first love 
《3》















その日手塚の家は、仕事の関係で両親が夫婦で出張に出かけていて、家には祖父しかいなかった。
その祖父も、その日は古くからの友人同士の集まりに出席すると言うことで出かけており、実質、広い手塚邸には手塚一人しかいなかった。
放課後の課外を終えて帰宅して、早めの夕食を一人でとって、軽くシャワーを浴びて部屋着に着替えると、手塚は不安が心の中に忍び寄ってきた。
リョーマが来たときのために、飲み物や菓子を用意しながらも、どんどんと気が重くなっていく。
出来れば、………会いたくない。
学校の中ならまだしも、自宅では自分が冷静に対応できるかどうか、自信がなかった。
リョーマに素っ気なくされたら。
もうなんの関係もない人間というように応対されたら。
------自分は傷付いて、立ち直れないのではないか。
そう思うと、怖い。
………どうしよう。
やっぱり学校で話を聞くという事にして、断ってしまおうか。
越前は学校の帰りに家に寄ると言っていたから、まだ部活をしているはずだ。
学校に電話して、断ろうか。
いや、それでは竜崎先生に顔向け出来ない。
どうしよう……。
でも、自信がない。
そんな風に思い悩んでいると、
ピンポーン、
インタフォンが鳴って、手塚の心臓は一気に跳ね上がった。
「部長、いるんスか?」
リョーマの声だ。
いつもの世の中を斜に見ているような、そんなちょっとひねたような物言い。
早鐘のように心臓が打ち始め、がたん、とリビングの椅子を鳴らして立ち上がって、手塚は玄関へ走った。
「久しぶりっス、部長」
リョーマが唇の端を上げて笑いかけてきた。
「あ、ああ………そうだな……。上がるか?」
「ウィーッス」
リビングに案内すると、リョーマが、
「俺、部長の部屋がいいッス」
と何気なく言ってきた。
「そ、そうか。……じゃあ、これ持っていくか」
リョーマの顔がまともに見られず、手塚は視線を逸らして口ごもって言った。
リビングのテーブルの上に置いておいた、飲み物やお菓子を手に取る。
「あ、俺も持つッスよ」
リョーマの何気ない一言一言に、いちいちびくびくとしてしまう。
手塚はそんな自分を押し隠して、リョーマを自分の部屋に案内した。
















手塚の部屋は2階の東側で、勿論リョーマは手塚の部屋に入るのは初めてだった。
きちんと整頓してあるとはいえ、そこは手塚のプライベートな空間であり、部屋の一方には朝起きた後乱雑に直したままのベッドがある。
また、帰ってきて着替えた時の学生服を、手塚はベッドの上に脱ぎ捨てたままだった。
部屋に入ってそれに気付いて、慌てて手塚が学生服をハンガーに掛けてしまうのを、リョーマは面白そうな顔で見ていた。
「部長でも、結構散らかしたりするんスね」
「……いや、いつもはそんな事ないんだが」
狼狽して言う手塚を見て、リョーマがくすりと笑う。
「でも、ちょっとほっとしたッスよ。もしかして、どこもかしこもきちんとなってるんじゃないかとか思ってたッスからね」
「……そうか……?」
「ここ、座っていいスか?」
きょろきょろと部屋を見回しながら、リョーマはクッションの置いてあるベッドの前の空間に腰を下ろした。
テーブルの上に持ってきたペットボトルを置き、
「これ、いただくッスよ」
と言って蓋を取って飲み始める。
部屋の中に、リョーマと二人きり。
今まで学校でも、こんなに狭い空間に二人っきりになったことはない。
手塚は、鼓動が頭の先まで鳴り響くほど緊張した。
「……で、聞きたいことってなんだ?」
とにかく、早いとこ話を終わらせて、リョーマに帰ってもらおう。
そう思って、リョーマの向かいに腰を下ろして、口を開く。
「ジュニア選抜に選ばれたそうじゃないか」
「うーん、でも辞退しようかななんて、思ってるんスよね」
「……どうしてだ?」
「だって、アンタも辞退したんでしょ?」
「俺は、腕の故障だからだ。……仕方がなくだ。おまえはなんともないんだろう?」
「まぁ、別に、どこも悪くないっていえば悪くないッスけど……」
リョーマが言葉を濁したので、手塚は不審に思った。
「どうした? どこか身体でも悪くしてるのか?」
それはそれで気になる。
手塚がリョーマを伺うようにしながら聞くと、リョーマは飲んでいたペットボトルをテーブルの上の置いて、じっと手塚を見つめてきた。
「ねえ、部長。……こうやって話すの、久しぶりッスよね……」
急にリョーマが立ち上がって、手塚の側に移動してきた。
「俺、部長に言いたいことがあるんスけど。でも、まず部長の方から言ってほしいな」
「……俺が?」
「そうッス。……アンタ、俺に言いたいことがあるっしょ?」
至近距離で睨むように見つめられて、手塚は息を呑んだ。
リョーマの焦げ茶の目が、じっと自分を射るように見つめてくる。
------この目は。
手塚の身体の芯を、戦慄が走り抜けた。
その視線には、見覚えがあった。
部活をしていた頃、じっと自分を見つめていた、あの視線だ。
今すぐにでも食べてしまいたい、というような肉食獣の目。
………でも、まさか。
どうして、今になって…………。
手塚は混乱して、リョーマから視線を外した。
「駄目ッスよ。ちゃんと俺を見て下さい」
顎に手をかけられ、ぐいっと上を向かされる。
「越前………」
強張った声がでた。
「アンタから先に俺に言って下さいよ。どうッスか?」
リョーマが薄く笑った。
「……どうして?」
「この前の文化祭の時、アンタ、あんな目で俺を見てたじゃないッスか? あんな泣きそうな目で。どうなんスか? あの時、アンタ、俺が竜崎さんと仲良く話してるからって、嫉妬したんだろ?」
-------ドキン。
心臓が跳ね上がって、手塚は血の気が引いた。





















ドキドキ手塚(汗)