忍足の災難−出会い篇− 
《1》












「うわぁっ、すんごい綺麗だね〜、忍足の髪の毛……」
忍足です、と自己紹介をして、席に座った途端、自分の髪の毛をぐい、と引っ張るようにして掴んできた前の席の男子学生に、忍足は面食らった。
「……そか?」
転校直後だと言うことで、忍足はかなり緊張していた。
その緊張を突き崩すような勢いで、忍足の前の席の生徒は二カッと笑いかけてくる。
「あ、俺、芥川慈郎。ジロって呼んでね! 俺、テニス部なんだ。忍足もテニス部でしょ? 跡部からいろいろ聞いてるから、みんな知ってるよ?」
「忍足や、……よろしゅう……」
にこにこして笑いかけてくるジローという生徒は、天然の細かいウェーブがかかった薄い茶色の髪に、人なつこい大きな目をしていた。
周りで、クラスメートが自分たちに注目しているのが分かって、忍足は顔を引き締めた。
最初が肝心やからな、真面目にやらんと………。
転校生というのは、結構大変なのだ。
クラスの雰囲気を把握して、そつなく振る舞わないと。
忍足は、父親の東京転勤に伴って、大阪から転校してきた。
関西弁は、関東では嫌われる原因ともなるし、何かと気を遣わなければと緊張しきっていたところに、ジローが話しかけてきてくれたのである。
「忍足ぃ、俺たち、友達な?」
しかし、ジローは緊張の欠片もなく、馴れ馴れしく話しかけてきた。
「あのな、俺と忍足、これから友達だからよろしく!」
急にジローがクラスメイトに向かって大きな声を出す。
クラスの女子がぷっと吹きだした。
「ジロー君、忍足君が困ってるじゃない?」
「ん? そう?……そんなことないよな、忍足!」
「あ、ああ……ども……」
「あのね、忍足君。ジロー君は遠慮とかしないからさ、ちゃんとなんでも言ったほうがいいよ? もう、ジロ君って、好き放題するからね?」
どうやらジローというこの生徒は、クラスの中でかなり人気者らしい。
一気にクラスの雰囲気が柔らかくなって、みんな忍足に笑いかけてきた。
……なんや、ジロー君のお陰で、助かったわ……。
転校につきものの疎外感というものを感じなくてすみそうで、忍足はほっとした。
その時は、ジロー君と同じクラスでよかった。
部活も同じだと言うし、安心や、とまで思ったのだったが。














「おいジロー、侑士独り占めすんなよ!」
「なんで? 俺、忍足と同じクラスで、席も前後ろだもんね!」
「あのな、俺は侑士とダブルス組んでんだよ!」
しかし、せっかく新しい環境にとけ込めた忍足には、新たな悩みが持ち上がっていた。
自分のどこを気に入ったのか知らないが、やたら自分に馴れ馴れしくべたついてくる人間が二人いる。
一人は勿論ジロー。
それからもう一人が、ダブルスを組む相手となった向日岳人だった。
向日岳人は、型で切り揃えた髪が愛らしい、どちらかというと可愛い感じの学生なのだが、性格は結構きつい。
そして、結構我が儘かもしれない。
とにかく、忍足は向日に一目で気に入られたらしくて、すぐに、
「ね、俺達ダブルスなんだしさ、お互い名前で呼ぼうぜ?」
と言われて、それから侑士と呼ばれるようになった。
「俺のことは、ガクトって呼んでくれよな」
と言われて、別に異論も無かったから、それからはガクトと呼んでいる。
そうすると、向日は嬉しげに忍足に抱き付いてきて、部室の周りのレギュラーたちに、
「侑士は俺のものだからな!」
とか意味不明な宣言をしたのだ。
「ええっ! なにふざけた事言ってんだよ! 向日、あのね、忍足は俺のもの!」
呆気に取られる面々を尻目に、すぐに抗議の声が上がった。
ジローだ。
「忍足はもう、俺が唾付けといたんだからね!俺のもの!」
「なんだと? どこで唾付けたんだよ!」
「ふふーん、俺たち、同じクラスで前後ろの席だもんな! もう、会ったときにだよ!」
「…おい、ガクトもジローもいい加減にやめろよ。忍足がびっくりしてんだろ!」
跡部がうんざりと言う感じで間に入らなかったら、ずっと言い合いをしていたに違いない。
「忍足、………へんなヤツに好かれちまったな……」
跡部は最初から忍足に同情的だった。
「……そ、そか?……俺、よう分からんし………」
「……気を付けろよ?」
「……なにに?」
と聞く前に跡部は離れていってしまったが、程なくして忍足もその意味を理解したのだった。

















氷帝のアイドル忍足君のできあがるまでv