不如帰 《10》
「……………!」
急に跡部が自分を抱き締めてきたので、手塚は目を見開いた。
「なぁ、手塚…………」
しっとりとした低い声が耳元で聞こえ、ぞわり、と項が逆立った。
跡部の押し殺した吐息から、彼が何を自分にしたがっているのか唐突に理解して、手塚は身体を強張らせた。
でも、なぜか嫌ではなかった。
反対に、自分もぞくりと興奮してきたのを感じて、手塚は目を閉じた。
跡部の首に手を回すと、跡部がやや驚いたように身体を引いた。
それから、決心したように手塚を絨毯に押し倒し、上から覆い被さってきた。
「おまえ………経験あるのか?」
跡部が戸惑ったように尋ねてきたので、手塚は薄く目を開いて、返事の代わりに自分の眼鏡を取った。
コトン、と脇のテーブルに置いて、それから跡部をじっと見上げる。
「……そうか………」
手塚に男に抱かれた経験があるのを、跡部は悟った。
意外だった。
そんな事をするとは、到底思えなかった。
しかし、そう思うと同時に、手塚にもそういう人間くさい所があったのか、とどこか嬉しく思う自分がいた。
「じゃあ、遠慮しねえぜ………」
そう言って跡部は、手塚が着ていたシャツをたくしあげて、素肌をまさぐった。
その感触にぞわり、と肌が粟立って、手塚は微かに眉を顰めた。
甘い戦慄が走った。
誰でも、------不二でなくても、身体は快感を感じる。
「あ………あ………」
ぞくぞくと背筋を快感が走り抜けて、手塚は鼻に抜ける甘い声を漏らした。
跡部が、慣れた手つきで感じる部分を攻めてくる。
跡部は上手かった。
今まで手塚を抱いた不二や菊丸よりも、跡部の方がずっと経験豊富なのだろう。
そして、手塚自身、どこか捨て鉢な、投げやりな気持ちが、更に快感に拍車を掛けていたのかも知れない。
跡部の手で絶妙に擦られて、すぐに手塚は絶頂に達した。
「……くッッ!」
びくびくと身体を震わせながら、跡部の手の中に白く濁った粘液を吐き出すと、跡部が手塚を俯せにさせて、それをねっとりと手塚の肛門に塗りつけてきた。
「痛くねえよな………?」
ぐぐ、と指が入り込んできて、手塚は喉を仰け反らせた。
「あ、ああ…………ッ」
首を縦に振って、跡部に大丈夫だと頷く。
細く艶やかな髪がぱさぱさと舞い、白い肩が細かく震える。
肩胛骨にしっとりと汗が浮き出してくる。
跡部は、それを背後からじっと眺めた。
自分がいつになく滾っているのを感じる。
男相手に、ここまで興奮するとは。
自分でも驚きだった。
女みたいに柔らかくもなく、抱き心地も固いのに。
それなのに、今まで抱いたどの女よりも、手塚に興奮している。
それも桁違いに大きく。
「手塚…………」
ひくひくと肉襞が蠢いて、自分の指を飲み込んでくる。
中でくい、と指を回すと、
「…………くッ」
手塚が喉を枯らして喘ぐ。
桃色の粘膜がぬめぬめと絡みついてきて、指を引き抜くと、離すまいとするかのように指にまとわりついてくる。
入り口から覗き見えるサーモンピンクの粘膜が、跡部の脳天を直撃してきた。
こんな淫らな部分を手塚が持っていたとは。
コートで見る彼は、清潔感に溢れ、あくまで潔癖な様子だった。
こんな事をすることもされることも、全く想像できないような様子だった。
自信に溢れ、冷静沈着で、自分なんかよりずっと大人びて見えたのに。
それなのに、今の手塚は違った。
自分の腕の中で悶え、自分の愛撫に反応して喉を仰け反らせて喘いでいる。
「…………てづか…」
跡部は下着を脱ぐと、自分の猛った凶器を手塚の桃色の入り口に押し当てた。
熱い肉塊の感触に、瞬時手塚がびくり、と背筋を震わせる。
