不如帰 
《11》














次の日跡部が目を覚ました時には、既に手塚はベッドから上半身を起こしていた。
伸びをしながら目を開けた時に、ちょうど自分を見下ろしている手塚と視線が合って、跡部は薄く笑った。
手塚が、困ったような困惑気味の顔をしていたからだ。
「よく眠れたか?」
と言って話しかけると、途端に手塚が頬を染めて視線をずらしながら、
「おはよう……」
と小さく言ってきた。
恥ずかしがっている様子なのを見て、跡部はなんとなく可笑しくなった。
「……起きるか?」
そう言って、布団をはね除け、伸びをして頭を掻く。
「どうだ、身体の調子は?」
聞くと、手塚が、
「ああ、大丈夫だ……」
と小さい声で答えた。
時計を見ると、既に朝の9時を過ぎている。
通いの家政婦が、既に出勤している時間だ。
「今、朝食作ってもらうからな。ここで待ってろ」
ベッドから降りて、頭を軽く振りながら、跡部は部屋を出た。
階下で、家政婦に友達が泊まりに来ていると言って、二人分の朝食を作ってもらう。
オレンジジュースとミルク、焼いたパンにサラダ、スクランブルエッグ、それらをトレイに載せて、跡部は部屋に戻った。
部屋にはいると、手塚が所在なく立ちつくしていた。
「ほら、こっちこっち」
テーブルの上にトレイを置き、手塚を手招きする。
「すまないな……」
そう言って、テーブルの前に座った手塚が行儀良く朝食を食べるのを、跡部は自分もパンを齧りながら眺めた。
誰かと一緒に食事をするのなど、久方ぶりだった。
跡部は、殆ど一人で住んでいると言ってもいいほど家族がばらばらだったから、朝食も夕食もいつも一人だった。
もっとも、誰かと一緒に食べるなど、煩わしくて跡部の嫌いな事だったから、特に一人でも気にもしていなかったが、手塚と一緒に食べる朝食は、なかなか気分が良かった。
「いろいろ世話になって、本当に済まない……」
ミルクを飲んで、少し溜め息を吐きながら、手塚が話しかけてきた。
「いや、別にかまわねえんだけどな。でもよ、手塚。おまえどうしてあんな所にいたんだ?」
問いかけると、手塚が俯いて、何か言いたげに唇を震わせた。
しかし、うまく言葉が出ないようだった。
跡部は肩を竦めた。
「……いいって、言いたくなければ言わなくてもよ。……で、どうする?うちにでも帰るか?」
「……跡部はどうするんだ?」
「……俺か?……そうだな………別にやることもねえし………」
と言いながら手塚を見ると、手塚が一緒にいたい、というような目をしていた。
形の良い紅い唇がほんの少し開いて、濡れた黒い瞳で縋るように見つめてくる手塚に、跡部はぞくりとした。
「そうだな………」
と言いつつ立ち上がって、ベッドに上がってごろりと横になる。
「こっち来いよ……」
ベッドの上から手塚を手招きすると、手塚が瞬時視線を彷徨わせて、それからふらり、と立ち上がった。
ベッドに近付いてくる手塚の手を掴んで、乱暴にベッドの中に引き込む。
「朝からやるってのはどうだ?」
抱き込んで、手塚の白い耳の中に息を吹きかけるようにしながら囁くと、手塚が応えて跡部の首に腕を回してきた。
(マジかよ……)
まさか手塚が誘いに乗るとは思わなかったので、跡部は内心驚愕した。
(ま、いいか………)
昨日の手塚の様子から見て、手塚はかなり男に抱かれるのに慣れているようだった。
感度も良かった。
手塚の眼鏡を取ってベッドサイドに置き、上から押さえつけるようにして口付けする。
「ん………ん………」
微かに眉を顰めて、手塚が身体を強張らせた。
歯列を割って、手塚の舌を捕らえて絡めると、手塚の身体が震え、おずおずと跡部に応えてきた。
「なぁ、手塚………」
唇が離れたとき、跡部は手塚に囁いた。
「おまえ、誰とやってたんだ? 経験、結構あるだろ?」
上気した甘い吐息を吐きながら、手塚が視線を逸らした。
「援交ってわけでもねえよな。おまえがそんなことするとは思えねえしな。誰だよ?……青学か?」
びくり、と手塚が震え、それが答えになった。
「ふーん、学内か………テニス部だな」
手塚がこわごわ跡部を見上げてきた。
瞳の中に肯定の色が見えて、嘘の吐けない手塚に跡部はクスリと笑った。
「俺とこんなことやってていいのか? 浮気じゃねえのか? おまえが浮気するとも思えねえがな。………そっか。もしかして、おまえ、振られたってやつ?」
びくっとかなり大きく手塚の身体が震え、予想通りの反応に跡部は笑った。
「ふーん、振られたんだ。……おまえを振るなんて、随分とすげえヤツいるんだな……」
