忍足の災難-不二編- 《1》
『今日、ちょっと会いたいんだけど、いい?』
忍足侑士の携帯に、こんな内容のメールが来たのは、1学期の期末考査の最後の日だった。
その日は良く晴れて、初夏の眩しい日差しの差す、爽やかな日だった。
テストも終わり、なんとなく軽い気持ちになって帰ろうとしたところに、そのメールが来た。
相手は……というと、これが意外な人物だった。
ついこの間携帯に登録したばかりの、青春学園の不二周助。
……ところで、別に不二と忍足は友人なわけではない。
登録のいきさつも、たまたまだった。
先日関東大会を見に行って、その場に居合わせた青春学園の面々となんとなく話をしているうちに、不二からお互いにメルアドを交換しよう、と言われたのだ。
忍足の属する氷帝学園は一回戦で青春学園に負けてしまったから、その後はもう接触もないはずだったが、他の試合が見たくなって、関東大会会場に見学に行ったところ、ちょうど青学の観客席の所でばったり、というわけだ。
忍足としては、今更青学の面々と話をするのも、と思って挨拶をしたらさっさと離れようと思ったのだが、なぜか不二に懐かれてしまった。
不二は、にこにこしながら、
「忍足君、ねぇ、ここに座らない?」
と言ってきたのだ。
にこやかに誘われているのを、むげに断るのも大人げない。
「ほな」
と言って、忍足は少々居心地悪く、不二の隣に腰を下ろした。
「今日はボクたち、試合がないんだよね。だから、こっちでゆっくり見ているんだ」
不二が人なつこく笑いかけてきた。
「忍足君は、今日は見学?」
「まぁ、そうやな。うまい学校を見とかんとなぁ」
「そうなんだ、勉強熱心なんだね」
思い切りにこにこ懐かれて、忍足は面食らった。
青学の不二周助と言えば、この間の試合でも分かったが、とにかく、得体が知れない。
当たりが柔らかそうでいて、その実、心の底で何を考えているのか、計り知れないところがある。
試合運びも、まだまだ何かあるのではないか、と思わせられ、実際、その通りに凄い技を繰り出したりする。
不二と同じ技を体得している忍足でも、やはり不二はなんとなく底が図りかねた。
しかし、こうして、観客席でにこにこ笑いながら自分に話しかけてくる不二は、傍目から見れば、全く邪気のない、可愛らしい雰囲気さえ感じさせられる。
忍足も、つい不二に応えて微笑を作った。
それからなんとなく和やかに試合を見て、時間が来たので帰ろうとした所に、不二が、
「ねぇ、せっかくだから、またお話ししたいな。忍足君の携帯のメルアドとか、教えてもらってもいい?」
と言ってきたのである。
「あ、ああ、ええよ?」
特に断る理由もなく、忍足は不二とメルアドを交換したのだった。
それから4日ほど経つ。
期末考査が終わって、その日は午前中で学校も終わりだから、忍足はそのまま帰ろうか、それとも映画でも見て行こうかとぼんやり考えながら、学校の門を出た。
帰り際に、向日やジローからカラオケに行かないかと誘われたが、あまり気が向かず、断った。
やっぱり自宅に戻って本でも読むか、と思って校門を出たところで、携帯の着信音が鳴った。
見ると、不二からの、冒頭のメールだったのである。
『13:00に××の前で、どうかな?氷帝は今日は午前中で終わりでしょ?こっちもなんだ』
さらにメールが来た。
『ええけど、不二は部活なんやないの?』
と返答すると、
『今日はちょっとお休みさせてもらったよ。精神統一って事で、レギュラーは自由時間なんだ』
という返事だ。
午後はもともと予定がなかったから、別に不二と会っても構わないのだが、何か共通の話題でもあるだろうか、と忍足は少々戸惑った。
あるとすれば、テニスの事ぐらいだが、それにしても、こっちは既に負けているし。
『じゃぁ、××に来てね』
忍足が迷っている間に、再度メールが来て、結局忍足は、その日不二と会うことになってしまった。