背中を震わせつつも、手塚が息を詰めて跡部の侵入を待ち望んでいるのが分かって、跡部は一気に手塚の体内に押し入った。
襞を掻き分けて楔を奥深く打ち込む。
熱くぬめった内壁が、跡部の行く手を塞いでまとわりついてくる。
頭の芯が蕩けるような快感が、電撃のように背筋を駆け上がる。
「くッッ………!」
跡部は唇を噛み締めて、手塚の腰を強く掴んだ。
女性器よりもずっと強く甘い締め上げに、余裕が忽ち無くなっていく。
跡部は手塚の腰にぶつけるようにして、激しく自分の腰を打ちつけた。
「あッ………ああッッ………あッくッ…………あッッ!」
揺さぶられて、手塚が切れ切れに濡れた喘ぎを漏らす。
明らかに快感を感じているのが分かって、それにも跡部は驚いた。
男に抱かれ慣れている手塚など、想像もしていなかった。
意外さは快感に変わって、跡部は自分の性器に血がどくどくと流れ込むのを感じた。
-----もう、我慢できない。
ぐっと手塚の最奥まで深く腰を突き入れて、熱い内部に勢いよく欲望を迸らせる。
「あ………ああぁ………!」
手塚が弱々しく頭を振って、身体を痙攣させた。しばし余韻に浸って、それから跡部はずるり、と手塚の体内から性器を抜いた。
額の汗を拭って、手塚を見る。
手塚は、肩で忙しく息をしながら、絨毯の上にくったりと俯せで足を開いたままで倒れていた。
「手塚………」
名前を呼ぶと、固く瞑っていた目がうっすらと開いて、跡部を見上げてきた。
綺麗な黒い瞳に涙が滲んでいる。
睫毛が微かに震えて、なんともいえぬ妖艶な風情だった。
「おい、大丈夫かよ?」
思わず声が上擦って、跡部は狼狽えた。
………なに動揺してるんだ。
目の前にいるのは手塚だ。青学の。
女じゃねえんだぞ。
跡部は心の中でそう繰り返した。
女だったら、跡部もそんなに狼狽えたりしなかっただろう。
手塚だから、狼狽した。
らしくなく、タオルを持ってきて、手塚の汗と体液にまみれた身体を拭いてやりまでした。
女相手の時は、終わったら見向きもしなかったのに。
「すまない………」
手塚が瞳を伏せて、申し訳なさそうに言ってきたので、跡部はわけもなくかぁっとなった。
「い、いいって……まぁ、な………」
自分が他人を慰める役に回るなんて、それも信じられなかった。
「……もう寝ようぜ? おまえ、疲れてんだろ?」
手塚にシャツを着せてやりながら言うと、手塚が安心したように微笑んだ。
「ありがとう……」
「いや、別に………」
思わず頬が赤くなって、跡部はそっぽと向いた。
不意に目の前にいる手塚に愛おしさを感じた。
もっと優しくしてやりたい。
もっと笑っていて欲しい。
そう思ってしまって、跡部は自分がそんな事を考えたという事にショックを受けた。
……なに考えてるんだ。
頭の中で急いでそれを打ち消して、それから跡部は立ち上がった。
「ほら、寝ようぜ?」
ベッドに寝ると、手塚を呼ぶ。
手塚がふらっとベッドに入ってきた。
「狭くはねえと思うんだが、大丈夫だよな?」
「……ありがとう……」
跡部にそっと寄り添って、手塚が微笑む。
儚げな笑い方。
安心したような物言い。
それらが痛々しげに感じられて、跡部は胸が微かに苦しくなった。
何が手塚を苦しめているのだろう。
こんなになるほど。
俺の所なんかに来て、この俺に身体まで投げ出して頼るほど。
(分かんねえよな………)
跡部に抱き締められて安心したのか、手塚が小さな寝息を立て始めた。
薄暗い部屋に夜の静寂が立ちこめる。
手塚を抱いたまましばし考えていた跡部だが、いつの間にか跡部も静かな眠りについていた。
第2部跡塚編その4