忍足の災難-不二編- 《2》
「するって……」
実は不二が何を言わんとしているのか十分分かった忍足だが、いくらなんでも分かったとは言えなかった。
気づかなかったふりをして、問いかけてみる。
しかし、不二は容赦なかった。
「だから……セックス」
「……ちょ、ちょっと、…人がおるやろ?」
「あ、どうもありがとう」
ウェイトレスがコーヒーを運んできた。
不二がにっこりと礼を言う。
忍足は今の会話を聞かれたのではないかと思って、内心冷や冷やした。
全く何を考えているんだ……。
はっきり言って、忍足には理解できなかった。
まぁ、セックスはいい。
……いや、良くない。
が、しかし、とりあえず、……男同士だろうがなんだろうが、好きな者同士だったら、それは構わないと思う。
でも、自分と不二は、好きな者同士どころか、友達ですらないのだ。
単なる知り合い。
たまたま一緒に食事などしているから、一応友人の範疇に入れてもいいかも知れないが、それにしても、今日突然二人で食事をして、それからセックスをしましょうとは、唐突すぎる。
どういう神経回路をしているのだ。
とても常識では考えられない。
あまりにも常識はずれな不二の物言いに、かえって忍足はどう反応していいか分からず、押し黙ったまま眉根を寄せて、コーヒーを飲んでいた。
「ね? ボクとしてみよう? 身体の相性って大事だと思うんだよね〜」
不二がさらに話を進めてきた。
「ボクね、キミとだったら、なんでもばっちりだと思うけど、でも、キミの意見も聞かなくちゃね」
「俺の意見って……」
(……聞いてないやん)
「なんかある?」
不二が瞳を細めてにっこりと笑いかけてきた。
ぞくぞくっとして、忍足は口をつぐんだ。
なぜか、反論できない。
『なに変な冗談言うてんのや』とか、
『そんな馬鹿なこと言うんなら帰るわ』とか、怒って席を立てばいいのだが、なぜかできない。
「良かった、忍足君も同意してくれたんだね?」
コーヒーを飲みかけのまま硬直している忍足に、不二がとどめの一押しをしてきた。
「じゃあ、ランチも食べ終わったことだし、……ねぇ、ボクの家に来ない? ここからすぐなんだ」
もしかして、わざわざ不二の家の近くに呼び出されたのではないだろうか。
-----------どうして自分は不二についていってしまうのだろう。
刑場に牽かれていく罪人のように、忍足は不二の後について、不二の家に向かうことになってしまった。
「さぁ、どうぞ?」
××ビルからほど近い閑静な住宅街に、不二の家はあった。
瀟洒な二階建てで、一階部分に大きなガレージがあり、イタリア製の外車が一台停まっている。
忍足の家もそれなりに裕福だが、不二の家も同じ程度に裕福そうだった。
「今日は誰もいないから、気遣いせずあがってね」
こわごわ、不二の後から広い玄関に入り、導かれるままに、不二の部屋へ入る。
そこは十畳程度の洋室で、彼の趣味なのだろうか、観葉植物が、インテリアとして整然と配置されていた。
東側の壁に沿って大きなベッドが設えてある。
「ちょっと待っててね?」
なんとなくびくびくしながら、忍足が不二の部屋の扉の前で突っ立っていると、不二がとんとんと階段を下りて、しばらくして階下から、冷えたペットボトルの清涼飲料水とジャンクフードを持ってきた。
「今お昼食べたばかりだから、お腹いっぱいだと思うけど、一応ね?」
テレビの前の小さなテーブルの上にそれを置き、
「じゃ、はじめようか」
そう言って不二がおもむろに制服を脱ぎ始めたので、忍足はそこで初めてはっと我に返った。
「や、その……」
「……なに?」
あっという間に上半身裸になり、ズボンに手をかけたところで不二が忍足を見てきた。
不二の身体はテニスプレイヤーにしては色が白く、肌もきめ細やかで、筋肉が過不足無くついた美しい身体だった。
-----いや、今はそんなものを見ている時ではなかった。
「いや、その……やる言うてもなぁ………ちょっと、その……」
「……怖いの?」
不二が少々声音を低くして問いかけてきた。
背筋がぞぞっとして、忍足は思わず二、三歩後ずさった。
「いや、別に、怖い言うてるわけやないんやけど、……やっぱり」
「……なに?」
「……その、こういう事はな、……好き合ったもの同士がやることやないの?」
「ボクち、これからそうなるんだよ?」
(これからって………俺は分からないぞ?)
