love affair 
《5》













待ち合わせ場所にはオレの方が先に到着した。
10分ほど待ったところで跡部がやってきた。
雑踏をすいすいと掻き分けて、さりげなく歩いているのに、誰もが注目してしまうようなオーラが漂っている。
平凡なごく普通のカジュアルなシャツとパンツという格好をしているにも関わらず、跡部は周囲の誰よりも目立っていた。
薄い茶色のふわりとした髪、蒼灰色の綺麗な瞳、上品な顔立ち、すらりとした肢体。
それに、歩き方も優雅で、目を離せない。
跡部を見て、若い女の子がうっとりと視線を送って、こそこそと話し合っている。
(やっぱり、格好いいよね……)
オレも遠くから歩いてくる跡部を見て、そう思ってしまった。
跡部に比べると、オレは……格好は跡部と似たり寄ったりだったけど、でもずっと地味だった。
顔だって、跡部みたいに整っている訳じゃ、全然ないし。
跡部みたいに脚も長くないし、すらりともしていない。
「よぉ」
跡部がオレを見付けてにやりと笑いながら歩み寄ってきたとき、オレはなんとなく俯いてしまった。
だって、恥ずかしいから。
こんな格好イイ人と一緒にいると、オレのだささが目立っちゃうような気がして。
でも、そんな内心を隠して、オレは顔を上げて跡部に笑い掛けた。
オレの取り柄って、明るくて優しくて面白い所なんだもん。
そのオレが暗くしてたら、もう、どうしようもないよね。
「行くぞ?」
跡部は、オレを見るなりさっさと建物の中に入っていこうとしたので、オレは慌てた。
「あ、ね、跡部君……何見るの?」
「ああ?……ほら」
そう言って跡部が差し出したのは、映画の券だった。
それは、今一番人気のハリウッドアクション映画で、結構行列なんかできているものだった。
跡部が券を用意しているなんて思いもしなかったので、オレはびっくりするとともに、どきどきした。
もしかして、オレと見るために、跡部君が買っておいてくれたんだろうか?
そういうのって、本当にデートみたいだ。
急に心が暖かくなって、オレはついにこにこした。
跡部が眉を顰めた。
「……あ? 勘違いするんじゃねえ。これはオレが女からもらったんだ。行けねえって言ってんのにしつこく誘ってくるから、テメェとは行かねえが券だけもらっといてやるって言ってな」
そう言って跡部が唇の端を歪めて笑った。
「え……そうなんだ……」
………やっぱり。
オレはしゅんとなった。
跡部がにやにやした。
「なんだよ、千石。……テメェのために買ったとでも思ったのか?」
「………うん…」
「バーカ……誰が買うかよ」
オレが素直に認めると思っていなかったのか、跡部は意外そうな顔をして、それからちょっと気まずそうに言葉を濁した。
「……ほら、入るぜ?」
あと10分ほどで今上映中の回が終わって、次の回になる。
チケットを受付に出して待合室に入ると、既に20人程度が映画を待っていた。
跡部が待合い室に入ると、みんな一斉に跡部を見て、それからうっとりしたり、目を逸らしたり、頬を赤らめたりしている。
男も女もだ。
オレはなんとなく跡部から離れて、部屋の隅に設置してある自動販売機へ行った。
清涼飲料水を二つ買って、それから恐る恐る戻る。
跡部は、隅のソファに尊大な様子で足を組んで座っていた。
「はい、……飲む?」
缶を一つ差し出すと、当然といった感じで受け取って、乱暴にプルタブを上げる。
オレも跡部の隣にそぉっと座って、缶を開けた。
ちらちらと跡部を伺いながら飲む。
何か面白いことでも思い出しているのだろうか、跡部は時折不遜な笑みを浮かべて、優雅に飲料水を飲んでいた。
どんな格好しても、絵になるよね。
みんなが見とれるのが分かる気がする。
みんなに見られても当然って感じで、慣れてるよね、跡部君。
「……おい、入るぞ」
はっと我に返ると、前の回が終わったらしく、観客がぞろぞろと出てくるところだった。さっと立ち上がって、跡部が歩き始める。
「あ………」
オレも慌てて跡部の後を追った。
入場口から中に入ると、跡部は一番後ろの列に座った。
………へえ、跡部君って一番後ろとか好きなんだ。
ちょっと珍しい。
普通、映画は真ん中からちょっと前ぐらいで見るのが見やすいのにな。
オレは、跡部の新しい一面を発見したような気がして、嬉しくなった。














映画は筋自体はよくあるパターンで退屈だったけど、アクション場面が派手で、その点ではさすがアメリカ映画って感じで面白かった。
しかし、オレは映画どころではなかった。
画面に見入っていると、不意に跡部が、オレの手を握ってきたんだ。
握ってきて、それから映画が終わるまでずっとそのままだった。
お陰でオレは映画に集中できなかった。
だって、映画の途中で手を握ってくるなんて、普通のデートみたいじゃないか。
跡部君が、そんなことしてくる人だったなんて。
どきどきした。
まるで、初恋をしている少女みたいだ、オレ。
まだ手しか握ったことありません、みたいな、純情な少女って感じで。
…………バカじゃねえ?
オレは自嘲した。
跡部とはセックスで始まった関係だし、跡部はオレのこと、ただのセフレみたいに思ってるようだし。
そんな跡部に手を握られてどきどきしているオレが、すっごく滑稽だった。
胸がきゅっと痛んで、映画が終わっても、オレはしばらくぼぉっと座っていた。
観客があらかた出ていった後、ようやく立ち上がろうとすると、
「……ね、君たち、……これからどうするの?」
突然、後ろから声を掛けられた。
通路に二人組のお姉さんが立っていた。
明るいストレートのチャパツに、露出度の高い服とブランドものの時計やアクセサリーの目立つ女子大生って感じだった。
「……………」
跡部が胡散くさげに二人を見上げる。
「暇だったら、あっちでお茶してかない? 奢るよ?」
どうやら二人組は、跡部に目を付けていたようだった。
きっと、待合室で待ってるときから見てたんだろう。
オレは純粋に、跡部がちょっと羨ましくなった。
オレだって女の子にはモテルけど、でもそれって、オレの方からアプローチかけるのが殆どなんだよね。
こんな風に年上のお姉さん方から、しかも奢るよなんて美味しい申し出、してもらったことない。
でも跡部は慣れてるようだった。
肩を竦めて、それからちょっと笑って、オレを見る。
「奢ってくれるっんだったら、いいぜ?」
女子大生たちがぱっと顔を輝かせる。
「……千石、行くぞ?」
呆気に取られて見ていると、跡部にぐいっと手を引かれた。
引きずられるようにして、オレは跡部と喫茶店に入った。

















忍足の方がいいけど跡部にときめく千石君。