忍足の災難-千石編- 
《2》














デパートの最上階の瀟洒な喫茶店に入り、紅茶を頼む。
「ケーキ食べない?」
「……甘い物、苦手やから。千石君は食べたらええんやない?」
「…そう? じゃぁ俺頼ませてもらうね」
そう言って千石が機嫌良さそうにケーキセットを頼むのを、忍足は困惑しながら眺めていた。
千石の意図がつかめない。
すごい事実って------もしかして………。
不安が心の中に広がる。
押し黙って運ばれてきた紅茶を啜っていると、千石が鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気で話しかけてきた。
「…で、忍足君って、いつからああいう事やってんの?」
「……あ、ああいう事………って?」
「やだなぁ、今更でしょ? さっき、トイレでさ、ジロー君とセックスしてたじゃん?」
「………!」
「しかも、忍足君が女役なんてね……ちょっと意外だった!」
「こ、声大きいって……」
きゅっと心臓が縮み上がるような気がして、忍足は慌てて千石を制した。
「あ、メンゴ! なんか凄い発見したから嬉しくてさぁ」
千石がにやにやする。
「ねえ、忍足君、……やられるの、好きなの?」
「……べ、別に、好きやないけど……」
「…そう? なんかさ、すっごく気持ち良さそうによがってたけどな?」
「……聞いたんか?」
「だってさ、俺、君たちがトイレ入っていったの見付けてその後入っていったら、君の声、もうトイレ中筒抜けだったよ?」
「……まさか……」
「あ、大丈夫、俺しかいなかったからね!」
そう言って千石にウィンクされたが、忍足はほっとするどころではなかった。
やっぱり、こんなデパートなんかでやってはいけなかったのだ。
どう考えても無謀だ。
俺さえジローをちゃんと叱っていれば………って、それも無理や………。
「まぁ、いいじゃない? 俺以外にばれてないんだからさ! でもこういうとこでやるのはやめたほうがいいと思うよ?」
千石に忠告されて、忍足は穴があったら入りたいほど恥ずかしくなった。
「そ、そやな……おおきに……」
「あはは、忍足君って面白いんだね〜!」
千石がくすくすと笑った。
「ねえ、俺さ、忍足君たちの事、誰にも言わないよ?」
「それは助かるわ……」
「でもさぁ……」
千石が声の調子を落としてきたので、忍足はぎくり、とした。
「俺、忍足君に興味持っちゃったの。ねえ、忍足君の事、……やらせて?」
「……な、なんで……」
「いいでしょ?……それともジロー君に操立ててんの?」
「そ、そんなもん、あるわけないやろ?」
「じゃあ、いい?……やりたいんだよね……」
千石がすうっと手を伸ばして、テーブルの上の忍足の手を触ってきた。
「……ちょ、ちょっと……」
「ねえ、忍足君の家か俺の家、行こう? どっちがいい?」
「……そ、そんな事言われても……」
「じゃあ、俺の家ね。タクシー拾うから、すぐだよ」
千石の目がらんらんと輝いて、自分を射抜くように見つめてくる。
忍足は拒絶できなかった。
無意識に頷くと、千石が満足げに笑った。
「やっぱり忍足君って、いい人だな。俺、好きになっちゃったよ。……じゃあ、行こうか?」
そう言ってレシートを持って立ち上がる千石を、忍足は呆然と眺めていた。
















千石の家は、一戸建ての住宅が建ち並ぶ、閑静な街角の一角にあった。
地下鉄に乗って一駅ほど、そこから歩いて約5分という所だ。
「ここ、俺んち」
千石が上機嫌に言うのを、忍足は苦虫を噛み潰したような表情で聞いて後に続いた。
-------どうして、こんな事に。
これから、なりゆきで千石とセックスをしなくてはならないらしい。
忍足は既に千石に着いてきたことを後悔し始めていた。
なんで、俺が…………。
別に自分は、男と寝るのが好きなわけではない。
というよりは、はっきり言って、真面目に考えると気持ち悪い。
しかも、自分が抱く方ならまだしも、背も高くて体格もごつごつしているこんな自分を………。
忍足は自分の前で玄関の扉を開ける千石を眉を顰めて眺めた。
自分より頭半分ぐらいは背が低い。
体格も自分よりは華奢に見える。
普通に考えたら………。
よしんば、この男とセックスをするにしても、どうみても自分がやるほうやな……。
そう思うと、居ても立ってもいられなくなって、踵を返して帰りたくなった。
「……どうぞ?」
しかし、今更ここまで来て逃げるわけにも行かず、忍足は押し黙ったまま、千石の家に入った。
















