不如帰 
《15》
















部活の後、跡部がいつものように樺地を従えて氷帝学園の校門を出ようとしたところ、大きな石の門に背中を凭れさせて、腕組みをして立っている少年が自分の名前を呼んできたので、跡部は目を眇めてその少年を見た。
「やぁ、跡部君………」
ご丁寧に君付けだったが、その声音は冷たかった。
ふんわりとした茶色の髪と、一見人当たりの良さそうな笑顔。
しかし、自分を見据えてくる瞳は猛禽類のように鋭かった。
「……不二じゃねえか? なんか用か?」
氷帝学園のブレザー型の制服ではない、オーソドックスな学ラン。
見覚えのある顔に、跡部は唇を歪めて笑った。
「うん、ちょっとね。話があるんだけど…………」
言いながら、不二が跡部の後ろの樺地を見る。
言外に、二人だけで話がしたい、と言っているのが分かって、跡部は眉を顰めた。
「……いいだろう。おい樺地、今日はもう帰れ」
「……ウス」
後ろの樺地に声を掛けると、樺地が挨拶をして跡部の前から去っていった。
「………で、どうする?」
跡部は不二と個人的に話をしたことはない。
わざわざ不二が自分を名指しで、この氷帝までやってきた、という事は、おそらく手塚に関係したことだろう、と跡部は予想を付けた。
手塚の口から、彼が不二と付き合っていて、振られたという事を聞いていたからだ。
「ねえ、キミのうち、行ってもいいかな?」
不二がにっこりと笑顔を作って言ってきた。
「……かまわねえが……」
「……じゃ、行こう?」
物優しげな柔らかな外見にそぐわず、有無を言わせぬ強い調子があった。
学校から出る送迎用のバスに乗り込み、自宅の前で不二と一緒に降ろしてもらうと、跡部は不穏なざわざわとした気持ちを抱えたまま、不二の家の中へ招き入れた。


















「……ふうん、さすが氷帝学園に通ってるだけあるね……」
跡部の自宅を見て、不二がいささか感心したように肩を竦める。
「……ぼっちゃま、お帰りなさい」
中にはいると家政婦が出てきた。
「……なんか、飲み物とか頼みます……」
「……家政婦までいるんだ……」
不二が興味深そうにきょろきょろするのを、
「……ほら、行くぞ」
と引き立てるようにして、跡部は自分の部屋へ不二を案内した。
「いらっしゃいませ、ゆっくりしていってくださいな」
家政婦がにこやかにそう言って、紅茶とクッキー等々のお菓子を持ってくる。
「どうもありがとうございます」
にこにことして言うその表情に、跡部は眉間に皺を寄せた。
「……で、何の用だ?」
「うん………そうだね……」
ローソファーに座って、ゆったりと紅茶を飲む不二を横目で睨むように見ながら、跡部が口を開くと、不二が紅茶を飲む手を止めて、にっこりと微笑んだ。
「単刀直入に聞くよ。……跡部って、手塚と付き合ってるの?」
---------やっぱり手塚のことか。
不二をじろっと見ると、不二がその跡部の視線を受け止めて、見返してきた。
………なるほど、手塚のこと、まだ好きだってわけか?
