誕生日 《1》
「宍戸さん、もうすぐお誕生日ですよね?」
9月のよく晴れた日の午後、俺が放課後の教室でぼんやりと佇んでいるところに、長太郎がやってきた。
俺は、その日は週番で、学級日誌の記入をするため一人残っているところだった。
そこにドアをがらりと開けて入ってきて開口一番、長太郎がそんな事を言ってきたので、俺はそう言えば、俺の誕生日もうすぐだったっけ、とそこで初めて思い出した。
実は俺、自分の誕生日を忘れていたんだ。
俺の家では誕生日だからと言って、特にお祝いをするわけでもなし、ただたんたんと日々が過ぎていく、イベントには無関心な家庭だったので、俺は誕生日やクリスマスなどにあまり関心のない人間に育っていた。
「おまえ、どうして知ってんだ?」
俺が忘れていたのに、俺の誕生日のことなど一度もしゃべったことがない長太郎が知っていたので、俺は疑問に思った。
「やだな、部の自己紹介の本に載ってたじゃないですか」
長太郎がにこにこして言ってくる。
「ああ、あれか………」
そう言えば、新入部員が入ってくると、いつも部員全員のプロフィールを編集した雑誌が出るんだった。
あれには確かに誕生日やら所属やら趣味やら、こまごましたことが書いてある。
「もしかして、あれ、……おまえ、全員覚えてるのか?」
俺なんて、自分のさえ覚えてないのによぉ………。
俺はちょっと感心して長太郎に言った。
「まさか、そんなに覚えてませんよ。宍戸さんのだけです」
長太郎が熱っぽい口調で言ってきたので、俺はどきどきして、思わず視線を逸らした。
「ねえ、宍戸さん、……誕生日、俺が祝っていいですか?」
「……い、いいけどよ、……なにすんだ?」
「……宍戸さん、俺の家に泊まりに来て下さい。……いいでしょう? 俺……宍戸さんの誕生日に…………あなたが欲しい……」
心臓がきゅっと竦んだ。
俺は表情を強張らせて、長太郎を見上げた。長太郎と俺は、3ヶ月前から恋人だった。
ただの先輩後輩じゃなくて、一応恋人になってるらしいけれど、でもまだ俺は恥ずかしさが拭いきれない。
だって、………男同士だぜ。
それに、長太郎は格好いいし、女の子にモテモテだし、どうして俺みてえねむさい男なんか好きなのか、未だに分からねえ。
俺は………俺は正直、長太郎のこと好きなのかどうなのかって事は、よく分からなかった。
長太郎の方から一方的に告白されて、戸惑ったけど、長太郎の真剣さと一途さに感動して、じゃあ別にかまわねえよって承諾したのが始まりだ。
実は俺は、それまで誰とも付き合ったことがなかった。
女の子ともだ。
うまく他の子の機嫌を取るとか、気を使って話すとか、どうもそういう事が苦手な俺は、当然女の子ともうまくしゃべれねえ。
つっけんどんになったり、乱暴な言葉を言ったり。
そんなわけで女の子からは、実は見向きもされてない。
同じく言葉の悪い跡部なんかは、外見が派手だから、結構告られてはいるようだけど、でも跡部の方で相手にしてないらしい。
相手にされてないのと相手にしてないのとでは、すごい違いだよな。
まぁ、でも俺はテニスの事で頭の中が一杯だったから、別にそっちの方面の事はどうでもよかった。
それが、長太郎に告られて、思わず承諾した。
それから、なんだか調子が狂う。
俺は以前と同じで、別に他人に気を使ったり、長太郎の機嫌を取ったりなんてしない。
長太郎の方で俺に合わせてくれて、いろいろ気を使ってくれてる。
それが心地良くて、付き合うようになってからは、よく一緒にマックに行ったりストテニ場でテニスしたりしてたんだが。
やっぱり、付き合うってからには、それだけじゃ済まないらしい。
夏休みの終わりに、俺は長太郎からはっきり申し込まれた。
俺の身体が欲しいって。
それまで全然キスもしてなかったから、俺は驚いた。
長太郎は、そう言って俺にそっとキスしてきた。
初めてのキスだった。
俺にとってはファーストキス。
長太郎はどうか知らないけどな。
それは、すごく甘かった。
思わずうっとりしてしまって、俺は狼狽した。
自分が変わってしまいそうで、怖かった。
俺は、長太郎のこと、好きなんだろうか?
好きっていうのは、勿論………最終的には身体を繋ぐって事だ。
そんな事、…………できるんだろうか?
急に怖くなって、俺は適当にその場を誤魔化して、そのまま帰ってきてしまったんだが、その後もずっと胸がどきどきしていた。
長太郎が突然大人に見えて。
キスしてきた動作がやけに手慣れていて。
もしかしたら長太郎は、経験豊富なのかも知れない。
そう思うと、胸が切なくなった。
この間まで全然個人的に親しかった訳じゃないんだから、以前の長太郎がどういう人間だったか、俺は知らない。
知ってるのは、熱心にテニスをする後輩って事だけだった。
すごく俺を慕ってくれるから、俺も気軽に話しかけることができて、気を使わないで済むいい後輩。
そういう感じだったから、長太郎の他の面なんて知らなかった。
「長太郎…………」
家に戻って部屋の中でベッドに転がってそっと名前を呼ぶと、胸がまた痛んだ。
………俺、へんだ。
どうしよう………。そんな風に結構俺は思い悩んでいたのだが、その後2学期が始まってからは、長太郎は特に俺に何も要求してこなかった。
それで俺もほっとしたと同時に、拍子抜けした。
そこに、長太郎の誕生日発言だ。
「………ね、いいでしょう?」
長太郎が重ねて俺に尋ねてくる。
俺は-------どう返答していいか、分からなかった。
だってよ、………恋人同士なら、………女の子ならこんな時頬を染めて「はい」とか言うんだろうけどよ。
でも、俺は男だし、先輩だし、まさか頬染めて「はい」なんて、そんな恥ずかしいこと言えねえ。
それに、本当に、やっちまうのか?
俺はそれがまだ信じられなかった。
だって、男同士だぜ?
それに俺と長太郎だぜ?
俺なんて、ごつごつしてるし、全然柔らかくねえし、それに………やるって事は、裸になって、他人に見せたことのねえ恥ずかしいところとか、全部見せるんだろ?
いや、見せるどころか、そ、そこに長太郎のものを入れられるんだろ?
-------考えられねえ!
「じゃあ、いいですね、宍戸さん。……いやって言っても今回は俺、折れませんから!」
俺がひきつったのが分かったのか、長太郎が断固として言ってきた。
「俺たち付き合って3ヶ月です。もう、俺我慢の限界ですからね! いいですね!」
そう言って長太郎は、突然俺を抱き締めてきた。
「……ちょ、ちょたろっ!」
いくら誰もいないと言ってもここは教室。
いつ誰が入ってくるかも分からない。
狼狽してもがくと、長太郎は俺を更に抱き締めて、深いキスをしてきた。
「……ん………っ!」
熱い舌が入り込んできて、俺の中を這い回る。
舌と舌が絡み合って、俺はじーん、と眩暈がした。
身体がぽおっと熱くなって、なんか、蕩けるような感じ。
気持ち良くて、俺は…………いつの間にか長太郎にしがみついていた。「……宍戸さん、いいですね?」
もう一度聞かれたとき、俺は無意識のうちに頷いてしまっていた。
宍戸おめでとう企画。ドキドキ初体験モノ(笑)