法悦 
《1》















都大会も押し詰まったある日の夕方。
部活が終了してコートの見回りをして手塚が部室に戻ると、部室には不二と乾が残っていた。
二人で何か話をしている。
机に座った乾に、その乾を覗き込むようにして机に重心をかけて凭れて、不二が話しかけている。
何を話しているのだろう、と思って、手塚は二人を気にしながら、自分のロッカーの前で着替えを始めた。
「ねぇ、駄目かなあ?」
聞くとも無しに聞いていると、不二が乾に何か頼み事をしているようだった。
「一部分ならいいよ。でも、俺が選んだのではなくて、最初から不二がデータを全部持ち帰って見るっていうのは、断る」
乾が少々困ったように不二に対して答えている。
「……どうしても?」
「……どうしてもだね」
乾が眼鏡の弦を左手で押し上げながら答えた。
どうやら、不二が、乾の集めた各部員のデータを見せて欲しいと言っているらしい。
それも、データ全部を見せて欲しいと要求しているようである。
乾は、自分で苦労して集めたデータを、パソコン上に保存している。
CDROMやMOに移して、試合会場でも見ている事があるが、どうやらそのCDROMもしくはMO自体を、不二は貸してくれと要求しているようだった。
(……不二も、随分と無理なことを言う)
と、手塚はジャージを脱いでワイシャツを羽織りながら、ちらりと不二と乾を見た。
すると、顔を上げた不二と、ちょうど視線が合った。
不二が、ぱちぱちと何度か目を瞬かせて、それからすうっと瞼を降ろして、眇めるような目で、手塚を見てきた。
なんとなく嫌な予感がして、手塚は不二から視線を逸らした。
「ねぇ、乾……」
手塚を見たまま、不二が声を出した。
「……交換条件でどう?」
「……交換?」
「うん。……ね、乾、キミはデータを集めているから、僕のこともよく知ってるでしょ?」
不二が揶揄するような口調で乾に話しかける。
「何をだ?」
乾が眼鏡の上の眉を顰めた。
「何ってさ、僕と手塚が付き合ってるって事だよ……」
(…………!)
ぎょっとして手塚は、着替えをしていた手を止めて、不二と乾を見た。
乾がはっとしたように視線を逸らす。
(…知っているのか……?!)
手塚は愕然とした。
乾は口が堅く、自分が知り得た事実は絶対に他人に漏らさない。
態度にも出さない。
だから、自分と不二の事を乾に知られているとは、手塚は全く気が付かなかった。
乾は一体、どこまで俺と不二のことを知っているんだろう。
急に鼓動が跳ね上がって、手塚は窺うように乾を見た。
「……知ってるよね、乾?」
不二が馴れ馴れしく乾の肩に手を掛け、耳元に囁く。
乾が身体を強張らせて、小さく頷いた。
「……僕も知ってることがあるんだ……」
テーブルの上に尻を据え、不二が笑って言った。
「乾、キミってさ、……手塚に興味あるでしょ? ねえ、どう………? 僕にデータを貸してくれたら、手塚のこと、抱かせてあげるよ?」
乾が驚いて顔を上げたのが見えた。
どきっと鼓動が跳ね、それから手塚は頭の中がかっと熱くなって、押さえきれない怒りが湧き出したのを感じた。
乾に、自分と不二の事を知られていた、というのも耐え難く恥ずかしいが、自分が不二の言うなりになって、部員達と関係を持っているという事まで暴露されたような気がした。
いや、実際そうだ。
------乾にまで、知られてしまうとは。
「………どう?」
不二が、そんな手塚をくすくすと笑って見ながら言ってきた。
「ど、どうと言われても………そんな事、手塚が……」
乾が口ごもりながら、困惑しきって言う。
「……手塚は、僕の言うことならなんでも聞くから、気にしなくて大丈夫だよ?」
その不二の返答を聞いて、手塚はとうとう我慢が出来なくなった。
------バシッ!
手に持っていたバッグを床にたたきつけて、手塚は不二を睨み付けた。
「勝手な事ばかり言うな! 一体俺をなんだと思っているんだ!」
大きい声を出すと、一層激昂し、むかむかと吐き気までしてきた。
手塚は力任せにロッカーを閉めて足で蹴り付けると、バッグを乱暴にひっつかんで、そのまま部室を飛び出した。

















その日はむかむかして腹が立ったのが収まらなくて、手塚は家でも殆ど口を聞かず、食欲もなかった。
申し訳程度に食事をすると、さっさと自分の部屋に引きこもってしまう。
夜もあまりよく眠れなかった。
とにかく、不二に対して一旦腹が立つと、今までの仕打ちが次から次へと思い出されて更に頭に血が上る。
不二に命令されて、大石や桃城と関係を持ってしまったこと。
それだけだって、悔やんでも悔やみきれないほど口惜しいのに、今度は乾か。
あのあと、大石や桃城とはなんとなくそれまで通りに付き合えなくなってしまった。
そんな風に乾と気まずくなるのは嫌だ。
どんどん自分の友人がいなくなって、追いつめられていくような気がした。
それでも、不二が自分の事を好きだと、真剣に好きだと言ってくれた時もあって、彼の命令はきっと彼の歪んだ愛情表現の一つなのだと思おうとしていた事もあったのに。
もしかして、不二はただ俺を玩具にして弄んでぼろぼろにしたいだけなのではないか?
一旦そう思うと、今までの不二の行動が全てそういう風に思えた。
最初は、脅かされて関係を持ったとはいえ、不二とは何度もセックスをし、好きだと言われて、自分も心を許していたところがあった。
不二に言われると、何か逆らえない自分もいた。
不二の無理無体な要求に逆らえないのも、自分が不二のことを好きだからだろう、と自分なりに解釈していたのだが。
もう、そんな不自然な関係は終わりだ。
俺は不二の玩具じゃない。
不二が俺を対等な人間として扱ってくれないのなら、不二とはもう二度と関係など持ったりするものか。
不二の言うことなど聞くものか。
手塚はそう心に強く誓った。
もし不二が何か言ってきたら、不二の目を見据えてきっちり断ろう。
そして言うのだ。
おまえの要求には答えられない。
お前は本当に俺のことが好きなのか、と。





















今回はちょっと強気な手塚君v