不二の瞳の中に狂おしいような情熱を認めて、跡部は不二がにこやかな表面を取り繕ってはいるものの、かなり余裕がないのを見て取った。
どこからばれたのかは分からないが、自分が手塚と付き合っていることを、不二は知ったのだろう。
自分から振っておいて、手塚が他の男と仲良くするのは許せねえって訳か。
----------なるほど。
随分執着してるんだな。
跡部はふんと鼻で笑った。
「……あぁ、付き合ってるよ。おまえのことも聞いたぜ? おまえ、手塚と別れたんだろう?」
尊大な口調でそう言うと、不二の瞳がぱっと燃えた。
「……キミ、手塚のこと、好きなの?」
真剣な口調で言ってきたので、跡部は肩を竦めた。
「別に…………ま、嫌いじゃねえな。あいつ、いいカラダしてるしな……」
不二がびくり、と肩を震わせる。
跡部はにやにやして不二を見つめた。
「……で、なんだよ。わざわざオレにそんな事を聞きに来たのか?」
座っていたソファーにごろりと横になって、頭の上で手を組んで、向かいの不二を見上げると、不二がティ−カップをテーブルに置いた。
「……真面目に付き合ってるんじゃ、ないんだ?」
ふっと不二が立ち上がって、跡部の方に近寄ってきた。
「手塚のこと、弄んでるの?」
不二の茶色の瞳が、すっと眇められる。
「人聞きの悪いこと言うなよ……」
不二の手が、跡部の首に触れてきた。
「不二………?」
「手塚を弄んでるんだったら、許さないよ?」
「ぅ…………」
不二のしなやかな指が、ぎゅっと跡部の首を締め上げてきた。
意外に強い力に、跡部は息ができなくなった。
せき止められた血が顔にたまって、目がチカチカする。
「……よせ……!」
言いながら不二の肩を掴んで思い切り突き飛ばすと、不二が締めていた手を離して、カーペットの上に倒れ込んだ。
「何しやがるんだ!」
はぁはぁと息をしながら不二を見る。
不二が倒れたまま跡部を見上げてきた。
「……………」
暗く虚ろな瞳に、跡部は息を呑んだ。
「………不二?」
自分が首を絞められた方なのに、加害者になったような気がして、跡部は不二から目を背けた。
不二がよろよろと上半身を起こすと、跡部をじっと見据えながら、服を脱ぎだした。
「お、おい………」
呆気に取られて見ている間に、不二は学ランの上を脱ぎ、シャツを脱ぎ、それからズボンを下ろした。
「ねえ…………」
全裸になった不二が自分に近寄ってくるのを、跡部は呆然と見た。
「手塚と別れて………」
今度は自分の首の後ろに腕が巻き付けられ、不二が耳元で囁いてきた。
「手塚の代わりに、僕がキミの言うこと聞く。……なんでもするよ。……だから、手塚には手を出さないで?」
「おまえ、一体………?」
不二が、跡部の首筋に唇を押し付けてきたので、跡部の言葉は途中で途切れた。
首筋に口付けをしながら、不二が跡部のブレザーを脱がせ、ネクタイを抜き、シャツのボタンを外してくる。
不二の唇が首から胸に移動してきた。
不二の愛撫を受けながら、跡部は上擦った声で言った。
「俺は、手塚が寂しがってるから、ちょっと慰めてやっただけだ。手塚だって、ちゃんと分かってる。手塚が好きなのは、おまえだぞ、不二。俺達は別に付き合ってるわけじゃねえ……」
「……でも、手塚のこと、抱いたんでしょ?」
「……それは、おまえに振られて死にそうになってたからさ。あのままじゃ、手塚は壊れてた。……おまえの代わりをしてやっただけだ。……不二、おまえ、手塚のこと好きなんだろ?」
乳首を舐ってくる不二の肩を掴んで引き剥がし、顔を覗き込むようにして言うと、不二が力無く視線を逸らした。
「好きなんだろ、おまえ? 手塚の事?」
もう一度聞くと、不二が微かに頷いた。
「そう、好きだよ………」
小さく低い声で言って、唇を震わせる。
暫く眉を顰めて、跡部はそんな不二の表情を見た。
そして、軽く舌打ちをすると、自分から不二の身体を押し倒して、その上に圧し掛かった。
「……ったく、世話が焼けるな、おまえらはよ」
「……跡部?」
「……いいから黙ってろ」
不二の声を制して、跡部は不二の身体をまさぐりはじめた。
「あ…………」
不二が戸惑ったような声をあげる。
そんな不二に構わず、足を広げさせると、跡部は不二の中心に顔を埋めた。
繊毛の中で力無く垂れている性器を、口腔内で転がす。
「あ……あぁ…………」
不二が困ったように声をあげた。
「……おい、何だよ。やりてえんだろ?……協力しろよ?」
口の中で舐りながら上目遣いに不二を見てそう言うと、不二が身体の力を抜いて、跡部がしやすいように足を広げてきた。
どうしてこんな事を、と心の片隅では思うものの、跡部もそんな疑問は取りあえず追い払って、目の前の身体に没頭することにした。
