スキー 
《1》















「……ねえ、手塚。手塚さ、突然なんだけど、スキーに行く気、ない?」
2学期の終業式の日。
部室でジャージに着替えていた手塚に、後から入ってきた不二がどうかな、という感じで話しかけてきた。
「……スキー?」
「……うん。あのね、23日から26日まで。うち、家族でいっつもその頃スキーに行くんだ。
で、今年も4日間スキー行くって事で予定立てちゃったのに、突然裕太が行けなくなっちゃって。キャンセルするのも勿体ないからって、母さんが友達誘えって言うんだ。費用はこっちで持つから、身体だけ来てもらえればいいんだけど。でも急なんで………どうかな、手塚………行かない?」
不二が窺うような調子でそう言ってきた。
急に胸がどきどきして、手塚は思わず表情を強張らせた。
「……予定、入ってる?」
その表情を見て、不二が、やっぱり駄目か、という風に言ってくる。
「い、いや、暇だ。もし良ければ、その……」
「………いいの?」
不二がぱっと顔を輝かせた。
「良かった。行ってくれる、一緒に?」
「……ああ」
「手塚と一緒にスキーに行けるなんて、すごく嬉しいよ。裕太に感謝しなくちゃ」
不二がにこにこと笑って嬉しげに言う。
それを見て、更に胸がどきどきとして、手塚はほんの少し視線を逸らして、内心の狼狽を隠した。















手塚は、不二のことが好きだ。
好きというのは、普通の友人同士の好きではなくて、恋愛の対象として、不二のことが好きという意味だ。
勿論、そんな事は誰にも言っていない。
手塚自身、充分自分がおかしいという自覚がある。
不二とは、テニス部に入部したときからなんとなく気が合い、一緒にいても疲れない存在だと思っていた。
そのうち何かと一緒に行動するようになり、休日なども遊んだりするようになった。
部活の後に、二人でファストフード店に行ったりもするようになった。
しかし、2年の中頃までは、手塚は自分が不二に恋していることに気が付かなかった。
不二のことは親友だと思っていた。
他に、手塚にとって親友を呼べる存在は、もう一人いた。
2年の秋に、副部長になった大石である。
大石も、一緒にいて気の置けない友人であり、何でも相談が出来た。
そういう点では、不二と同じだった。
が、ふとした事がきっかけで、手塚は、自分の大石に対する気持ちと、不二に対する気持ちが全く違うことに気が付いたのだ。
ある晩秋の日。
不二に用があって、手塚が不二のクラスに行った時のことである。
廊下側の窓から不二を呼ぼうとして、手塚は、教室の中で不二がクラスメートの女子と楽しげに話しているのを見た。
傍目には、不二とその女生徒は、お似合いのカップルに見えた。
椅子に座っていた不二が、にこにこと前の席の女子に話しかけ、女子が不二の話に答えて、くすくすと笑っている。
二人だけで話をしているらしく、手塚はそんな不二にどうしても声を掛けられなかった。
そっと窓から離れて、廊下を歩いて自分のクラスに戻ると、次の授業が始まった。
いつもなら、授業が始まれば他のことなど考えず、勉強に集中する手塚なのに、その時はなぜか教科書を見ても、黒板を見ても、授業の内容が頭にうまく入ってこなかった。
不二のことは親友で、何でも知っていると思ったのに。
それが裏切られたような気になった。
自分の知らないところで、不二はもしかして、あの女子と付き合っていたりするのだろうか。
そう思うと、胸がむかむかとして、手塚は戸惑った。
別に、不二が誰と付き合おうと、それと自分とは基本的に関係がない。
自分は不二の親友で、その親友という関係がどうなるというものでもない。
それなのに、手塚はどうしても気が収まらなかった。
不二を、あの女子に取られてしまったような気がした。
嫌な気分だった。
吐き気がして、訳もなく苛立たしくて、シャープペンの音を立てて乱暴にノートを書いた。
いつも穏やかな手塚がイライラしているのを見て、周りの級友達がびっくりしているのが分かって、手塚は更に苛ついた。
自分はそんなに独占欲が強いのか。
その時は、手塚はそう思った。
親友だと、他の人間と話をしただけでも、頭に来てしまうのだろうか。
そう思って、些か憂鬱だった手塚だが、数日後、それが不二だからだと言うことに思い至った。
今度は大石が用があって、手塚の教室にやってきたのだ。
その時、大石が女子と一緒に来た。
それなのに、なぜか大石の時には、苛立たなかった。
大石は授業の関係で教室を移動するときに、手塚のクラスに寄った。
「手塚」
呼ばれて廊下に出ると、大石とその女生徒が仲睦まじい様子だった。
「……なんだ、大石」
「あ、今日の部活のことなんだけど、竜崎先生から伝言頼まれて」
二人の話をにこにこしながら聞いている女子生徒と、そんな女子生徒を気遣いつつちょっと恥ずかしげに話をする大石はお似合いで、手塚は想わず顔を綻ばせた。
「じゃあな」
大石がそう言って、仲良さそうに二人が出かけていく後ろ姿を見送って、手塚は、そう言えば大石もオレの親友なのに、と思い当たったのだ。
どうして不二の時はむかむかして嫌な気分になり、大石の時はならないのか。
大石の時には、応援した気持ちにまでなった。
それなのに、不二の時は不二を取られてなるものか、と密かに敵愾心まで燃やしてしまった。
それから数日、いろいろ考えて悩んで、手塚は漸く悟ったのだ。
俺は、不二のことが好きなのだ、という事を。
それを認めるには、随分と悩んだ。
まず、自分は男で、不二も男だ。
基本的な障害があった。
でも、世の中には同性同士のカップルも多いのだから、それはそれで良しとしよう。
しかし、不二はどうなのだろうか。
自分は不二を男だろうがなんだろうが好きだが、不二の方は、どう考えても、自分の事をそういう意味で好きになってくれるとは思えなかった。
そんな事、想像すらしたことがないだろう。
ちょっとでも自分の気持ちが不二にばれたら。
そう思って、ぞっとして手塚は身体を震わせた。
きっと気持ち悪がられて、今までのような友人関係まで壊れてしまうだろう。
絶対、不二に悟られてはならない。
自分の気持ちを自覚したと同時に、手塚は自分に深くそう誓った。















そんな風に自分の気持ちを悟ってかなり動揺していたときに、不二からスキーに誘われたので、手塚は嬉しくて天にも昇る心地になると同時に、不安になった。
自分の気持ちが不二に気付かれまいか、という心配だ。
それでも、不二に誘われた、それだけで嬉しい。
家に帰って、両親にスキーの話をして、母親が不二の家に電話をしてしきりに恐縮していたが、どうやらスキーに行ってもいいことになったらしい。
「くれぐれも、ご迷惑かけないようにしてね」
そう念を押されて、手塚は頷いた。
「申し訳ないわよね、全部あちらサマ持ちなんて、あとでお礼しないと」
「そうだな。まぁ、あちらの御厚意に甘えるとしても、ちょっとお礼しないとな」
父と母が相談しあっている。
「国光、向こうで我が儘言って、不二さんを困らせないようにね」
心配性の母親がいちいちいろいろ言ってくるのに、手塚は丁寧に頷いた。
母親の心配は、まず自分には当てはまらないだろう。
迷惑を掛けることなどないと思うが、手塚には手塚で別の心配があった。
不二とずっと一緒にいて、自分の気持ちがばれないかという事だ。
それでも、そんな不安もあるが、それよりも嬉しさの方が先立って、手塚はその日はよく眠れなかった。



















思いきりオトメな手塚で行ってみました(笑)