不如帰 
《14》
















次の日。
部活に登校した手塚に、部室で不二が笑い掛けてきた。
「ねえ、手塚………ちょっと用があるんだけど………残ってくれる?」
にこにこと穏やかな笑みを浮かべて、手塚に話しかけてくる。
「不二…………?」
不二が個人的に用があると言って話しかけてきたのは、二ヶ月振りだ。
-------なんだろう。
途端に胸がどきどきして、手塚は落ち着かなくなった。
まだ不二と冷静に話が出来るゆとりはない。
けれど、不二に話しかけられただけで、嬉しくて嬉しくて飛び上がってしまいそうになる。
「あ、ああ。分かった………」
できるだけ表情に出さないように答えて、
「そう、じゃあ、また後で………」
そう言ってにっこり微笑んで出ていく不二の後ろ姿を、手塚は不安と期待に満ちた視線で見送った。


















その日の部活は、午後2時頃には終了した。
コートの整備をした一年生が帰る頃には、2時半過ぎになっていた。
「今日は俺が戸締まりをするから……」
そう言って、大石達を先に返して、手塚はその日の記録を部誌に記入していた。
「みんな、帰ったみたいだね……」
その時、最後まで残って練習をしていた不二が入ってきた。
ドアをバタン、と閉めて、カチリ、と内側から鍵を掛けるのを見て、手塚の胸はどきん、と鳴った。
「不二…………」
-------なんだろう。
誰にも聞かせたくない用件なのだろうか。
不安な面持ちが分かったのか、不二がくすっと笑って、手塚のそばに寄ってきた。
「ねえ、手塚………」
久しぶりに聞く、甘い声。
ぞくり、と背筋に戦慄が走って、手塚は身体を震わせた。
「……立って?」
不二の意図が分からない。
恐る恐る立ち上がって不二の方を向くと、
「…………ッ!!」
次の瞬間、鳩尾に鈍い衝撃を感じた。
------ガタン!
蹌踉めいて倒れた拍子に、椅子に肩を打ちつける。
鈍い痛みが鳩尾から全身に広がる。
仰向けになった目に、部室の白茶けた天井が飛び込んできた。
一体何を、と思う間もなく、不二が乱暴に手塚の腕を捻りあげ、身体を裏返して後ろ手にするとタオルで縛り上げてきた。
「な、にを………!」
痛みに顔を顰めながら、漸く声を絞り出すと、不二がくすくすと笑った。
「何って………する事分かるでしょ?」
カチャカチャ。
学生服のズボンを下着毎引き下ろされ、両脚をぐいと掴んで開かされる。
「…………よせっ!」
手塚は掠れた悲鳴を挙げた。
どうしてこんな事をするのか。
不二は、………彼の方から別れると言ってきたのではないか。
自分だって、不二が振り向いてくれないのではどうしようもない、とあきらめきれない気持ちを無理に抑えて我慢しているのに。
今更、一体どうしてこんな事を。
しかも、無理矢理に。
「ぅ…………ッッ!」
肛門に不二の指が突き立てられて、ズキン、と重い衝撃が頭まで走り抜け、手塚は喉を仰け反らせて呻いた。
「ふーーん………やっぱりここ使ってるんだね?」
不二が独り言のように呟く。
「……ねえ、僕と別れてから、一体何回やったの、……手塚?」
ぐいぐいと指で中を掻き回されて、その度に衝撃が突き抜ける。
手塚の感じる点を的確に付いてくる不二の指に、手塚は忽ち息が上がった。
「あ………あ………う………いやだ………ッッ!」
弱々しく首を振って不二から逃れようとするが、それよりも不二の指が動く度に脳天まで甘い電流が駆け抜けて、その感覚に負けそうになる。
手塚は切れ切れに喘いだ。
「ねえ、……跡部と、いつから付き合ってんのさ?」
不意に不二が声の調子を変えてきた。