不二は、手塚よりも一回り身体が小さく、その点では抱きやすかった。
色素も薄く、舐っている其処も綺麗な桃色だった。
「ん………う…………」
飴玉を転がすように口の中に含んでいると、其処はすぐに固くなってきた。
ぱっつりと張り詰めて、頭がびくびくと動き、先端から滲み出た透明な粘液が、塩辛い味を伝えてくる。
跡部は、不二のことを好きというわけではなかった。
が、不二が自分に助けを求めてきているのを、無碍に拒絶することは出来なかった。
ある意味、手塚よりも不二の方がせっぱ詰まっているようにも見えた。
表面を取り繕っている分、不二の方が危ない感じがした。
全くなんで俺がこんなボランティアみたいなこと………
と跡部は内心自嘲しつつも、不二の身体を追い立てていった。
やがて、
「…あ………ッ!」
不二の身体が痙攣し、跡部の口腔内に温かな粘液が迸った。
性的特有の癖のある味に顔を顰めつつも、跡部はそれをごくり、と飲み下した。
「ご、ごめん…………」
不二がはぁはぁと息をはずませつつ、申し訳なさそうに言ってきた。
「いいって………今度は俺がやらせてもらうからよ?」
そう言うと、跡部は不二の膝の裏を抱えてぐっと広げさせた。
目の前に不二の後孔がさらけ出される。
濃い桃色に窄まった其処に、口の中に残った精液を唾液と共に送り込む。
「………う……く………」
「力抜けよ………」
不二が緊張している様子を見て取って、跡部は其処を舌でつつきながら言った。
何度か其処に唾液を送り込み、周囲を舐め上げると、其処はだんだん解れてきた。
ひくひくと綻んで、内部のピンクの粘膜が見え隠れする。
跡部は自分のものをズボンから引き出すと、その蕾に押し当てた。
「……行くぜ?」
言って、ぐっと腰を進める。
「……………ッ!!」
不二にとって、入れられるのは初めてなのだろう。
柳眉を顰めて、必死で衝撃に耐えている表情は、手塚とは又違った風情で跡部を興奮させた。
入り口の抵抗を押し切って、根元まで全部挿入すると、火傷しそうに熱い内部の肉襞が、跡部にまとわりついてきた。
ぞくり、と背筋を快感が駆け上がって、跡部は不二の足を掴んで引き上げると、抽送を始めた。
「あ……く……うッ……はッッ……!」
荒々しく腰を打ちつけ、それから肉棒が抜け落ちるほど腰を引き、また打ち込む。
不二に優しくするつもりはなかった。
今の不二は、そんな事を望んでいない。
彼は、贖罪したいのだ。
手塚に。
その刑の執行、を自分に頼んでいるのだ。
だから、跡部は意図的に乱暴に不二を抱いた。
不二が苦しげに呻いても、身体を震わせても、内股を痙攣させても、更に乱暴に突き込む。
身体を裏返して四つん這いにさせると、尻を痣がつくほど掴んで、揺さぶる。
「あ………ぁぁ………!」
不二がシーツに突っ伏して、苦しげに呻く。
茶色の柔らかな髪がシーツに広がる。
白い背中が汗で濡れ、肩胛骨がくっきりと浮き出している。
その姿態に、跡部はぞくりとするものを感じた。
不二の内部をおもうさま蹂躙し、不二の体内奥深くに欲望を叩き付ける。
不二が瞬時びくり、と身体を震わせ、それからくったりと身体の力を抜いた。
「ありがとう、跡部………」
かなり動いたせいで疲弊した身体を、ベッドに沈めて射精の余韻に浸っていると、不二が低い小さな声で話しかけてきた。
「……ああ?」
瞳を開けて不二を見ると、不二は俯せのまま、自分をじっと見つめていた。
涙が滲んだ大きな茶色の瞳が潤んでいた。
「……キミって、本当は、とてもいい人なんだね……」
「おい、よせよ、キモイぜ」
「だって………」
不二が切なげに瞳を揺らす。
跡部はなんとなく恥ずかしくなって視線を逸らした。
「……で、手塚とは仲直りするんだろうな?」
「………………」
「いいか、おまえがちゃんと謝るんだぞ? 分かってんだろうな? 全く、おまえのせいでいろいろとオレは大変だったんだぜ?」
「うん………ありがとう……」
素直な不二に、跡部は肩を竦めた。
「オレは優しい男だからな……まぁ、いいって………おまえもな、一人で煮詰まってねえで、何かあったらオレんとこでも来いよ? また抱いてやるから……」
「うん……そうする………」
「あ、言っとくけけどよ、オレは手塚と別れる気はねえぜ? あいつがオレんとこ来たら、あいつも抱くからな?」
「……うん、手塚のことも、よろしく……」
「……はぁ? いいのか?」
不二が跡部の首に腕を巻き付けてきた。
「ありがとう……」
不二の声に、跡部は胸が詰まった。
そのまま顎を捕らえて、不二の唇に口付けを落とす。
(手塚とは、もうしねえよ………)
口ではああ言ったものの、跡部は心の中で不二にそう約束していた。



















第3部不二塚編その3