨拶なんてしなくていいよ?」
「……ご家族の方は、出かけているのか?」
(ご家族だってさ、相変わらず固いね〜)
「うん、今日はみんな旅行行ってるんだ」
「そうか……」
「あ、上がってよ。大石もそのうち来ると思うからさ……」
そう言って菊丸は、手塚を自分の部屋へ案内した。
菊丸の部屋は、二階の東に面した広い部屋だった。
もっとも、兄と共有なので、広いと言っても一人で使う空間は限られている。
しかし今日は兄がいないため、菊丸は兄の私物を退かして手塚を招き入れた。
手塚は、菊丸の部屋に入るのは初めてである。
興味深そうに、本棚やテレビ、それから床に散らばった雑誌などを眺めている。
「汚なくてごめんね?」
そう言いながら菊丸は、勉強道具をテーブルの上に広げた。
冬には炬燵にもなる、兼用のテーブルである。
クッションを勧めると、手塚が姿勢正しく座った。
「……菊丸は、どこが分からないんだ?」
どうやら、本当に勉強をするらしい。
真面目に教科書や参考書を広げながら質問してくる手塚に、菊丸は苦笑した。
「ちょっと待ってて……大石に連絡してくる」
大石という言葉に、手塚がぴくっと反応する。
(よっぽど好きなんだな〜?)
反応した後、慌てたように参考書に向かう姿を見て、菊丸はくすっと笑った。
(バレバレだよね……)
当の本人はそう思っていないところがおかしい。
一旦部屋を出て、電話をした振りをして、それから菊丸はまた部屋に戻った。
「大石さ〜、急に来れなくなっちゃったんだって……残念!」
「……………」
参考書を追っていた手塚の目がぴたり、と止まる。
「がっかりでしょ、手塚。大石が来るっていうんで、喜んでたもんね〜?」
手塚の側に腰を下ろして、手塚を覗き込むようにしながら言うと、手塚が俯いた。
「別に…………」
(………ウソウソ!)
予想通りの反応に笑いがこみ上げてくる。
ごろっと仰向けに転がって、菊丸は手塚を下から見上げた。
手塚が微かに強張った表情をしていた。
「ねえ、手塚………?」
いつもの取り澄ましたような表情を保とうとしているのが分かって、菊丸は笑いたくなった。
-------ふうん、そうか。
知られるの、そんなにいやなんだ?
「手塚ってさ、大石のこと好きじゃん? だから、がっかりしたでしょ?」
「……おまえだって、好きだろ?」
-----へぇ、否定はしないんだ。
ごろり、と転がって顔を上げて、菊丸は手塚を覗き込んだ。
「オレの好きはさ、お友達としての好き。……でもさ、手塚は違うじゃん?……大石のこと、愛しちゃってるじゃん?」
手塚が目に見えて動揺した。
愕然とした目つきで菊丸を見てくる。
「オレが知らないと思ってた? あんな熱い目で大石を見てたんじゃ、ばれるよ?」
くすくすと笑いながら手塚を見ると、手塚がかっと赤面した。
「しっかし、びっくりだよね〜。手塚にそういう趣味があったとはさっ」
手塚が表情を凍り付かせて顔を背ける。
傷付いた様子に菊丸は頬が緩んだ。
------なんて、純情なんだろう。
そんなに無防備で、よく今までやってこれたよね。
「でもさ、いくら想っても、無駄だよね、手塚。……大石ってノーマルじゃん?……それに大石、好きな女の子いるんだよね」
好きな子云々は嘘だった。
しかし、明らかに手塚はショックを受けたようだった。
呆然とした目で、菊丸を見てくる。
菊丸は起きあがって、手塚に囁いた。
「あれえ、知らないの? オレね、いろいろと相談受けてるんだ。ほら、オレ達仲いいじゃん?……ま、好きな女の子には、今のところ大石の片思いみたいだけどね? ねえ、手塚のことも、言ってあげようか? 大石、気付いて無いみたいだしさ?」
「……やめてくれ!」
参考書がばさっとテーブルから落ちた。
手塚がこんなに取り乱したところを見るのは、初めてのような気がした。
大石以外のことなら、どんな事でも冷静に対処するのに。
(よっぽど大石のことが好きなんだにゃ………)
眉根を寄せて、睨むように自分を見据えてくる手塚の顔が、綺麗だった。
白晰の美貌に狼狽の色が浮かんで、それが一層菊丸をそそった。
「ふーん、そうなんだ?」
菊丸は鼻で笑って手塚の手を取った。
手塚がびくっと身体を震わせる。
「ねえ、ずうっと片思いしてるの、辛くない?」
「………おまえには関係ない……」
なるほど、関係ないと来たか。
面白くなかった。
この件に関して主導権を握っているのは自分だ。
「言っとくけど、大石と一番仲いいの、オレだよ? いいの、オレにそんな口聞いて?」
脅すように言うと、手塚が狼狽したように菊丸を見てきた。
「あのさ、オレのこと、怒らせない方がいいんじゃない? 大石とこれからも仲良く部長、副部長でいたかったらさ?」
「…………」
「……でしょ? 大石、オレの言うことならなんでも信用するんだよ? オレが手塚のこと言ったらどうなると思う?………いいの?」
「菊丸…………」
手塚がどうしたらいいのか分からない、というように困惑した声を出してきた。
-------イイ感じ。
手塚ったら慌ててるよ。
菊丸の心の中にどす黒い喜びが湧き上がってきた。
手塚を困らせるのは面白かった。
狼狽した手塚を見るのも面白かった。
---------それから………。
「ねえ………オレに黙ってて欲しかったらさ………」
菊丸は手塚の耳元に囁いた。
「オレに、手塚を抱かせてよ………いいだろ? 手塚だって、大石のこと想ってたまってるんだろう? オレのこと、大石だと思ってもいいからさ?」
「……よせ………」
手塚が信じられないというように身体を強張らせる。
「抵抗すると、大石に言うよ……?」
駄目押しのように威嚇すると、手塚がくっと拳を握りしめた。
「……いいよね〜?」
こんなに事がうまく運ぶとは思わなかった。
大石を出しにすれば、手塚を好きなようにできるだろうとは思ったけれど。
------でも、すっごい簡単。
手塚ったら、オレなんかにやられちゃっても、いいわけ?
「じゃあ、商談成立!」
菊丸は笑いながら、手塚をベッドの上に押し倒した。



















性格悪い攻めって楽しいですね〜v