love affair 
《2》













亜久津との激しいセックスのお陰で、その後数日は、オレは跡部のことを考えないで済んだ。
やっぱり身体が満たされるっていうのは重要なんだなぁ。
ここのところ、ちょっと跡部の事で悩んでいたから。
跡部の事っていうか、忍足君の事というか。
オレは、別に愛がどうとか好きだからどうだとか、そういう事はどうでもいいし、そんな言葉で縛られるのも嫌いだった。
-----だけど。
この間、忍足に抱かれたとき、忍足が言った『俺は真面目に千石君と付き合いたいんや。おまえみたいに遊びやないで?』っていう言葉が、オレの心に引っかかっていた。
遊び………。
遊びで全然構わないんだけど。
でも、………違う。
オレ、跡部のこと、好きになっちゃったみたいなんだ。
なんで、あんな冷たいヤツのこと好きになっちゃったんだろう。
確かに、格好良くて綺麗で(別にオレは面食いじゃなけど、でも綺麗なものは好きだ)、テニスが巧い。
けど、性格はあんまり、というか、すっごく良くなさそうだった。
なのに、どうして、そんなヤツのことを。
自分の事しか考えてなくて、高飛車で、偉そうで。
忍足君のほうが、ずっとずっといい人だった。
真面目に付き合うなら、絶対忍足君だよな。
間違っても跡部じゃない。
跡部とは、………例えば亜久津とオレみたいに、いいとこセックスフレンドって感じだよな。
真面目に、真剣に好きになったら、絶対オレが傷付く。
------なのに、やっぱり、跡部の事を考えると、胸がきゅっと痛んだ。
会いたくて、携帯を何度も見る。
メモリーに登録した跡部の番号を呼び出しては、掛けようとして、やっぱりやめる。
オレの方から会いに行ったって、きっと跡部は冷たいだろうな。
何しにきたんだよ、とか言って、追い返されそう。
携帯の番号を見ながら、俺は小さく溜め息を吐いた。
かけようと思っても、やっぱりかけらない。
(しょうがないよね…………)
今日は亜久津もいなかったから、オレは一人で部室に残っていた。
もう、帰らないと。
そう思って、部室の鍵を締めて外に出る。
もう夕暮れで、晩春で日が伸びているとはいえ、東の空には明るい満月が昇ってきていた。














テニスバッグを肩に担いで、オレが俯いてとぼとぼと山吹中のグラウンドを横切り、校門までやってきた時。
「……よぉ、待っとったんやで……?」
不意にきい聞き覚えのある声がして、オレはびくっとして顔を上げた。
「……忍足君……」
忍足が、校門に寄りかかりながら立っていた。
彼も学校の帰りだろうか、テニスバッグを肩に掛けて、氷帝の制服を着ていた。
微風に、忍足のちょっと長めの髪が揺らいでいた。
「ど、どしたの?」
「どうしたって、アンタを待っとったんよ。な、一緒に帰らへん?」
「一緒って………わざわざ寄り道してくれたの?」
「キヨに会いたかったんや。……な?明日は休みやし、少し遊んでかへん?」
そう言って忍足は、にこにこししながらオレの手を取った。
「あの………」
……跡部は?
と聞こうとして、俺は口を噤んだ。
まさか、跡部が山吹中まで来てくれるわけないし。
忍足君だから、来てくれたんだよね………。
そう思うと、ちょっと寂しかった。
「……どこ行くの?」
「俺んち、寄ってかへん? 夕食奢るわ」
「……えっ?」
「なぁ、ええやろ? うち、実はここの近くなんや」
「……そうなんだ?」
忍足の自宅が山吹中の近くとは知らなかったので、オレは少々驚いた。
「近くって言ってもなァ、区は違んやけど……まぁ、電車ですぐなんや」
忍足は白い歯を見せて綺麗に笑った。
(やっぱり、格好いいよな………)
顔が良くてそつなくて、いかにも女の子にモテそう……。
オレが思わず忍足に見とれていると、忍足はオレの手をぎゅっと握ってきた。
「ほな、行こ?」
「う、うん………」
なんとなく、忍足のペースには引き込まれてしまう。
そつのないリードの仕方が、自然なんだろうな。
忍足に引きずられるようにして、俺は地下鉄に乗り込んだ。