「……ねぇ、……本当は怖いんでしょ?」
不二が忍足に迫ってきた。
間近で不二の色素の薄い茶色の瞳に睨まれて、忍足はうっと詰まった。
「キミ、結構小心者なんだね? ボク、ちょっとがっかりだな…」
「小心者って……」
いささかむっとして答える、不二が鼻先でふっと笑った。
「だって、怖いんでしょ? 好きになってからとかなんとか、いろいろ理屈つけてるけど、もしかして、女の子ともやったことがないんじゃない?」
実はそれは図星だった。
一見遊び人風にも見える忍足だが、実はかなり固い貞操観念を持っている。
女生徒にもモテまくりで、何回か誘われてデートしたこともあったが、全く気が向かず、つれない態度を取って終わり、という事ばかりだった。
実のところ、キスもしたことがないのだ。
思わず渋面を作った忍足を見て、不二がふふっと笑った。
「そうか、やっぱりね。……キミってさ、外見に似合わず、結構臆病だよね」
「……おまえなぁ」
さすがに腹立ちが抑えきれず、忍足は不二を睨んだ。
その視線を思い切り受け止めて、不二が挑んできた。
「そんなにボクに抱かれるのが、怖いの?」
「だ、抱かれる…………って………」
その言葉を聞いた瞬間赤面してしまい、忍足は負けたっ!と思った。
不二が視線を和らげて、忍足の首に手をかけてきた。
柔らかな耳たぶをそっと噛まれて、忍足はびくっとした。
「そんなに怖がらないで? ね? 痛くしないから。……ボク、キミのこと、好きなんだ……」
「や……め……」
耳からなんとも言えない、くすぐったいような、ぞくぞくするような感覚が広がって、忍足は思わず小さい声で言った。
「忍足君………ボクに任せて? 気持ちよくしてあげる? ね?」
どうして逆らえないのだろう。
ぎくしゃくと、操り人形のように不二に手を引かれ、忍足はベッドに腰掛けさせられてしまった。
「まず、眼鏡を取らなくちゃね?」
嬉しそうに言いながら、不二が忍足の眼鏡を取っていく。
視界がぼやける。
「やっぱり、キミって綺麗だ……」
不二がうっとりしたような声で囁きながら、忍足のまぶたに軽く口付けをしてきた。
「髪の毛もつやつやしてるし、うらやましいなぁ。…それに……」
不二の手がすうっと忍足の鼻梁をたどる。
その微妙な感覚に、忍足はぎゅっと目を瞑った。
「睫も長いし…。…ねぇ、キミの綺麗な目、見せて。……目を開けて?」
おそるおそる瞳を開けると、目の前に、不二の茶色の瞳があった。
黒目の部分に自分が映っている。
半ば呆然として、そのまま動かないでいると、柔らかなものが唇に押し当てられた。
ぬめった温かな、生き物のように蠢くそれは、忍足の唇を強く押し、するりと口の中に入り込んできた。
「ぅ…………」
体中の毛がぞわっと逆立つような感触に、忍足は思わず呻いた。
こんな感覚は、初めてだった。
血が逆流していくのが分かる。
体温が急に上がって、顔が赤くなっただろうことも分かる。
呆然としている間に、いつの間にか、不二の手が器用に忍足のシャツのボタンを外し、ズボンのベルトもゆるめてきた。
「……ふじッ……」
不意に、下半身をぎゅっと握られ、忍足は低く声を上げた。
「もう、こんなになってるよ?」
不二が唇を触れ合わせながら、そっと囁いてくる。
「……ね、何も考えないで、ボクのこと、感じて? もしいやだったら、今回限りにするから……忍足君、好き……」
不二の手が、トランクスの中に入り込んで、直接そこを握ってきた。
下から掬い上げるように双玉を手の中で転がしながら、親指と人差し指で輪を作って、きゅっきゅっと根元から先端までしごいてくる。
「ちょ、……や……やめ……ッ」
自分でそこを慰めた経験は何度もある忍足だったが、他人から与えられる快感は、自分のそれとは比較にならなかった。
あっという間に目の前が霞み、血が沸き立って、一気に下半身に熱い奔流が流れ込む。
忍足がイきそうなのが分かったのか、不二がかがんで、忍足自身をすっぽりと銜え込んできた。
ぬめった生暖かい粘膜に勃起しきったそれを包み込まれて、さらに舌と歯で扱かれ、忍足はあっという間に絶頂に達した。
「く………ッッ!」
息を止め、眉を顰め、ベッドのシーツをぐっと握りしめて、不二の口の中に白く濁った欲情を迸らせる。
どくどくと欲望が吐き出されるたびに、忍足の心から、『抵抗』という文字が消えていった。
ごくん、と喉を鳴らしながら、不二が自分の精液を飲み込むのを見て、さらに弱々しく首を振る。
-------信じられない。
でも、気持ちが良かった。
こんなに快感を感じたことなど、ない。
………完敗だ。
もう不二に抵抗する気力も何も、なくなってしまった。
唇をぬぐいながら不二が立ち上がって、にこりと笑い、
「じゃぁ、服脱ごうね?」
と小さな子供でもあやすように忍足に言い、忍足のズボンを脱がせにかかっても、忍足はそれをぼおっと眺めているだけだった。
やっぱり忍足って受けもいいなぁと再確認^^