不如帰 
《12》














「……なんだ?」
手塚の髪を撫でながら答えると、手塚が思いきったように言ってきた。
「おまえの言う通り、振られたんだ……」
「………そうか……」
「……俺は、不二と付き合っていた」
「不二周助?」
驚いて目を見張ると、手塚がふっと睫毛を揺らした。
「不二のことが好きだった。でも、突然振られた。理由が分からなかった。本当に突然で、どうしたらいいか分からなくて…………そうしたら菊丸が……」
「……菊丸? ああ、あのゴールデンペアの片割れか」
「菊丸が、好きだって言ってきて、それで………」
言いにくそうに手塚が言葉を切る。
-------なるほど、菊丸ともヤったってわけか。
事情を察して、跡部は手塚に、それ以上言わなくても分かったというように頷いた。
「でも俺は、不二が好きなんだ。だから、どうしていいか分からなくなった……」
「ふうん、………結構、どろどろしてるんだな、おまえら。……で、手塚、おまえは結局どうしたいんだ?」
手塚が困ったように瞬きした。
「どうしたいって………」
「あのな、おまえがどうしたいか決めねぇとしょうがねえだろ? 不二に振られたんだったら、もうあきらめるしかねぇな。で、新しく好きだって言ってくるヤツがいたんだろ、そいつのこと好きになれるのか?」
眉を寄せて考えていた手塚が力無く首を振った。
「だったら、菊丸に情けをかけるのはヤツに失礼なんじゃねぇのか? もう二度と菊丸に抱かれたりしねぇことだな」
「跡部、おまえは?」
手塚が突然自分に聞いてきた。
「………オレか?」
跡部は苦笑した。
「オレはこの通りの人間で、そんなに真剣になんてならねえよ。何事もな。だいたい、……分かるだろ? おまえをちゃっかりいただいちゃうぐらいなんだぜ?」
「いや、おまえは俺を助けてくれた……」
「だからさ、そんな風に思わなくっていいって。お互い楽しんだんだからな。おまえ、いちいち深刻に考え過ぎなんだよ。ま、好きでもないヤツに好きだって言われても、自分が好きじゃないんだったらしかたねぇな。それにそいつが真剣なら真剣なほど、おまえみたいな真面目な奴は付き合っちゃいけねぇと思うぜ」
「……そうだ……な……」
「まぁ、な………振られて身体が寂しいんだったら、オレのとこに来たらいいだろ。オレならいつでも歓迎するぜ? 身体だけでも寂しくなくなれば少しはマシだろ?」
「ああ……」
手塚が微笑む。
跡部もなんとなく嬉しくなった。
「じゃあ、だらだらしながらテレビでも見ようぜ。なんか見てぇ映画とかあるか?」
そう言って、跡部はベッドから降りると、大型テレビの横に設えてあるDVDのセットを見せた
「すごいな……」
手塚が目を見張る。
「まぁな、こういうもんだけは充実してっからよ、うちは」
それは、跡部の両親が情操教育のために高額で購入した名作全集だった。
裸のまま手塚が降りてきて、DVDを一つ一つ吟味し始める。
裸のままなのに気付いて手塚が頬を染めるのを見て、跡部はほらよ、とTシャツとハーフパンツを投げてやった。
ベッドの上でごろりと横になって手塚の様子を眺めながら、跡部はいつになく自分がはしゃいでいるのに気付いて苦笑いした。
















次の日の月曜日。
先週手塚がずっと学校に来なかったのを気にかけながら、菊丸が重い足取りで学校へ着くと、昇降口の所で手塚が待っていた。
「おはよう、菊丸」
俯いて歩いていた菊丸は、手塚がいるのに気付かなかった。
手塚の方から声を掛けられて、はっとして顔を上げる。
久しぶりに見る手塚だった。
表情が、何かを決心したかのように、落ち着いた大人びたものだったので、菊丸はどきん、とした。
「菊丸、ちょっと話があるんだが、部室までいいか?」
「う、うん、……いいよ」
--------なんだろう。
手塚の後について、押し黙って歩く。
部室に入ると、手塚が静かに口を開いた。
「菊丸、ここのところ、いろいろ心配かけて済まなかった。俺はもう大丈夫だから」
「……手塚……」
「……おまえに好きだと言われてとっても嬉しかったよ。でも俺は、………申し訳ない。おまえとはいい友達だと思っている。………だから、もう………」
手塚は一旦そこで言葉を切って俯いたが、顔を上げて、菊丸をまっすぐに見据えてきた。
「もう、二度と、おまえとはセックスはしない。……そういう関係じゃなくて、おまえは大切な友達なんだ。……すまない、菊丸……」
「う、ううん………いいんだ、オレ。おまえが、……おまえが元気になればさ……」
あまりにもきっぱりと言われたので、菊丸は返す言葉もなかった。
手塚が菊丸の返事を聞いて、にっこりと微笑む。
「……良かった。おまえを傷つけるのは辛いけど、でも俺はおまえが友達として大切だから、ちゃんと言っておきたかった。……菊丸、これからもよろしく頼む……」
手をぎゅっと握られて、菊丸は笑おうとしたが涙が滲んできてしまった。
「う、うん………」
「……悪い、菊丸……」
手塚が申し訳なさそうな声に、涙が更に溢れてきてしまう。
「う、うん、いいよ………」
何度も何度もそう言いながら、菊丸は俯いて涙をぽたぽたとこぼした。


















第2部跡塚編終了 次は第3部です