LOLLIPOP 
《1》















跡部が部長としての仕事を終えて、正レギュラー用の部室に戻った時、部室では忍足をはじめとするレギュラーの面々が賑やかに談笑していた。
「でなぁ、そういう時はこうするんや」
「えっ、ホントかよ、忍足?」
「なんや、宍戸は物知らずやなぁ……」
などとたわいもない話をしているのを聞きながら、跡部は、部室の一角に設置してあるシャワーを軽く浴び、制服に着替えた。
「な、跡部、俺達これから鳳んちに遊びにいくんやけど、跡部も行かんか?」
着替え終わったときに、待っていたように忍足が話しかけてきた。
跡部は眉を顰めて忍足を見た。
「行かねえよ」
「なぁ、そうつれないこと言わんと………あんなぁ、樺地も行くんやで?」
忍足がそう言ってきたので、跡部は虚を突かれた。
「………樺地が?」
「そうや。行くんは宍戸と岳人と樺地や。……どうや?」
跡部は驚いて樺地を見た。
樺地は、既に着替えを終えて、部室の端に立っていた。
跡部に見つめられて、樺地は軽く頭を下げた。
「……おい、樺地、俺に断りも無しに決めたのかよ?」
思わず問いつめるような声が出た。
「おいおい跡部、樺地をいじめんなや。俺が無理に頼んだんやからなァ」
樺地が来れば、跡部も来るやろ思うてなァ、とにやけながら言う忍足を睨んで、跡部は溜め息を吐いた。
樺地は、基本的に誰にでも優しい。
それに、他人を疑うことを知らない。
だから、忍足からにこにこして誘われれば(しかも、跡部云々と自分を引き合いに出されたら)否も応もなく承諾するだろうことは、火を見るより明らかだ。
そんな樺地の純粋さにつけこみやがって…………!
跡部は忍足をぎろっと睨み付けた。
しかし忍足は肩を竦めて、おかしそうに含み笑いをするだけだった。




















そんな訳で、跡部は渋々他の面々と一緒に、鳳の家に寄り道することになった。
鳳の家は、氷帝学園からバスで10分程度行ったところにある、高級住宅街の一角だった。
レギュラー陣の家の中では、一番氷帝に近い。
そういう立地点から、鳳の家には忍足や宍戸やらがよく寄り道で遊びに行っているらしい。
跡部は初めてだった。
跡部の家よりは幾分贅沢度で落ちるが、そうは言っても鳳の家もかなりの邸宅だった。
大きな門を開けて広い庭を通り、玄関に入ると、吹き抜けの明るい空間が広がる。
「あがるぜ、長太郎」
宍戸などはかなり来ているのか、断りもせずにずかずかと中に入っていく。
跡部は内心舌打ちをしながら、宍戸達の後に続いて鳳の部屋にあがった。
鳳の部屋は、15畳程度の大きなワンルームと、物置代わりの5畳程度の小部屋からなっていた。
中心には、豪華なオーディオセットが鎮座している。
「適当に座ってください」
ペットボトルやジャンクフードを階下のキッチンから持ってきた鳳が、それらをローテーブルに置きながら言う。
跡部は渋面を作ったまま、樺地を呼んで隣に座らせた。
寡黙な樺地は、表情を変えず、跡部の隣に行儀良く腰を下ろす。
(ちッ…………)
跡部は樺地を横目で見ながら、樺地から見えないように小さく溜め息を吐いた。


















鳳の家に来てみたものの、特に何をすると言うわけでもなく、跡部は樺地と一緒に、鳳の持っているビデオの中から洋画を取りだして再生していた。
いわゆる名作というやつで、まぁ悪くはないが、わざわざ人の家まで来て見るような物でもない。
(つまらねえ………やっぱり帰れば良かった)
「ちょっとコンビニ行ってくる」
とにかく時間をつぶせるような雑誌でも買ってくるか、と跡部は立ち上がった。
「ついてこなくていい」
樺地も立ち上がろうとしたので、それを押しとどめて跡部は鳳の家を出た。











10分ほどして跡部が戻ってくると、部屋の様子が変だった。
部屋の真ん中に忍足達が固まって顔をくっつけあっていて、何やら話し込んでいる。
「おい、何してんだ?」
「あ……と跡部………いや、これこれ」
振り返った宍戸が、にやにやしながら雑誌を跡部に突きつけてきた。
「ほら、すごいだろ?」
「……なんだよ、これはよ……」
跡部に突きつけられたのは、どこで手に入れた物か知らないが、外国製の無修正エロ雑誌だった。
ちょうど跡部が見た部分は、セックス中の写真で、しかも局部が丸写しである。
「おまえら、こんなもん見てたのかよ?」
「跡部も見るか?」
宍戸の誘いに、跡部はけっと肩を竦めた。
「こんなつまらねえもん見たって、面白くも何ともねえよ」
「そうかぁ? 岳人のヤツなんか、トイレ行っちまったぜ?」
宍戸がにやにやした。
「オレも勃っちまったしよ。ほら、樺地だって」
「……樺地?」
ぎょっとして、跡部は樺地を見た。
樺地は、宍戸の隣に行儀良く座っていた。
「おい、てめえら、樺地に見せたのかよ!」
どうやら、無理矢理写真を見せられたらしい。
樺地は礼儀正しく座ったままで、硬直していた。
いつもの、感情のうかがい知れない表情が、一層固くなっている。
「……樺地………?」
そっと声を掛けて、それでも樺地が返答しないので、跡部は恐る恐る樺地の腕に触れてみた。
樺地は動かなかった。
(大丈夫かよ………)
確かに樺地の下半身が、勢い良くズボンを押し上げていた。
跡部は眉を顰めた。
「樺地………樺地……」
何度も呼びかけると、数回目にして漸く、
「……ウス……」
と消え入るような返事が返ってきた。
「おい、樺地…………」
樺地の顔を覗き込むと、樺地の焦茶色の瞳が自分を見つめてきた。
どうしたらいいのか途方に暮れたような、小動物のようなあどけない瞳。
(樺地のヤツ、今までこんなになったこと無いんだな?)
樺地の困惑の原因に思い当たって、跡部は息を吐いた。
樺地にとって、こんな刺激のある物を見るのは初めてだろうから。
思わず勃起してしまっても仕方がないだろう(というか、それが自然である)が、問題は、樺地はそれをどうしたらいいのか分からないって事だ。
きっと樺地のことだから、何も知らないんだろうし。
それで困っているに違いない。
このままじゃ、樺地が辛いだけだろう。
全く宍戸のヤツ………!
跡部は心の中で悪態を吐いた。
……どうする。
樺地がなんともできねえんだったら、俺がなんとかするしかねえよな。
------跡部の頭に、そういう内容が浮かんだ。
あっさりと決断して、跡部は、
「……おい鳳……」
雑誌を宍戸と見ながらわいわい騒いでいる鳳に声を掛けた。
「……なんですか?」
「隣の部屋、ちょっと貸せ」
「…跡部さん?」
鳳の返事も聞かずに、跡部は樺地の手を引いて立ち上がった。
「樺地、来い」
隣はクローゼット代わりに使われているこじんまりとした部屋である。
ドアを開けてそこに樺地を押し込め、跡部は、後ろを振り返って、
「おい、こっち来るんじゃねえぞ」
そう面々を威嚇すると、ドアをバタン、と閉めた。





















また樺地で^^