忍足の家は、地下鉄の駅で2駅行った所にある、新築高層マンションだった。
その最上階の半分ほどを、忍足家で占めている。
それだけでなく、彼の家はメゾネット形式になっていて、下階も彼の家だった。
「すっごいね……」
さすが、氷帝学園中。
お金持ち中学として有名なだけはある。
オレがきょろきょろしながら忍足の家に上がると、忍足が肩を竦めて笑った。
「オレの部屋、こっちや」
案内された忍足の部屋は、落ち着いた幾何学模様の上品なインテリアで統一されており、色彩もモノトーンで、中学生の部屋とは思えなかった。
(やっぱり、忍足君らしいかな……)
広い部屋の真ん中でそう思いながら、どこに座ったらいいかうろうろしていると、忍足が毛足の長い絨毯の上に、クッションをいくつか持ってきた。
「適当に座ってや?」
「う、うん………でもさ、なんでオレの事なんか、呼んだの?」
「なんでって……そりゃ、アンタに会いたかったからや。……それに、なぁ、キヨ……どうや? 今日、泊まっていかへんか?」
忍足が急にそんな事を言い出したので、オレはびっくりした。
「え、でも、オレ………」
「…な、ええやろ? 着替えとか、お客用に新品用意してあるさかい、つこてや?」
忍足が嬉しげに言ってくるので、
「う、うん……」
と、オレは思わず頷いてしまった。
だって。
本当に、忍足君、嬉しそうだったんだ。
オレ、他人にこんなに歓待されるのって、初めてだったから。
まるで、オレとヤらなくても、ただオレといるだけで嬉しいみたいなんだ。
オレの身体が目的じゃないみたいなんだ。
忍足君、………そうなのかな………。
オレとさ、こうやってしゃべってるだけでも、嬉しいのかな?
そう思ったら、オレはなんだか忍足に申し訳ない気持ちになってしまった。
「あ、あのね、忍足君……」
「……なんや?」
「何か手伝うこと無い? ほら、夕食とか……」
「大丈夫や……うちは家政婦はんがおるからな。できたら内線で連絡あるわ」
「へぇ、家政婦とかいるんだ。……じゃ、じゃぁ、その……」
オレはなにか自分でできることはないか、と辺りを見回した。
「なんか、……オレの調べた青学のデータでも見せようか?」
あんまりいい提案ではなかったけれど、他にオレが持ってる物はなかったので、オレはこわごわ言ってみた。
忍足がくすっと笑った。
「ええよ、キヨ……そんなに気ぃつかわんでも……でも嬉しいわ……」
そう言って忍足は、オレの隣に座り込んだ。
「キヨ………好きや………」
低くて、甘い声。
耳元で囁かれて、ぞわり、と項が逆立つ。
「………ん……ッ」
すっと顎を掴まれて、上向いたところに、忍足が優しく口付けをしてきた。
それもすっごく優しくて甘くて、オレは思わず忍足にしがみついた。
こんなに、優しくしてくれて、しかも、キスがうまくて。
オレ、………ホントに、忍足君の事、好きになれたらいいのに。
そうしたら、すっごく幸せになれるような気がするのに。
「……ぼっちゃま、夕食です」
その時、内線スピーカーから声がして、オレははっと我に返った。
「なんや、夕食や。……ええところで中断してしもたな。……なぁ、またあとでな?」
忍足が苦笑しながら、オレから離れた。
オレは心持ちほっとして、忍足の後に続いて部屋を出た。

















かなり理想的な忍足君。優しくて大人。