「まぁ、ええか……」
どうせ、ヒマやし、などと独り言を言いながら、待ち合わせ場所に行くと、
「あ、こっちこっち。来てくれてありがとう」
手を振りながらにこにこして不二が駆け寄ってきた。
「ボクの方もテストで午前中だったんだ。キミのとこと日程が合ってて良かった」
親密に話しかけられて、戸惑う。
「それで、……なんか用なんか?」
とりあえず、呼び出された理由を知りたいと思って、忍足は開口一番、不二に聞いてみた。
「あ、うん、あのね……ちょっとどっか入らない?ボク、まだお昼食べてないんだよね。忍足君は食べた?」
「あ、俺もまだやな」
「じゃあ、まず何か食べよう」
不二に押し切られるようにして、忍足は待ち合わせ場所の近くの喫茶店に入った。
入ると早速窓際の明るい席に座って、不二が嬉しげに話しかけてきた。
「じゃぁ、ここはボクのおごりで」
「え、ええよ」
「まぁ、そう言わずにさ、突然呼び出しに応じてくれたんだし。ランチでいいよね?」
不二が微笑みながら、ランチを注文する。
不二と二人で会食というのもなんとなく落ち着かない。
上目遣いに不二を見ながら、押し黙って運ばれてきた日替わりランチを食べていると、突然、
「ねぇ、忍足君。忍足君って、つき合ってる人、いる?」
不二がまた脈絡のない話題を振ってきたので、忍足は思わず咳き込んだ。
「はァ? なんで?」
「なんでって………」
不二がにっこり笑って、忍足を見つめてきた。
「そりゃ、好きになった人に、つき合っている人がいるかどうか、気になるじゃない?」
「………は?」
「だから」
不二が瞳を細めて笑いながら、そっと忍足の手を取った。
「ボク、キミの事がね、好きなんだよ」
「…………」
忍足は、目線を落として、フォークを握ったままの自分の左手を見つめた。
その手にかぶさるように、不二の手が伸びている。
いささか自分より色の白い、綺麗な手だ。
その手が、自分の手の甲を、微妙に撫でてくる。
「……なんの、冗談や……」
訳が分からなくて戸惑った声を出すと、不二がすぐに答えてきた。
「冗談なんか、言ってないよ? ボク、忍足君の事が、好きなんだ。こんな風にね……」
すっと手が伸ばされ、忍足の腕を這い登ってきた。
「ちょ、ちょぉ待てって……人がおるやろ?」
慌てて腕を引っ込めつつ、口ごもりながらそう言うと、不二が小首をかしげて笑った。
「恥ずかしがる忍足君も、可愛いね?」
「か、かわええって……」
「ねぇ、ボクのこと、嫌い?」
畳みかけるように問いかけられて、忍足はたじたじとなった。
こんな展開は全く予想していなかった。
どうしたらいいんだろうか。
……って、勿論、嫌い、と言えばいいのだ。
なんで、不二なんかに、告白されなくてはならないんだ?
ヘンだ。
------とは思ったものの、不二の拈華微笑を見ていると、声が出てこなかった。
なんとなく、背筋がぞくぞくとして、恐怖を感じたのだ。
断ったら、なにをされるか分からない。
そんな感じだった。
忍足が固まったまま黙っていると、承諾と受け取ったのか、不二が破顔した。
「良かった。ボクのこと、嫌いじゃないんだね。じゃぁ、ボクと、つき合ってくれる?」
「……つ、つき合うって……俺たち、男同士やん?」
「あれ、忍足君ともあろう人が、そんな事気にするんだ?」
不二が面白そうに笑った。
「あぁ、それとも、男同士のやり方とか、知らないのかな?」
「……それぐらいは知っとるわ」
ふふん、と鼻であざ笑うような感じで言われて、忍足はついむきになってしまった。
「じゃあ、問題ないよね?」
その言葉を待っていたかのように、不二が目を輝かせた。
「そうだ。午後は予定もないんだし、ねぇ、ちょうどいいや。これから、僕たち、……してみない?」
突然シリーズ第2弾 不二忍です^^