スキー 《3》
3日目。
「手塚、行こう?」
朝食が済んで部屋に戻ってきて不二が声を掛けてきたときに、手塚は、
「今日は、別行動しよう」
と切り出した。
「……えっ?」
不二が訝しげに目を細める。
「不二は昨日の人たちと行けばいい。俺はインストラクターを頼んで指導してもらう」
「えっ、どうして、………一人で?」
不二が悲しそうな瞳をした。
それを見ると胸が詰まったが、手塚は、おまえが他の人間と仲良くするからいけないんじゃないか、と心の中で密かに反論した。
「じゃ、俺は先に……」
呆気に取られる不二を尻目に、さっさと部屋を出る。
朝のうちに手塚はインストラクターを頼んでおいた。
ホテルの外に出ると、インストラクターが待っていた。
「……よろしくお願いします」
予め最上級コースで申し込んでおいたので、早速一番難易度の高いゲレンデへ行く。
不二がどうするのか気になったが、意地でも振り返るまい、そう思って手塚は、頭から不二のことを追い出した。一日インストラクターに指導してもらって思い切り滑った成果、夕方にはかなり疲労を覚えた。
明日の朝にはこのスキー場を出る。
今日の夜だけ過ごせばいい。
今日も部屋に戻ったら、さっさと寝てしまおう。
そう思っていた手塚だが、夕食を摂って部屋に戻ると、待ちかまえていたように不二が口を開いた。
「何怒っているのさ、手塚」
さっさとシャワーを浴びようとした手塚の行く手を遮って、不二が気分を害しているのだろう、睨むような目つきでじっと手塚を見つめてきた。
「……………」
不二が怒っている様子に、手塚は自分が差し向けた事であるにも関わらず、胸が痛んだ。
不二に嫌われたかも知れない。
そう思うと、途端に胸が苦しくなってくる。
「……ねぇ、何怒ってるの?」
不二が手塚を見詰めて言ってきた。
「……別に…………」
-----おまえが他の女性なんかと、仲良くいちゃいちゃしているのが気に入らないんだ。
などと、言えるわけがない。
視線を逸らして小さな声で言うと、不二がそんな答えでは納得行かないというように語気を強めた。
「ね、無理矢理誘って迷惑だった? 僕と一緒じゃ、嫌だった、キミ?」
「ち、違う!」
「じゃ、何さ? 何怒ってるのさ? ねぇ?」
不二が突如手塚が着ていたTシャツの胸ぐらを掴んできた。
「不二………」
「ねえ、僕、キミと一緒にスキーに行けるのすっごく楽しみにしてたんだ。なのに、これじゃ、全然、………ひどいよ! 今日なんてもう散々だった。キミがいないし、昨日の人たちには付き合わされるし。僕、キミと一緒にスキーしたかったんだ!」
不二がこんな風に激昂するところを今まで一度も見たことがなかった手塚は、呆気に取られた。
呆然として不二を見ていると、やがて不二が力無く手塚の胸ぐらを掴んでいた手を離して、俯いた。
「……ごめん……僕…………」
手塚に背を向けて、項垂れて肩を震わせる。
ズキン…………。
胸が急に痛んで、手塚は思わず不二に手を伸ばした。
「……不二……」
「ごめんね。キミのこと強引に誘って。……キミも喜んでくれるとか思ってた事が、恥ずかしいよ。……キミも迷惑だったなら、遠慮しないでちゃんと言ってよ。別に僕に気兼ねすることないんだからさ」
「……だから、違うって言ってるだろ!」
不二がとんちんかんな事ばかり言うので、手塚は瞬時行動に出てしまった。
不二を引き寄せて、抱き締めたのだ。
「……てづか?」
「だから、違うんだ! おまえが知らない女となんか楽しそうにしてるから、それで俺は……」
「……えっ?」
---------しまった。
言ってしまった。
手塚はぱっと不二から離れた。
「……あ、いや、その…………今のは冗談だ………」
「手塚………?」
不二が首を傾げて自分を覗き込んでくる。
覗き込まれて頬がかあっと熱くなるのを感じて、手塚は狼狽した。
不二にばれてしまう。
------まずい。
「手塚、………もしかして、嫉妬したの?」
「い、いや……」
不二から目を背けて離れようとしたが、それより先に不二が手塚の腕をしっかりと掴んできた。
「ね、手塚、ちゃんと言ってよ?……僕が手塚以外と仲良くしたから……嫉妬したの?」
「……ああ、そうだ!」
-----くそ、もう構わない。
手塚はやけっぱちになった。
「そうだ、おまえが俺を放り出して他の女なんかと仲良くしてるから、頭に来たんだ。おまえが女と仲良くしてる所なんか、見たくない。まっぴらだ。不二は俺とだけしゃべってればいいんだ!」
我ながら、なんという事を言ってしまったのか。
………と、しゃべりながら青くなったが、もう遅い。
思い切り言ってしまうと、手塚は覚悟を決めた。
もう、不二に嫌われても、気持ち悪がられてもいい。
心の中でもやもや考えているよりはマシだ。
「手塚………僕のこと、好きなんだ?」
不二が囁くように言ってきた。
「…………そうだ。好きだ………」
あきらめて目を閉じて言う。
「すまないな、こんなヤツで………気持ち悪いか?」
「……………」
オトメな手塚の逆ギレ