千石の家は落ち着いた風合いの近代的な建物で、千石の部屋は階段を上がった東側にあった。
部屋に通されて、所在なくソファに腰掛け、落ち着かなく部屋を見回していると、ドアをバタンと開けて、千石がペットボトルとジャンクフードを持って入ってきた。
「お茶飲む?」
にこにこしながら勧められて、
「お、おおきに……」
小さい声で言い、千石からペットボトルを受け取って蓋を開ける。
「ねえ、忍足君?」
黙ったままペットボトルを口に付けてごくり、と飲むと、千石がいささか好奇心を抑えかねると言った声音で話しかけてきた。
「…なんや?」
「芥川君とは、恋人同士なの?」
「いやべつに、そんなことあらへんけど……」
「ふうん……。でも、芥川君の事好きなんでしょ?」
好きかと面と言って言われると返答に詰まる。
忍足は眉根を寄せた。
「……違うの?」
千石が大きな瞳をぱちぱちと瞬きさせながら聞いてくる。
「そうやな……まぁ、嫌いやないけど、別に…」
「セックスするのはいいんだ?」
「や、いや言うても、あいつ聞かへんし……」
「でも、忍足君が本気で抵抗すれば、芥川君じゃ太刀打ちできないんじゃない?」
「それはそうやけど……」
「忍足君、やっぱり、芥川君の事好きなんだね。結構妬けるな」
「妬けるって?」
「だってさ」
千石がウィンクをした。
「忍足君みたいに綺麗で色っぽい人を、あんな風に愛撫することができるなんてさ、男冥利に尽きるじゃん?」
「男冥利……」
思わず背筋がぞぞっとして、忍足はペットボトルを口から離した。
「俺ね、君のことテニスコートで見る度に、ああ色っぽいな、後ろから抱き付きたいな、なんて思うんだ」
「……そんなに会ったことないやろ?」
「そりゃあんまりないけど、でも一度見たら君のことは忘れられないよ。この髪も……」
そう言って千石がおもむろに手を伸ばして髪に触れてきたので、忍足はぎくり、とした。
髪を指に絡めて、千石が自分の顔をじっと見据えてくる。
その目が真剣で、しかも瞳の中にまぎれもなく欲情の色を見て、忍足は無意識のうちに視線を逸らした。
「忍足君って、本当に色気があるんだよね……」
不意に肩をとん、と押されて、バランスを失ってソファに仰向けに倒れ込んだ所に、すかさず千石がのし掛かってきて、忍足は狼狽した。
元々千石の家に来た目的がこういう事をするためなのだから、ここまできて今更怖じ気づくのも格好が悪い。
--------しかし。
「いやなの?」
耳元で濡れた声で囁かれると、ぞくぞくと表現しようのない感覚が湧き起こってきて、総毛立つ。
すっと千石が忍足の眼鏡を取ってきた。
「やなら、目、瞑っててよ」
そう言われても、いいのか嫌なのかさえも分からない。
困惑しているうちにシャツのボタンを外され、ズボンのベルトに手をかけられ、かちゃかちゃという音と主に、ズボンを下着毎引き下ろされた。
下半身が露になったのを感じて、忍足は息を吐いた。
仕方がない。
ここまで来たら、もう覚悟するしかない。
なるようになれやな………
忍足はソファに身体を預けて目を瞑った。


















押しに弱い忍足君 可愛いですよね