目を伏せて視線を逸らして、手塚が下唇を噛む。
切れ長の瞳の端に透明な雫がたまっていくのを見て、跡部はそれをそっと舐め上げた。
「わりぃ、もう聞かねえよ………まぁ、人間、いろんな事があるからな。今はさ、俺の腕の中にいるんだから、俺のこと考えろよ。……な、手塚………俺と一緒に気持ちよくなろうぜ?」
言いながら、再び口付けをすると、手塚がぎゅっと跡部にしがみついてきた。
着ていたシャツをたくし上げて、素肌をまさぐりながら、深いキスを交わす。
乳首を指で転がしながら、顔を移動させてもう一方の乳首を口の中に含んで舌で舐ると、そこはたちまちぷくりと勃ち上がってきた。
顔を更に移動させて、穿いていたハーフパンツを乱暴に剥ぎ取って足を開かせると、跡部は手塚の性器をすっぽりと口に咥えた。
「う…………」
びくん、と手塚が身体を跳ね上げて、跡部の頭を挟むように足を締めてくる。
手塚の其処は、跡部の口の中で忽ち体積を増し、跡部が弾力のある肉塊に歯を立てる度に手塚が上半身を捩らせた。
「あ………だめ……だ………」
苦しげな喘ぎに、跡部は含み笑いをした。
「かまわねえからイっちまえよ……」
そう言うと、口と手の両方で、手塚を愛撫する。
巧みな跡部の愛撫の前に、手塚は忽ち絶頂に達した。
「……うッッ!」
びくびくと数回跡部の口の中に、熱い精を放出する。
跡部はそれをごくり、と喉を鳴らして飲み込んだ。
他の男の精液を飲むなどさすがの跡部でも初めてだったが、手塚のだと思うと、気持ち悪いとは思わなかった。
反対に、美味だとさえ感じた。
「気持ちよかったか?」
はぁはぁと激しく息を吐いている手塚に問いかけると、手塚は赤面して微かに頷いた。
羞恥と快感がない交ぜになっている手塚の表情に、跡部は自分がゾクゾク掻き立てられるのを感じた。
そのまま膝の裏を掴んでぐっと抱え上げて、手塚の後孔を露にさせ、そこに口の中に残った精液と唾液をねっとりと送り込む。
「ん………」
さすがに恥ずかしいのか、抵抗はしないものの、手塚がいやいやをするように顔を僅かに振った。
「……挿れてもいいよな?」
肛門に充分に唾液を送り込んで、柔らかくそこが綻んできたのを見て、跡部は自分のものを押し当てながら手塚に囁いた。
固く目を閉じた手塚の睫毛が微かに震え、跡部の侵入に備えて、シーツをぎゅっと握りしめるのを見て、跡部は手塚の体内に一気に押し入った。
瞬時逃げかける腰を強く掴んで引き寄せると、ぬめぬめとした肉壁を掻き分けて、根元まで性器を突き入れる。
熱い粘膜がまとわりついてきて、中は蕩けるように熱かった。
甘い戦慄が背筋を駆け上がって、跡部は目を閉じて歯を食いしばった。
根元まで突き入れて、身体の下の手塚を見ると、眉を苦しげに寄せて、身体を震わせてはいるが、痛みを感じている様子はなかった。
「……大丈夫か?」
問い掛けると、手塚がうっすらと目を開いた。
「ああ………大丈夫だ……」
掠れた甘い声で囁かれて、跡部は我慢できなくなった。
「じゃあ、遠慮なくいくぜ」
そう言って、激しく腰を動かし始める。
「あっ……ああ……う………ッッッ!」
途端に、耐え切れぬと言うように顔を振りながら、手塚が断続的に短い喘ぎを漏らす。
跡部は、肉棒を根元まで突き込んで、それを抜け落ちるほど激しく腰を引き、また肉襞を巻き込むようにしながら、凶器を突き入れた。
頭の芯まで蕩けるような快感が、次から次へと跡部の脳を浸食してくる。
跡部は目を閉じて、手塚の腰をしっかりと抱えると、手塚を壊す勢いで腰を突き上げた。
何度も打ちつけて、最後に手塚の最奥に白濁した欲望を迸らせる。
全身から汗が噴き出し、射精の快感と相俟って、眩暈がした。
ふらり、として、跡部は手塚の上に身体を投げ出した。
部屋の中に、互いの忙しい息づかいが響く。
ぴったりと密着した肌から、手塚の熱と激しい鼓動が伝わってきて、跡部はなんともいえず安心感を覚えた。
それは手塚も同じなのか、跡部が重い腕を動かして身体の下の手塚を抱き込むと、手塚も気怠げに腕を跡部の首に回してきた。
抱き合ったままで、しばし互いの鼓動を聞き、肌を密着させ、余韻を味わう。
どちらからともなく口付けを交わし、舌を絡ませる。
目を開けると、手塚の黒目がちの瞳が潤んで自分を映していたので、跡部は手塚の髪をくしゃっと掴んで撫でながら、目尻に軽い口付けを落とした。













「俺は……跡部………」
浅く忙しい息の下から手塚が囁いてきた。


















第2部跡塚編その5