今まで聞いたことの無いような、怒りに満ちた声。
「なっ………!」
不二の口から跡部という単語が出て、手塚はぎくりとした。
「……跡部にヤらせてんだろ、手塚?」
不二が跡部のことを知っている。
呆然として不二を見上げると、不二の瞳が暗く光っていた。
瞳の中に、嫉妬の炎が燃えているのが見える。
今まで、自分が見ていた不二の瞳は、いつも優しさと愛情に満ちたものだった。
それなのに、今の不二の瞳は、そんな暖かさなど欠片もない、冷たく怒りに満ちた瞳だ。
手塚の背筋を冷たい物が走り抜けた。
「ぅ…………ッッ!」
不二が指を増やして、乱暴に手塚の内部を掻き回してきた。
「いや………だ………!」
不二にそんな乱暴をされるのは、初めてだった。
肩を震わせて、手塚は、床に顔を突っ伏した。
「キミ、跡部にどのくらい可愛がってもらってんの? 前より感度良くなったみたいじゃない?」
からかうような不二の冷たい声音に、心がきゅっと縮まる。
それなのに、不二の指の入っている部分は、紛れもなく、久しぶりの不二の指を悦んで、鋭い快感を伝えてくる。
「キミって……淫乱なんだね……。菊丸のことも驚いたけどさ、まさか他の学校のやつまで誘惑してたなんてね………」
「……違う!」
怒りと悲しみがどっと溢れてきて、手塚は涙が滲んできた。
不二の一方的な言いがかりに腹が立って、憤って、悲しくてたまらなくなる。
それでも不二に、何とか自分の気持ちを説明したい。
俺が好きなのは、不二だけなんだ。
でもそのおまえが俺を振ったんじゃないか。
どうして今更、こんな酷いことを。
「………………ッッ!!」
そう言おうとして、突如、背後から思い切り不二が入ってきたので、手塚の言葉は口の中で途切れた。
手塚の腰を前後に激しく揺さぶりながら、不二が激しく抜き差しを始める。
「う……うッ………く………ッッ!」
こうやって不二に抱かれることを、どれだけ夢見ていただろうか。
ずっと不二だけを想って、苦しい毎日を過ごしていたのだ。
でも、こんな風に不二に犯されて、幸せな気持ちになれるはずがなかった。
不二の愛撫や動きに慣れた其処は、快感を間断なく伝えてきたが、手塚は床に頬を押し付けたまま、肩を震わせて泣いた。
悲しくて、身体が快感を伝えてくれば来るほど辛くて、どうしようもなかった。
不二のことが好きなのに。
それなのに、どうして。
不二の動きに合わせて無意識に身体を動かしていると、ややあって、不二が体内奥深く弾けた。
手塚はとうとう嗚咽が堪えきれなくなった。
唇を噛んで、くぐもった泣き声をあげていると、そんな手塚の身体を乱暴に床に放り出して、不二が立ち上がった。
手首を拘束していたタオルが解かれ、手塚は泣きながら縛られて痺れた手首をさすった。


















------バタン。
ドアが開く音がして、はっとして上半身を起こすと、不二が部室を出て行くところだった。
「……不二!」
まさか不二が自分を置いて出ていってしまうなどと思わなかったので、手塚は呆然とした。
すがるように名前を呼んだが、不二は振り返らなかった。
淡い茶色の髪がふっと風に靡いたのが見え、部室のドアがバタン、と閉まる。
犯されたままの格好で呆然としてそのドアを見上げて、手塚は両手で顔を覆って堰を切ったように泣き出した。
涙が出て止まらなかった。
自分がどんなに不二を好きか、改めて思い知らされた。
今までできるだけ考えないようにしていたのに、どうして今更。
「不二………ッッ!」
裸の下半身を晒したまま、両腕で自分の身体を抱き締めて、手塚は嗚咽を漏らし続けた。



















第3部不二塚編その2